第三章 かつては
しかし時間も時間である。夢見山に向かう前に宿を取らなければならない。お金は仕送りが来るとはいえ無駄遣いはあまりしたくない。詞杷はスマホで検索をし、近くのビジネスホテルを予約した。こじんまりとはしているが一晩疲れを癒やすのには十分である。詞杷は少し硬いベッドに倒れ込み、夢へと微睡んでいった。
翌日ついいつもと同じ時間に早起きをしてしまった詞杷は2階にあるちょっとした食事所へと向かった。そこはバイキング形式になっており、そこから適当に栄養が摂れそうな物を取り、席に向かう。何やら女性の声が聞こえる。辺りは閑散としていた。どうやら上に設置されている大型モニターからだった。『【願い】が分からない方!そんなあなたにはこちらの本がおすすめです!』しつこい。詞杷はそう思った。ここ6年間ずっと同じ本を両親や教師から散々勧められていたからである。朝から最悪な気分になりながらも、どうにか食事を終えホテルから出た。
「夢見山」まで75キロ。流石に電車を使うか。詞杷は最寄りの駅まで向かった。60分ほど電車に揺られたところで目的地へと着いた。そこは駅直結の山道だった。当時は入山料金など取られていなかったはずだが、オーバーツーリズム対策だろう。少し割高な料金が設定されていた。詞杷は料金を払い山へと向かう。この山はファミリー層向けの山のためそこまで傾斜が急でなく、歩きやすい。しかしあまり運動が得意でない詞杷は七合目あたりで既に疲れていた。そんな時に休憩用の小屋があることを発見し、休憩をとった。そこにはこれまで登山に来た観光客たちが撮った写真が張られていた。詞杷はふと記念写真が撮れることを思い出した。しかし詞杷達が来たのは数年前であるため思い出として撮った写真が残っているか怪しかった。しかしせっかくならば、と詞杷は写真が貼られているコルクボードへと向かった。そのコルクボードは広く壁一面に広がっていた。さながら遺跡のようである。なかには数十年前のものであろう夫婦の写真もあり、詞杷たちの写真もあるかもしれないという希望が芽生えてきた。根気強く探しているとお目当ての写真を見つけた。写真をぼんやりと眺めていると思い出が少しばかりよみがえってきた。
「おかあさん、いちばん上にはいつつくの?」幼い詞杷は母親に尋ねる。「もう少しだからね。でもちょっと疲れちゃった?」「うん」「じゃああそこのお家で少し休もうか」母親は前方に歩いている親子にも声をかけた。「お姉ちゃん、詞杷疲れちゃったみたいだからあそこの小屋で休憩しない?」「いいわよ!紡も疲れちゃってるみたいだし!」一行は小屋へと着いた。詞杷と紡がベンチに腰掛け、水を飲んでいた時である。母親たちがこちらに向かって来るように手ぶりをしていた。向かうと、せっかくならば写真を撮ろうということだった。詞杷は写真が得意ではなかったが紡が写真撮ろうよ〜と詞杷に言ってきたため仕方がなく写真を撮ってもらった。その写真を持って帰ることもできたがまた今度来たときにもう一度撮ってもらい見比べよう、ということになりコルクボードに貼られることになった。おそらく母たちは忘れているだろう。数少ない紡が写っている写真である。回収しようか、そう思い勇気を振り絞り店員に声をかけた。「この写真をもらいたいのですが」「何かこの写真に写っているのがお客様だとわかるものはおありですか?」詞杷はもたつきながらも身分証を取り出し、カウンターに置いた。「…はい、ありがとうございます。ちなみにどなたでしょうか」詞杷は幼少期の自分を指さす。「はい。お持ち帰りなさって大丈夫ですよ」袋に入れるため、写真の裏を見た女性はカウンターの下をのぞき込み「少々ここでお待ち下さい」と言い裏へと消えていった。一体なんなんだろう、詞杷は疑問に思いながらもしばらくそこで待っていた。店員が帰ってきた。その手にはつい先日掘り出したタイムカプセルと同じような便箋に見えた。詞杷は胸が激しく打つのを感じた。もしかして、あれは紡の手紙ではないだろうか。平静を取り繕いながら店員の話を聞く。
「こちらのお手紙、数年前に預かったものでして。こちらのお写真を受け取りに来た高校生ぐらいの女の子に渡してほしい、と頼まれたものです。」詞杷は緊張しながらも気にかかっていたことを聞く。「…その、頼んだ人って肩につくぐらいの、明るい茶髪のボブの、子でしたか」店員はまたカウンター下を覗き込みこたえた。「はい。そうですね」間違いなく詞杷が慕っていた人の事を指していた。「親族の方ですか?」「はい」「では、よい日を」店員はテンプレートの挨拶を返した。
詞杷はどんな内容が書いてあるのだろうか。小屋にある休憩スペースでそのタイムカプセルを開けた。
「詞杷へ
この手紙を読んでくれてるってことは、私が思った通りの道に進んでくれてるのかな?そうだったら次の手紙が最後だねぇ。ちょっと寂しいかも。
あの昔の写真、回収してくれた?私は詞杷に残しておいたよ。懐かしいよね。あのときはまだ『願い』なんて考えなくてよくって、好きなように学校生活も日常生活も過ごせてて。あんな日に戻りたいなぁ。詞杷は『願い』わかった?私はねやっぱり変わらなかったよ。周りに伝えたら旧世代ってディスられそう。もし決まってないなら私が考えた事も書いておくね。詞杷は優しいからね、きっと看護師とか獣医とか向いてるよ。誰かのためになることとか向いてるかもね。まぁこんなこと気にしないでいいからね。じゃあまた次の手紙で会おうね〜!
P.S 次が最後。覚悟してよね。紡より」
数年ぶりに紡と会話したような錯覚に陥っていた詞杷は読みながら何度も頷いていた。きっと周囲からはおかしい人だと思われてしまったのかもしれない。だが、今ぐらいは許してほしい。感動で胸がいっぱいだった。だが詞杷は少し気になることができた。紡はいつだって明るく話をしていた。決して暗いことなど言わない人物であったはずだ。ではあの終わり方は何なのだろうか。「覚悟」とは一体何のことを指しているのだろうか。それにまだ紡が死んでしまった理由がわからない。次で最後の手紙であるのにもかかわらずである。詞杷の心はすこしばかり陰っていた。内心不穏に感じながらも、次の目的地へと向かうことにした。
次の目的地は「レアリテ公民館」現在は廃墟になっており、県外にある。これまでと比べて結構な遠出になりそうだ。詞杷は覚悟をする。しかしせっかくなら山を踏破したいところである。まだ日は高い。登る分には時間は足りるだろう。そう判断し登山を続けた。
途中道が分からなくなるなどのハプニングにおわれながらも、どうにか山頂へとたどり着いた詞杷はその景色を堪能する。茜色の空に灰色の雲が少しばかりかかっているが、十分綺麗である。カメラにその景色を収めた詞杷は少し周囲を探索してから下山用のロープウェイで麓へと帰っていった。時間は夕方。宿を探すにはちょうどいい時間である。検索アプリで近くの宿を検索する。近くに民泊がある。そこへ向かうかと決めた詞杷は行動に移した。空は雲が少し晴れていた。
民泊の女主人は優しい人で、高校生の詞杷が『願い』を見つけるため一人旅をしている事を聞くと「こんな子供に旅をさせるぐらいなら、『願い』なんて無理に決めないほうがいいだろうにねぇ…」と言っていた。もしかして、と思い詞杷は覚悟を決め聞いた。「あの、違ったら申し訳ないのですが旧世代、でしょうか…?」彼女は驚いたようにこちらを見る。やはり違ったのだろうか。「いやはや驚いたよ。こんな若い子が旧世代なんて言葉を知っているなんてね。学校でももう伝えていないと思っていたよ」何かを懐かしむようにそう言う。何か思い出しているのだろうか。詞杷が黙って続きを待っていると「いやぁね、私の子供が旧世代って言われるタイプの考えを持っていてね。迫害されちゃってねぇ、自殺しちゃったのよ」詞杷は急いで謝罪する。「すいません!こんな、触れづらい話題を出してしまって…」詞杷は追い出されることを覚悟して頭を下げる。
しかし予想とは違い降ってきたのは優しい言葉だった。「いいのよ、もうずーっと前のことですもの。それにね、私も旧世代とまでは行かなくても『願い』について疑問を持ってはいるのよ?でもこれ、内緒ね」私の経営が成り立たなくなっちゃうわと小声で付け足した主人は、自分の子供慈しむかのような視線を送ってきた。あぁ、この人も『願い』の被害者なのだろうか。詞杷は漠然と考えた。その後少し会話を続け詞杷は眠りについた。いつもより寝つきが良かったように感じた。




