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ウェザリア王国物語~グラスノース編~  作者: 夕闇 夜桜
第二章:異世界召喚、鷹森結理編
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第二十五話:失敗と成功とそれぞれの想い

   ☆★☆   


「おい! ちょっと待てって!」


 棗が前を進む大翔を強引に止める。

 それと同時に、二人を先導していた少女の動きも止まる。


「何ですか?」

「何ですか、って……」


 棗は後ろを振り向く。

 小さいが、何かがぶつかる音が聞こえてくる。


「戻らないか?」

「いきなり何言ってるんですか? ここで戻れば、鷹森の努力を水の泡にする上に、下手をすればこちらが全滅するかもしれない」


 それに、と大翔は少女に目を向ける。

 結理との会話から、少女が誤解し攻撃してきただけで、男たちの仲間ではないことはすでに分かっている。

 結理のことだから、彼女が被害を負わないように、と『二人の案内役』という役目を与え、遠くへ逃がそうとしたのだろう。

 だから、少しの誤差が生じながらも、少女の案内の元、二人は町に向かい、助けを求める予定だった。


「まさか、戻るなんて言いませんよね?」

「っ、お前は、仲間を、結理を、見捨てるつもりか」


 再び歩き出した大翔に、棗がそう言えば、大翔の足は再び止まる。


「そう見えますか?」

「ひろ……」

「俺が、鷹森を見捨てたように見えますか?」


 大翔は首を棗の方へ向け、悔しさを滲ませた目で見る。


「俺だって、一緒に戦うつもりでしたよ? でも、あいつは一人で何でも出来るし、それにも限界はある。あいつは時間稼ぎをするって、任せてくれって言いましたが、それは体力が持つうちだけで、体力だけじゃなく魔力も無くなれば、あいつは本格的にピンチになる。本来なら、あの場に俺が残って、先輩と鷹森が町に助けをも止めないといけないはずなのにーー」


 やや早口で言い続ける大翔に、彼を責めていた事が恥ずかしくなり、顔を伏せる棗。


(何で、この後輩たちはーー)


 そこまで考えておきながら、何で自分を犠牲にしようとする?

 結理や大翔だけじゃなく、廉や朱波、詩音もそうだ。

 棗に対し、からかったり暴言や毒舌を吐くくせに、不良に絡まれたり、危なくなると最初に棗を逃がそうとするのは何故か。

 結理に至っては、全員が逃げるまで、囮になったこともあった。


『二人なら大丈夫だって、分かってるからね』


 本来なら、最年長である自分がどうにかしないといけないはずだったのに、自分が結理たちを助けないといけないはずなのに、と棗は歯を食いしばる。

 何だかんだで二人とも、結理をあの場に置いてきたことを、それなりに気にしていたのだ。

 ただ、そこで行われている戦闘が、二人も予想しない展開になっていることを知らなかったのは、良かったことなのだろうが。


   ☆★☆   


 白刃の先から赤い滴が地面に向かって落ちる。

 それは一体、誰のものだったのかは分からないが、一つ言える確かなことは、この赤い滴を落としているのは自分だということ。

 結理は一人、そう思いながら、男たちを大翔たちの方へ行かせないように、攻防を続ける。

 指揮官ーーというより、部隊長らしい二人の男には、結理も手こずった。

 予想通り、実力の高く、結理の死角などを狙ってきたのだが、正直、持ち前の反射神経も上がってたお陰で、余裕で対処できた。

 使える道具を聞かれた際に、棗たちには言ってないのだが、実は他にもあった(ちなみに、そのうちの一つが手榴弾であり、すでに使用済みである)。ただ、それを言ってしまうと、変な目を向けられ、取り上げられた上に、ユーナリアに渡される可能性が高かったため、言わなかったのだ。

 たとえ、緊急事態だからと、手元にあると告げたとしても、最終的に取り上げられていたのかもしれないが。

 男たちに背を向けて走りながら、ガスの蓋を開ける。それを肩越しに男たちの方へ投げ、振り向くと同時に“火球(ファイアー・ボール)”を放つ。あの場では棗の発砲で爆発すると説明したが、実際、“火球”ぐらいの威力でも爆発するため、結理は『失敗作』だと言ったのだ。なお、振り向くのに勢いをつけたため、やや飛び跳ねたような体勢になったのだが、上手く着地した。


「げっ!」


 それでも、運が良かったのか悪かったのか、結理が足を着いたのは、最初に臭いを辿った先にあった血溜まりだった。

 しかも、着地したのが血溜まりの中だったためか、その場にあったかなりの血が結理の足に飛び跳ね、それはもう、どこを歩いてきたんだ、と言いたくなるような有り様となった。そのことに顔を歪める結理だが、相手の人数を少しでも減らすことは出来たので勝手に良しとした。


「さて、後の問題は二人が戻ってきたときの惨状と言い訳か」


 溜め息混じりに面倒くさいと思いながらも、男たちから気を逸らさない辺りはさすがと言うべきか。

 手榴弾やガス缶だけではなく、もちろん剣や魔法も使い、男たちと一人で対峙する結理は手榴弾などの道具よりも、剣や魔法での攻撃がエグいのは何故だろう、と思う。

 結理は不思議に思っているが、何も知らない一般人が見れば、剣や魔法を使っても、道具を使っても、酷さはそう変わっていないのだが、結理は前者が酷いと思ったらしい。

 つまり、結理の感覚がおかしいのだと思っていれば、大抵は納得できるので、今回の場合も、彼女と一般的な感覚の相違で片づけようと思えば、片づけられるのだが、何せ場所が場所なだけに、そうもいかないのは、この後に控えているであろう大翔と棗への説明が結理にしてみれば厄介なのである。

 異世界だから、の一言で納得させられればいいが、おそらく棗は追究してくるだろうし、結理にしてみても、これだけでは納得できないので、ありのままを話そうかとも思うが、手榴弾があったことはバレたくないし、生々しい戦場っぽい風景を想像するような言い回しもしたくない。


(つか、気持ち悪いし)


 木々の枝の上を移動しながら、男たちと攻防を繰り広げ、時折、(トラップ)を仕掛けては、引っかかっているのを見て、笑みを浮かべていたーー


「ぎゃっ!」


 ーーのだが、自分より年上のはずの男たちが、年下であろう女の子の罠に引っかかっているのを見て、今までも似たような経験をしてきたんじゃないのか? 罠のある可能性を考えて突っ込んできているのか? と聞きたくなるような被害の出ようである。しかも、ゾンビの様に復活するため、罠で生じたケガも相俟って、恐怖心を(そそ)る。


「うっそぉ……」


 思わず顔を引きつらせながら呟き、


「まさか、この年でゾンビと面会するとは思わなかったわよぉぉおおお!!!!」


 そう叫びながら、先程以上のスピードで木の枝の上を飛んでいく。

 もちろん、身体強化の魔法を使っておらず、ただ単に恐怖心から逃げるスピードが速くなっているだけなのだ。

 だが、突然現れた障害物に、暴走車と化した結理がいきなり止まれるはずもなく、見事に激突した。


「っ……」


 何にぶつかったんだ? と思いながら、体を起こそうとする結理だが、起きれない。というか、腰が腕で押さえられているらしく、身動きも儘ならない。

 脱出方法を考えようとすれば、腕に力が入り、背中と腰をがっちり固めていた。


(あ、もう、分かったわ)


 信じたくなくて、下を見ないようにしていたのだが、この状況を脱するためには、()と話す必要がある。


「捕っまえた」


 にっこり笑う男の一人に、あからさまに顔を引きつらせる結理。


「放して」

「ダメだよ。放したら、逃げるでしょ?」


 結理は睨みつけるが、男は逃がすと思うな、とばかりに、微笑みながら腕に力を入れ、結理を強く抱きしめる。


「いつまでこの状態でいるつもりよ」

「ラファンが来るまで」


 ラファン? と首を傾げる結理に男は微笑む。多分、一緒にいた男の名前だろう。

 だが、来るまで待っていろ、と言われて大人しくしている結理ではない。


「やれやれ。随分と嘗められたものね」

「何をーーっつ!?」


 結理の言葉に何をするつもりだ? と問おうとしたのだろうが、男の顔は歪み、腕の力が弱まったのを理解した結理はあっさりと起き上がり、固まった体を軽く動き、(ほぐ)す。


「油断大敵。捕まえてそれで終わりなんて、バカでしょ?」

「まさか、ナイフを刺してくるとは思わなかったよ」


 自身の腹部に刺さったナイフを見ながら、そこから来る苦痛に顔を歪めて、予想外だ、と男は告げる。

 でも、これで結理が全方位に気配察知アンテナを向け、逃げるスピードも落とすのだろうが、それでも結理を捕まえるのは難しいだろう。


「捕まって何もしないはずはないでしょ? 普通は解放されようと暴れるわよ。でも、私は普通じゃないから(・・・・・・・・)ね」

「それで、取った方法がこれか」


 男はナイフを抜くと、その場に落とし、止血する。それを見ていた結理に焦る様子もなく、近くにあった木の枝の上に立つと軽く振り返り、ゾンビの様な男たちに、ガス缶をぶつけ、爆発を起こす。


「怖いね、それ。威力あんまり無さそうなのに、威力はあるんだから」

「仮にも『失敗作』よ。一歩間違えれば、この辺一帯無くなってたかもしれないんだから」


 男の言葉にあっさりと告げる結理。それを聞いて、男は首を傾げる。


「良いの? 僕にそんなこと言って」

「別にいいわよ。貴方も動けないだろうし、その間私は休憩させてもらうし」


 結理の台詞に、男は顔を顰める。

 移動しようとしたら、体が動かない上に、視界が定まらない。無理に動かそうとすれば、足元がふらつく。


「何を、した……?」

「麻痺に毒、火傷に眠り……状態異常にする方法なんて、いくらでもあるでしょ」


 男の問いに、結理は上からそう答える。

 状態異常にする、いくつか上げたその中で、今回結理が使ったのは麻痺と毒であり、男に刺したナイフには感覚を麻痺させ、意識を奪うために毒が塗ってあった。そして、それは男にとって、幸か不幸か(というか、不幸なのだろうが)、これまた結理が棗たちに言ってない『成功作』だった。

 ユーナリアから製作魔法を教えてもらった結理が、武器系以外で最初に作ったのが、状態異常を引き起こす道具ーー先程使われた麻痺と毒が付いたナイフもそのうちの一つーーであり、もちろん、状態異常を回復させる薬も持っている。

 見事なまでに敵に回したくない人物である。


「っ、」


 男は顔を歪める。

 大勢を相手に、たった一人で半数は減らせると、言うだけはある。


「さて」


 声が聞こえ、男は恨むように結理を見る。


「私はもういくから、あとはお仲間さんに助けてもらいなよー」


 そういうと、結理はその場から去った。






 白刃を横に一閃すれば、赤い線が宙を舞い、中には綺麗な放物線を描くものもあった。

 その場は血に染まり、後に残ったのは、そこで何かが遭ったことを示す血溜まりのみ。


「ったく、師匠はどこ行ったんだよ。このままだと王都に戻れないじゃん」


 そう言いながら、道を進む。

 それだけ聞けば、責任転嫁した様な、現在の状況とは全く関係のない台詞である。


「あ、このままじゃマズいか。でもなぁ……」


 思案する。

 背後には峰打ちなので死んではないがーーそれでも、ほとんど瀕死状態ーー、男たちは倒れていた。

 少しの間ぶつぶつと呟きながら歩いていると、木に凭れかかった黒髪赤目の男ーー教えられた名前の通りなら、彼の名はラファン。


「よぉ、相棒をよくも()ってくれたな」


 ラファンの言葉に、何とも言えない目を向ける。


()ってない。状態異常にしただけ」


 つか、先に状態異常になったはずなのに、いつの間に回復したんだ、とラファンを見る結理。

 状態異常にする道具は何もナイフだけではないのだが、ナイフ自体はまだ百本ぐらいあるので、一本ぐらい無くなってもそう困らない。


(つか、私も腕が落ちたな)


 最初、気配察知で感じていた人数ーーラファンたちをいれて七人だったのが、いざ対峙してみれば、その数は二十人ぐらいいた。


(ふざけるな!)


 そう叫びたいのを(こら)えながらも、よくもまあ長い時間、あの人数で気配を消せれたな、とも思う。

 それでも、血溜まりに足を突っ込んだときはその過半数ーー九人にまで減らし、男と話していたときには五人にまで減らしていたのがついさっき。大翔たちの方に奴らの手が向かったのか否かは、今の結理に確認できない。


 だが、結理は一人で戦っていたわけではない。

 そのことに大翔たちが気づこうが気づかまいが、今の結理に負けるつもりもなければ、時間稼ぎする必要も無くなったのだ。


「何がおかしい?」


 突然笑みを浮かべ、くっくっ、と笑い出した結理に、ラファンは尋ねる。


「逃げるかどうかは貴方の判断に任せるから」

「何……?」


 結理の言葉に、ラファンは怪訝する。


「他の人間に見られたくないのなら、早く撤退しなよ」


 対人戦という貴重な経験をさせてくれた礼として見逃すから。


 結理がそう付け加えると、ラファンは舌打ちしてその場を去っていった。


「つか、何で私はあいつらの味方みたいなことをしてるんだ」


 敵のはずなのに、逃がすとは本当に甘くなった、と結理は思う。


「…………」


 そして、少し考え、笑みを浮かべるのだった。


   ☆★☆   


「こっちです」


 町に戻り、助けを求めた大翔たちは、森の中を走っていた。

 メンバーは大翔と棗、少女に冒険者仲間である『壮大な(グランド・)創造者たち(クリエイターズ)』の数人に自警団四人。

 なお、常駐している騎士団員ではなく、自警団の理由は単に、そんなことで一々行ってられるか、と一蹴されたためだ(その話を聞いた自警団の面々は、「これだから貴族は……」と愚痴っていた)。人数が多い『壮大な創造者たち』からは留守番組(暇組ともいう)の数人が、


「あ、なら協力してやるよ。暇……じゃなくて、手が空いているからな」


 と手を貸してくれることとなったのだ(ゼルは依頼に行っており、不在である)。


「本当にあったのか?」


 自警団の一人が尋ねる。

 もし嘘なら、無駄足となるわけだがーー


「俺たちは見たから、助けを求めたんです! 自分たちで出来ると分かってれば、そもそも助けを求めません」

「まあなぁ」


 大翔の言葉に、『壮大な創造者たち』の一人が同意する。

 初期ランクであるFランクならまだしも、Eランクなら、経験次第では対処ぐらいは自分たちで出来るようになる。『迷宮の砦』はほとんど採取依頼か討伐依頼を行っているため、対処が出来ないはずはない、とギルドで一度は顔を合わせているであろう『壮大な創造者たち』の面々も確かに、と頷いたのだ。

 しかも、『迷宮の砦』には生成魔法や製作魔法を使える者もいる。武器生成が出来るのだから、対処が何一つ出来ないはずがない。

 それを聞いた自警団の者たちは、どこか済まなそうな顔をしていた。

 そうこう話しながら走っていると、景色は森へと変わる。

 ふと、少女が何かに気づいたのか、走る速さを上げたため、大翔たちもスピードを上げる。


「どうした?」

「何だそれ?」


 追いついたのだが、道の端に立ち止まっていた少女を見て、面々も慌てて足を止める。理由が分からず、少女の手元を大翔と棗が後ろから覗き込み、理解した。


「羽根、か?」

「羽根、だよな?」


 羽根は羽根でも純白の羽根であり、他の場所にも目を向ければ、その場に落ちていた。中には赤く染まったーー血の付いたものもあり、思わず、顔を見合わせる大翔と棗。

 そこで思い出すのは、囮と時間稼ぎを引き受けた一人の少女。


「結理、のものじゃないよな?」

「悪い冗談はやめてください。そんなの、本人と会えば分かります。」


 青ざめながらも、まさか、という棗に、縁起でもない、と大翔は否定する。

 だがもし、棗の言う通りだとして、結理の(もの)なら、早急に彼女の元へ行く必要がある。

 少女がどうするの、と尋ねる前に、二人は走り出し、それを見て、一緒に来ていた『壮大な創造者たち』や自警団の面々は驚いた。


「あ、おい……」


 止めようと声を掛けるが、二人はあっという間に行ってしまった。

 この状況で森を案内出来るのは少女のみであり、少女のじゃあ行きましょうか、という言葉に、面々も足を動かし始めるのだった。






 さて、助けを求めた面々を放置して森の中を突き抜けた二人といえばーー……


「迷った」


 完全に迷子と化していた。

 道は覚えていたのに、心配だからと突っ走ったのが悪かった。

 少なくとも、血溜まりまで行けば大丈夫なのだろうが、現在地からどのくらい掛かるのか分からない。


「来た道戻るか?」

「どっから来ましたっけ?」


 棗の台詞に大翔が周囲を見回せば、見事なまでに木木木である。

 ここに結理がいれば、「んなベタなこと言ってないで、考えろ!」と言ったのだろうが、不在なせいか、突っ込みもなく、時間だけが過ぎていく。


「とりあえず、進んでみるか」


 そう言って、足を進めようとしたときだった。


「全く、迷ったなら、その場でじっとしてなよ」


 いきなりの声に、二人は周囲に首を向ける。

 そんな声の主は苦笑し、自分の場所を教える。


「上だよ上。先輩の後ろ」


 声の主に言われ、二人が目を向ければーー


「結理!?」

「鷹森!?」


 声の主、鷹森結理が枝の上に座り、よ、と軽く手を挙げていた。


「無事だったんだな」


 安堵したように言う二人に、枝から降りた結理はほら行くよ、と二人を呼ぶ。


「道、分かるのか?」


 そんな大翔の問いに対し、結理は肩越しに答える。


「突っ走った二人の後を付けてきたからね」


 ちゃんと対処はしてある、と結理はそう言った。

 で、数分後。少し歩きながらも、少女たちと合流した。


「あ、いた!」

「……大丈夫?」


 駆け寄ってきた少女の問いに、結理は二人は大丈夫だよ、と返すが、少女は首を横に振る。


「違う」

「俺たちじゃなくて、お前の方だよ。一人で行っとっただろうが」


 少女の説明に補足するように大翔が言えば、少女も頷く。


「私は問題ないよ。まあ、血溜まりに足を突っ込んだのはショックだったけど」


 どこか遠い目をする結理に、だから、足元が赤く染まっていたのか、と納得する大翔と棗。

 それでも、彼女が無事だったからまだ良い方だ。


「つか、飛び散ったってことは、乾いてなかったんだな」


 棗の台詞に面々は彼に目を向ける。


「ん? 何だ?」


 視線を向けられた棗は首を傾げ、結理はまさか、と思い、血溜まりがある方へ足を向ける。

 それを、慌てて少女たちが追い掛ける。

 血溜まりにはあっさりと着いたのだが、目の前にあった光景は、何とも言えないものだった。


「血溜まりが、消えてる」


 目を見開き、結理は呟くように言う。

 そこには何もなく、綺麗さっぱりとその場から無くなっていた。


「はぁっ!?」


 大翔たちも有り得ない、とばかりに確認するが、やはりそこには何もない。


「嘘、だろ……」


 あんなに必死になったのに、全部無駄になったのか。


「…………」


 血溜まりだったはずの地面を軽くなぞり、結理は目を細めると、舌打ちした。


「完全に、痕跡は消えてないし、わざとらしく残してやがる」

「わざとらしく、って……」


 結理の言葉を聞き、どういうことだ、と面々が目を向けるが、結理は地面から目を逸らさない。

 気配だけは、別方向に向けていたが。


(やっぱり、始末するんだった)


 今更そう思っても遅い。彼らを逃がしたのは、結理本人なのだから。


(にしてもーー)


 この場から感じる()が何かを訴えているような気もするが、いくら闇属性をメインとするとはいえ、さすがに今の結理には、それを感じ取るのは不可能だった。

 でも、一つだけ分かったことがある。


(彼らは、正真正銘の魔族だってこと)


 どうやら、ウェザリア王国(この国)の勇者となる人物は、苦労することになりそうだ、とどこか他人事のように結理は思っていた。


   ☆★☆   


 数日後。


「……えーっと」

「はぁ……」

「まあ……どうにかなるだろ」


 一人は苦笑いし、一人は溜め息を吐き、一人は頭を抱えた。

 あの後、三人ーー結理たちは、グランドライトに戻り、依頼分の換金をしたのだが(血溜まりについては一通り調査された)、結理の精神的ダメージが思っていた以上に大きかったのか、二~三日動くことが出来なかったのだ。

 そのリハビリも兼ねた依頼を受けたはずなのだがーー三人の目の前には、モンスターの大群。


「む、むむむ虫ぃぃぃいいい!!!? 嫌ぁぁぁあああ!!!!」

「ゆ、結理……?」

「しまった。鷹森の奴、虫ダメだった」


 来た道を戻ろうとした結理に、棗は驚き、すっかり忘れてた、と大翔は頭を抱えた。

 最近、虫関係の依頼を避け、関わり合いにならなさそうな討伐及び狩猟依頼(もの)を選んでいたためか、出会い頭でこうなるのは覚悟していたのだが、まさか今なるとは二人とも思わなかった。


「って、そんなこと言ってる場合じゃねぇな」


 カサリ、と動き出し、触角の動かす虫の集団。

 赤黒い甲羅が、これまた丁度良い角度から発せられた太陽の光で反射しており、結理じゃなくても、逃げ出したくなる気持ち悪さだ。


「手始めに虫型モンスターから処理しないと。この数からすると、鷹森にもマジになってもらわんとマズいしな」

「ああ」


 とにもかくにも、数が数だけに、虫系を処理しないと、結理を動かそうにも動かせない。

 そこには棗も同意し、必死にその場で耐える結理に顔を向けてーー戻す。


「ふぅ~たぁ~りぃ~とぉ~もぉ~」


 低い声が後ろから聞こえ、ずっと前を向いていた大翔はともかく、棗は知ってたとはいえ、恨めしそうに結理に目を向ける。


「うわぁっ!?」

「いきなり声出すなよ。つか、どうした」


 低い声の理由を聞けば、結理はあっさりと答えた。


「私も戦う」

「大丈夫かよ」


 顔色が悪い結理に、大翔と棗は顔を見合わせる。

 顔色から判断すると、この世界に来た初日に行った部屋掃除のときよりも、悪い気がする。というより、悪化したようにしか見えない。


「大丈夫。虫以外は任せて」

「虫以外って……」


 親指を立て、任せろ、と言う結理に、呆れた視線を向ける二人。

 いくら虫系以外を排除したところで、残るのは虫系だ。


「虫系以外(・・)については分かった。なら、虫系はどうするんだよ」

「ああ、それなら……」


 そう言って、結理はあるものをカバンから取り出す。


「殺虫剤」

「おい!」


 反射的に棗が突っ込む。


「あるなら最初から出しとけよ」


 俺たちの心配を返せ、と言いたかったが、虫系混じりのモンスターたちが襲ってきたので回避し、三人は戦闘態勢になる。


「やるしかないか」

「だな」


 本当にトラブルメーカーだな、と二人は横目を結理に向けながらそう思う。

 そして、カラカラと聞こえてくる音には、総無視でモンスターたちの対処を始めるのだった(なお、カラカラという音の正体は、結理が殺虫剤(スプレー式)を振っている音である)。


「それじゃあ、行くぞ!」

「うん!」

「はい!」


 棗の声に二人が頷けば、三人は一斉に駆け出した。



読了、ありがとうございます


誤字脱字報告、お願いします


今回は矛盾点についても、ネタバレにならない範囲でなら受け付けます



さて、今回は前回の続きです


何だかんだで心配する男性陣に対し、裏では容赦ない少女


サブタイトルの“失敗”と“成功”が何を示すのかは、ご想像にお任せします



それでは、また次回


なお、前話で出てきた『スローイングナイフ』の説明については、Wikipediaの一部を引用しました(一応、記載しておきます)



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