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虫嫌いの異世界永住計画  作者: 佐久間
9/15

来訪者

 『コンコン』


玄関の扉の向こうから渇いた音が鳴る。

その音はとても小さいけれど私しか居ない部屋にはやけに大きく響いて聞こえた。


それは物が落ちたような乱雑な音ではなく、通りすがりの足音にしては高い音で、たまたまぶつかったにしては大人しい音だった。


「え?」


音は明らかに人為的な音だった。

私は咄嗟に身体を硬直させる。


(誰?)


家族の誰かだろうか?

でもカガイ父さんの帰ってくる時間にはまだ早い。

エルース母さんやカイファだって出掛ければこんな早い時間に帰ってくることはないはずだ。


じゃあ、もしかしたら近所の誰かかな?


私が住んでいる多階住居はいわばアパートのような造りの集合住宅だ。部屋を間違える。そんなことがあるかもしれない。誰にでも間違いはあるし。


あ、もしかしたら鍵を忘れた家族の誰かかもしれない。


 『コンコン』


結論を出す前にまたしても扉を叩く音が部屋に響く。


(……また。どうしよう。部屋の間違いだったらこのまま放っておけばどっかに行くかな?鍵を忘れた誰かなら声を出すだろうし……ってウチの玄関に鍵なんかなかったわ。じゃあノックなんかするわけないか。つまりこのままノックが続くなら……)


 『コンコン』


お客様ってことだよねぇ。やっぱり。


ご近所説、家族説が消えた今、このノックは我が家に用事があるお客様の可能性が高いっていうかそれが最初から最有力だった。知ってる。


それを認めたくないのは正直、お客様だとめんどくさいな、という私のわがままだ。不審者という可能性もあるがそれなら律儀にノックなんかしないだろう。


「う~ん」


私が対応してもいいだろうか?


病弱で寝込むエリアちゃんに知り合いはいない。

もちろん多少、元気になって家を歩けるようになった(エリア)もまだこの世界に来て1週間足らずで知り合いがいるわけもない。知らない人確定なんだよ。


(ん~……よし!居留守しよ)


つまりこのお客様は父さんか母さん。もしくはカイファのお客様だ。お出迎えしたところで「留守です」と告げるだけ。なら私が出ても出なくてもお客様にはお引き取り願うしかなんだから私が出る必要はない。知らない人怖いし。


 『コンコン……コンコンコンコンッ』


(うわぁ、しつこいよ。大丈夫かな)


立て続けにまた扉を叩く音が鳴る。

明らかに最初よりも早いテンポで音も大きい。急かしているのが分かる。


早く諦めて帰ればいいのに。それとも至急の用事なのかな。やっはり出た方がいい?痺れを切らして鍵も付けてないノンセキュリティな扉を押して入ってきたら困るし。


こんなときインターホンがあればいいのに。荷物なら玄関の外に置いといてくれてもいい。ノックなんて古典的な方法……ん?


そういえば、前も知らない人が勝手に中に入って来たことあったなぁ。たまたま出くわしたけど、あれはびっくりした。だって、あの時 こんな風にはノックなんて無くて……あ。


「あ……あっ!ああっ!!ちょっとお待ちくださいっ!」

『コン……


慌てて私が大声を出すとその声が届いたのかノックの音が止む。

何とも素直な人物らしい。そう、この人物はなんて素直なんだ。



『「次に来るときは扉を叩いてください」』



すっかり忘れていた自分の台詞が頭を過る。

その瞬間に私は病弱な身体を玄関に向けてじゃなくて自室の部屋へ走らせた。


「こんなこともあろうと念のために準備しといて良かった。でも、まさか真に受けるなんて。それに前に来た時と時間違うよね?そんなの分かるわけないよ。」


別にその時に時間を約束した訳ではないけど、予定がズレる時は事前に連絡が欲しいと思ってしまう。電話もない世界じゃ無理だとしても。あぁ、スマホが恋しい。


そんなことを考えながら寝室に置いてあった蚊帳とは別の布を手に取る。寝るときに上に掛けたりしているボロ布だ。


一応、毎日日差しに当てて埃を払って清潔さは保っているけど、さすがにボロさはまではどうしようもない。


エルース母さんに蚊帳を見繕ってもらった手前、毛布まで要求するのはさすがに厚顔過ぎるし。


「でも、それが今は好都合なんだなこれが」


その布を頭から被る。


一瞬、真っ暗になるが布の中から外を見るといくつか穴が開いて光が漏れている。虫食……すり減って薄くなった部分だ。そこがちょうど目の位置に来るように布を手繰る。


「視界良好♪そしてこれを~んっん~……よひっ!」


準備万端だ。


「お待たせひまひた~。」


玄関に駆けつけ布越しに伸ばしました手を使って扉を開ける。


「っ!?」


扉を開けた先にはフードを深く被った人物が佇んでいた。

一瞬、ひくっと身体を震わせたように見えたが何事もなかったようにしている。


似たような格好なんだからそんなに驚かなくてもいいのにね?


彼はといえば、前回と全く変わらない格好だ。

顎まですっぽり隠すフード。首から下はフードに繋がった雨合羽のような服。例えるならてるてる坊主のような人物だ。


「あ……何……おま……いや…早く出ろ、よ」

「これはひゅみまひぇん。まひゃか言った通りにひて頂けるとは思わずゅ遅くなりまひた。わざわざありがとうございまひゅ。」

「あ、いや……別に……いい。それより……早く」


彼はフードを更に深く被るとおずおずと答える。

私が待たせたんだから、そんなに申し訳なさそうにしなくてもいいんだけど。まぁ、私のハロウィンお化けコスを見たら言葉も失うか。


トリック・オア・トリートってか?

逆だねってふざけて更に待たせてどうする。


彼がここに来た理由が前回と同じならあんまり手間取らせるのは申し訳ない。彼は自分の仕事をするためにここに来たんだから謝る理由なんか1つもない。


むしろ謝るなら私の方だ。ごめんね。待たせて。

今度、お菓子をあげるから許してください。


「あ、ひゅいません。すぐに。いぇっと、じゃあ『溜箱』でひゅね。どうぞ。」

「あぁ」


玄関の側に置いてある木造の箱を足で彼の元に押しやる。

その箱は酷く黒ずみかなり年期の入った色合いの膝の高さくらいの箱だ。


できるだけ視線をそっちに向けないように慎重に押す。

こんな時に全身を覆っている毛布が役に立つのは嬉しい誤算だった。下はよく見えないんだなこれが。


私の感動を他所に彼はその『溜箱』を屈んで持ち上げると部屋の外に出す。


(よく、持ち上げられるなぁ。私には生理的に無理だ。)


その様子を感心して見つめる。


というのも、この『溜箱』は初日に私の部屋にも置いてあった異様な臭いを放つ箱ととても似ていてめっちゃ臭いのだ。もう本当にめっちゃ!だから『持って』と言われたら吐く自信がある。


だってこの箱、何かといえばぶっちゃけトイレなんだよ。おまるだ。ふざけるなよ。部屋に置くなよ。もう、本当に酷い臭いがするんだよ。いつハエが湧いてもおかしくないもん置いとくなっ!すぐさま私の部屋から撤去してやった。ちなみにこいつは家族全員分のが入った溜箱でぉおぇえ~


「……代わり」

「あ、ひゃい。そこにお願いひましゅうっ!?ひぅっ!?」


てるてる坊主は代わりの溜箱を私が布越しに指差した場所に設置する。その瞬間、視界を何かが横切った。


嫌っ!今のハエじゃない!?

あうっ!?でもこの完全防備服の中には入ってこれまい。

私の準備は万端なんだよ!たぶん

もし、この防具服がなければ私に止まったりぉええ~


「代金は箱の上だ。じゃあ。」


てるてる坊主は動揺する私を置いて溜箱を手に持つと私に背を向ける。


「あ、ああっ待ってくだひゃい!」


用事を済ませ、そそくさとその場を立ち去ろうとするてるてる坊主を制止する。


「あの、私の話を聞いてくれまひぇんか?」

「話?……扉は叩いた…………なんであんな事……いや、いい。じゃあ……おいっ!」


それでも立ち去ろうとするてるてる坊主の服を掴む。


「ノックしてくれたのはありがとうこざゃいまひた。理由は突然来たらびっくりしゅるからです。でも本当のお願いはそれじゃにゃいんです」

「のっく?お願い?は?俺に?」

「ひゃい!」


てるてる坊主は戸惑った様子だが無理に振り切ることはしない。

というか、どうしていいか分からず往生しているようだ。


こりゃ、好都合。


「あの!あにゃたは農家しゃんと聞きました。だからこうひて肥料ににゃるものをお金を払って集めているって。うちにもわざわざ取りに来ていただいてありがとうございまひゅ。」

「いや……俺は……仕事…だし…礼を言われることも……別に……」


「いえいえ。ご立派でふ。見たところ私とほとんど歳も変わらにゃさそうなのに。私なんか部屋で寝てることしかてきにゃいんですよ?情けない。それに比べてやっぱりあなたはにゃんてひゅばらしい!」


「ひゅばら……素晴らしい?俺が?」

「ひゃい!そんなあなたにどうひてもお願いがあるにょです。」


「……お願い……」

「そうでひゅ。実は……」

「あ…いや…ま、待て!」


そこで掴んでいた手を振り払われる。

もう少し強く握っておけば良かったが、どうしても布越しじゃ無理がある。


「俺が……お願い、なんて……聞けるわけ……っ」

「あ…待っ…いっひゃった……」


てるてる坊主の彼は溜箱を担ぐとそのまま一目散に立ち去ってしまった。


「あ~あ、ひょっと急過ぎたかな?でもせっかくの外との繋がりを無駄にひゅるわけにはいかにゃい。気を長く行きまひょうってやっぱりこれひゃべりにくいね。よっと。」


鼻の穴から取り出した緑色の塊が掌に転がる。


「ミントの葉で鼻栓って案も思いつきの割には悪くない。喋りにくいけど臭い防止としては完璧。あんな仕事をしてるせいかてるてる坊主君もなかなかの体臭だろうし、今後も必須だね。」



ミントの鼻栓を指で弄りながら今後の作戦を練る。



「ふふふ、必ず攻略してみせる」

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