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誅戮のヘイトレッド   作者: 藍染三月
四巻/第二章
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喚想するウィスタリア3

 ぶつかった視線で彼女の笑みは取り去られる。団栗眼は目尻を吊り上げ、僕の敵意に呼応する。


 持ち上がった銃口。獣のごとく尖っていく僕の五指。撃鉄を起こす音。ヒールと床の擦過音。


「行くよ、ユニス」


 勁風(けいふう)が轟いた。飛び出した僕の眼前に透徹の弾丸がある。目に見えない、魔力の弾。


 けれど鉛玉の形に歪んだ空間を魔女の目は捉えていた。弾道にあるのは僕の額。正確に眉間を目指す魔力の塊。僕は中空で体を捻って回避した。


 着地点は想定よりも外側へふれる。目標はユニスの正面だった。突き出した拳は彼女の残り香だけを掠め、固い壁に弾かれた。


 発砲音。最小限の動作で振り返る。顔を傾け弾丸を躱す。僕が詰めた距離を、ユニスは室内を駆け巡って広げていた。筒音は止まない。見えない弾丸とは厄介なもの。視認出来るようになってから回避に移るまで一弾指の時間しか余裕がない。


 空気の流れ、銃口の角度、僕達の距離、そこから案出される弾丸の位置を──計るよりも、感覚で躱す方が性に合っている。


 軽く裂かれた頬の出血を意に介さず、僕は真っ直ぐにユニスを目指した。掴みかかろうとすれば、僕の手の平は彼女の弾丸に貫かれる。それで怯むほど魔女(ぼく)は繊弱ではない。


 ユニスのスカートが風を孕んで円形に膨らんだ。円舞の足付きで回避した彼女。着地した僕が振り向きながら持ち上げた爪先。彼女の鋭い眼差しの先で銃口が煌めく。照準を定めるべく彼女は僅少の制止。相対する僕は止まらない。そして引き金が引かれるよりも──僕が蹴りを繰り出す方が速い。


「うっ……!」


 呻き声はユニスのもの。僕のブーツが彼女の脇腹に沈み、壁際まで突きのける。華奢な背中は埋め込み棚の強化硝子に罅を入れていた。床に崩れ落ちた彼女。跳躍した僕の影が落ちる。狙いは彼女の足。砕く勢いでスカートめがけて踵を落とす。


 ユニスは床を転がりながら回避。石造りの床が僅かな砕屑を散らして跳ね上がり、血痕は上がらなかった。いや、僕の肩から、血煙が噴き出していた。


 銃撃によろめいたのは瞬き一回ほどの僅かな間。ユニスは連射していたのだろう。僕が負傷に気付いたとき、既に二発目は放たれていた。


 迫り来る爆風に牙噛みながら駆け出す。免れられない。片腕がひしゃげた、と思った直後、強化硝子の急霰《きゅうさん》が耳を聾(ろう)した。


 半ば吹き飛ばされる形で僕は棚の前から遠のいた。撃ち抜かれた片腕は骨が砕け、ボタボタと出血している。だが止まるわけにはいかない。ユニスの拳銃は、まだ弾切れを知らない。


 それでも魔力は消耗しているのだろう。先程のような威力の高い弾は飛んでこない。僕は撃ち抜かれても気にせず直進した。魔女の脚は彼女との隔たりを眇たる間に失わせる。


 目の前には藤色の瞠視。ユニスの聖水の香りがした。互いの前髪が触れ合う距離で、ユニスの銃撃は遅い。彼女もそれを悟っていた。身を引いた彼女。迸った紅血。片腕を断ち切られた彼女は、それでも拳銃を手放さず。そうして僕に追撃を許さない。


 衝撃が走ったのは腹部だ。空気の塊が僕の肋骨を潰して押し出す。肺が圧迫されて息が出来なくなる。壁にぶつかってようやく、詰まっていた息を喀血と共に吐き出した。


 穴の空いた腹部を押さえる僕。片腕だけで銃を構える彼女。互いに壁を背にして喘鳴を漏らす。広い部屋の直線距離がそのまま僕達の余地になっている。それでも、僕の速度と彼女の弾丸は目弾きすれば衝突する。


 肩を撃ち抜かれても疾駆する僕は止まらない。ユニスの目の前で腕を振るう。転びそうになりながら彼女が躱す。華奢な片手を壁に突いてどうにか踏み止まった彼女へ、僕は畳みかけた。腕を構えた僕の額には銃口。


 撃ち抜けばいい。それでもこの体は動き続ける。


 僕がユニスの肩を穿通したのと、彼女が弾丸の代わりに血を吐き出したのは同時だった。魔力(たま)が尽きてきたのだ。


「っ……!」


「ナイフ、使ってみなよ」


 拳銃が床に転がり、咳き込むユニスに囁いた。僕が刃たる片手を引き抜けば、太刀影がひらめいて僕を急追する。素早くナイフを構えたユニスが間合いへ飛び込んできた。


 ステップを踏むように背進する。追随する剣先。攻めて、攻めて、摺り足で身を引くユニス。単調な動作を繰り返し始めたように見えて、その剣尖は毎回違う道筋を描く。


「言われなくても、ナイフを抜くつもりでした!」


「でも言わないと、あのまま僕がそっちの腕も切り落としていたよ」


「ってことは手加減したんですか!? メイさんの馬鹿!」


「ええ……じゃあ、手加減しないように気をつけるけど……」


 小柄な彼女は僕が思っていたより素早い。小さなナイフも体に合っているようだった。とはいえ、魔女や手練れの大人に敵うような技術はそこにない。


 剣戟を避けた僕は、ユニスが身を引いたタイミングで攻め入った。僕の尖鋭を彼女のナイフが弾く。そのまま腕を下げるが後退はしない。その場で爪先を高く突き上げた。


 ブーツはユニスの手首に沈んだ。骨を軋ませた感覚に金属音が伴われる。彼女のナイフは天井に放たれていた。落下するナイフを掴み取り彼女の喉元へ突き付ける──そこに、彼女はいない。


 屈んだのだ。理解して見下ろした時には、足首の後ろにナイフを突き立てられていた。無傷の脚部を旋回させ足元の彼女を蹴り飛ばす。


 床に転がったユニスを追いかけようとして、よろめいた。痺れる片足を睨めつける。視界の端で、起き返ったユニスが奮然と迫っていた。


 刺突を避いて彼女の足首を蹴り払う。仰臥した身体に馬乗りになる。躊躇いなく振り下ろした切っ先。


 喉元に突き付けた刃はそれ以上彼女の肌に近付かない。けれど身動ぎすれば薄皮が裂けるだろう。この状況でもユニスの瞳は曇らなかった。鋼の冷気は僕の喉頸にも触れていた。


 互いに首を獲れる構えで静止する。僕の肩から零れた白髪が、ユニスの頬に絡みつく。乱れた気息が僕達の間で交錯していた。


「……君はもう少し早く、拳銃を捨ててナイフに持ち変えるべきだった」


「メイさんは、そのナイフを取る必要なんてなかったですよね。貴方の力なら、素手で私を切り裂けたはずです」


 ぶつかりあった星眼(せいがん)は、ふっと砕けて繊月を描く。笑声で震えた横隔膜が痛んで、腹部に穴が空いていることを想起した。ユニスも自分の負傷に顰蹙しながら笑っていた。


 僕は起き上がると、仰向けに寝ているユニスの隣へ座り込んだ。床に手を突けば硝子の破片がざらりと張り付く。細粒となった強化硝子が煌めいており、流石のマスターも怒るのでは……と口角が引き攣った。


「傷、治そうか。腕を持ってきて。繋げるから」


「はい」


 ユニスの傷は僕の血液を使うことで治せるが、己の傷をどうやって治すか思索する。他人の血液がなければ僕の傷は治せない。かといってユニスの血を奪えば、ユニスの傷を増やすことになる。切断されている腕から血を貰う、とも考えたが、繋げた後に支障が出る可能性もある。


 マスターが帰ってきたら治してもらおう。巡らせた思いは帰結した。


「持ってきました。お願いします」


「ありがとう。ちょっと疲れたな……歩くのが面倒で」


「あぁ……腱を切ったので、魔女のメイさんでも上手く歩けないのかと」


 僕に腕を手渡すと、ユニスは隣に着座した。足を伸ばして座った彼女が上体を捻ってこちらを向く。乱れた金髪は照明を浴びて煌めいていた。


 彼女は片手を自分の頭に載せ、そのまま平行に動かす。と、繊手は僕の額にぶつかった。背比べがしたかったみたいだ。小柄な彼女は座っていても、同い年の僕《シャノン》と目線が違う。


「私、この通り背が低いので、相手の急所を狙うなら足元がいいって言われました。太腿か膝、足首の後ろあたりがいいそうですね」


「確かに、子供相手ならまだしも大人相手じゃ心臓はうまく刺せないか……」


 僕は魔女の跳躍力や筋力のおかげで、どの角度を狙うにしても全霊の力で貫ける。ユニスはそうもいかないだろう。無理な姿勢で力を込めることは難しい。


 彼女の片腕の切断面を触れ合わせると、呻き声が滲んでいた。僕は自分の親指を噛んで血を流す。腕と腕の境目に血液を取り込ませて傷口を塞いでいく。


「でも、ユニスの魔力の弾丸は魔女にも人間相手にも有効だ。弾を詰め替える必要がないから隙も少ない。使い慣れてるからか狙いも正確。今みたいに、銃をメインに戦うのがやっぱり合っていると思う」


「そうみたいですね。ナイフに持ち替えたら、メイさんが手加減をやめた途端すぐ追い詰められちゃいましたし」


「僕は魔女だからね。相手が大人でも、魔女の速度には敵わないし……よし、くっついたよ。動かしてみて」


 腕は傷一つ残さず綺麗に癒着した。流石に袖は治せない為、可愛らしいワンピースは袖から先を失ったまま。ユニスはさして気にした様子もなく、繋がった神経を確かめるよう五指を開閉していた。


「ねえ、メイさんは」


「ん、なに?」


 僕達の声は寂とした地下室に響く。壁や床にぶつかって、跳ね返ってきた余韻が消えるまで、ユニスは二の句を続けなかった。虹彩を彷徨わせた彼女が伸ばしていた膝を抱える。華奢な両膝を枕にすると、彼女はようやく僕を見上げた。


「エドウィンのこと……愛していましたか? 人として好きとかではなくて、あの人の……特別になりたかった?」


「……そう、かも」


 上手く出せなかった声は吐息に呑まれていて、だけど静けさの中に響き渡っていた。エドウィンへの思いは自覚している。それでも真情を他人に明かすのは、言い掠んでしまいそうになる。


 妹の姿をしていても僕は僕で、男なのだから。本来同性であるはずの彼に恋情を抱くなど、冷笑されるかもしれないのだ。


 でも事実として僕は彼が好きだった。彼が兄のようだったから、だけではない。彼の性別は関係なかった。彼がくれる言葉、彼がしてくれること、彼の言動。彼の、飾らない禀性(ひんせい)を愛していた。


 思い顔を顰めていれば、ユニスが大げさな溜息を吐き出していた。


「残念です。恋愛小説みたいに、メイさんとエドウィンを取り合ってみたかったのに」


「ええ……僕は多分、そういうのはユニスに譲っちゃうよ」


「なんでですか! 張り合うところでしょ!」


「というかエドウィンにはカレンさんがいるし」


「アレはマスターのせいです!」


 頬を膨らませて顔を寄せてくるユニスに、僕は噴き出して笑った。ユニスはムっと頬袋を動かして、僕と数秒見つめ合うと、おかしそうに頬を緩めていた。


「僕はエドウィンが楽しそうなら、それだけで嬉しかったんだ。ユニスと楽しそうに言い合いしてたり、ユニスに呆れながらも楽しそうだったり……そんなエドウィンを見ているのも、好きだった」


「私は、ずっとメイさんが羨ましかったです。エドウィンがメイさんばっかり撫でたりしてるから……エドウィンの特別を、貴方に持っていかれちゃうと思った」


「エドウィンは僕のこと、特別に思ってくれてると思ってたよ。よく優しい顔で笑ってくれるし……」


「わっ私だってエドウィンにとって特別だったと思いますけどね!?」


 顔を真っ赤にしているユニスに苦笑していたら、地下室の扉の方からも笑い声が聞こえてきた。振り返ればマスターがそこにいる。ここは足音がよく響くというのに、ユニスとの会話に夢中になっていて気付かなかった。


「二人とも、ここにいたんだね。お昼ご飯とケーキを買って来たんだが」


「ケーキ! 食べます!」


「オッサン、僕の傷、治して」


「分かった、すぐ治すよ」


 ケーキという言葉にユニスが駆け出し、その背中はものの数秒で見えなくなる。マスターの革靴が強化硝子の破片を踏み付けた。埋め込み棚の惨状を目にした彼が、大口を開けて固まったのは言わずもがな。僕は嫌な汗をかきながら「ご、ごめん……」と呟くしかなかった。



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