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番外編:ロバート兄さんと領主様と

「ロバート。ちょっと今日の夜会に行ってきて。」


「領主様、またですか?最近行きすぎじゃないですか?粗方情報はさらいましたよ?」



最近雇ったロバートは本当に使い勝手が良い。娘のパートナーとして夜会に出席させれば、たいがい何かしらの良い情報を掴んできた。しかし娘と一緒に夜会に参加するため、婚約者扱いをされるようになったのが気に食わないようだ。ここのところ毎回嫌がられる。決まった相手もいない男爵家の次男だろうに、出世欲がないのだろうか?



「ではお嬢様のエスコートじゃなく、従僕として、いや給仕の仕事で潜入しましょうか?」


「キルラー男爵の息子として何度も出席してるんだ。顔でばれるだろう?」


「髪を染めたらわからないでしょう。そもそも参加者の方々は給仕の顔など見やしませんよ。

 エスコートはぜひ領主様が・・・」


「私はお父様となんて嫌よ。ロバートが一緒に参加なさい。」


そこへ可愛らしい第三者の声が割って入った。我が娘ながら天使のように美しく育った娘である。言っていることは天使じゃないが。父は悲しい。


「ライラ。まったく何度も言っているだろう?ノックをしなさい。」



ロバートは急いで私の横に控えた。ここは私の執務室だ。小さな子供のようにノックも無しに扉を開けたのは娘であるライラであった。燃えるような赤い豊かな髪と艶のある黒目。母親に似た妖艶な美女だがまだ18歳。夜会に参加するたびに、見た目は大人であるが中身は子供な娘をみて、残念なような、まだ子供だと安心できるような、妙な気持ちになる。



「ではライラもそう言っていることだし、よろしく頼むね。」


「・・・・・・はい、畏まりました。」





ロバートの顔には不満がありありと出ていたが、それを隠すように執事らしく頭を下げた。








「ね、彼って良いと思わないかい?」


「そうですね。貴方と似ているように感じます。」



ロバートが夜会に行くため娘と出て行ったあと、部屋の隅にずっと控えていた強面執事に声をかけた。



「ええ?私は思ったよりも美男子だったのかい?君から褒められると照れるなぁ。」


「私が似ていると感じるところは、茨の道に招き入れられても健気に歩いて行けそうな性格です。」


「・・・・・・茨の道。あはは。」


執事の言いように乾いた笑いが零れた。


「ええ。ただ貴方と同じく奥様には恵まれますから、幸せ、でしょうかね。」


「ああ!幸せだとも!?」



領主の最後のセリフは、なんともやけっぱちで湿っぽい声であった。強面執事は口の端を引きあげた。







ロバートが夜会から帰ればすでに深夜になっていた。


しかし珍しくアベルの部屋の灯りがついていた。


そういえば今日から騎士の宿舎は引き払って実家こちらに来るって言っていたな。ロバートは思い出した。

転勤の移動前に少し顔を見せてから出発するようだ。彼の転勤は、栄転か左遷か迷うところで心配していたのだ。


ワインを片手に部屋を覗けば、やはりアベルはまだ起きていて荷物を整理していた。

アベルは苦笑いで、思ったよりも仕事に時間を取られて移動が予定よりかなり押したのだと言った。良いお兄様な俺も仕方なく、ワイン片手に手伝うことになった。報酬は酒の肴に弟の遅すぎる初恋を揶揄って楽しむことだ。


だがしかし。



「え?まだ何も言ってないの?」


ウキウキと話を振ったら何の進展もないとは弟よ。どうやら今夜の肴を逃したようだ。


「・・・・・・ハッパー町へ住むことになったと言った。」


「それ、アベルの勤務地がハッパー町になったからだよね?君の傍に居たいんだーなんて気の利いたことは言ってないの?」


「巡回で森へ行く、と・・・・・・。」


「それ、業務内容の報告だね。」


ロバートに言い負かされたアベルは涙目になった。しかし成人もとうに越えた男がやっても気持ち悪いだけである。

早くから騎士となり家を飛び出した弟は、なんというか残念な男だった。



魔女様に惚れてしまった弟は、自分で自覚する前に周りから外堀を埋められた。まったく余計なお世話をされた状況だが、大人の事情がぐるぐるに絡んでいるから上手くいかないとそれはそれでまずい。俺も領主様のもとで働くようになってから、弟と魔女様の立場が複雑なのは大方わかった。

兄弟で一番頼りになる長男は今回に限っては使えない。というか俺の身も危うい状況で・・・・・・・。

今はなんというか、ウィリアムは鬼門だ。



「お前は騎士だろ? 城下の淑女のあこがれの。目の前で跪いてさ、手にキスでもすりゃいいじゃないか。」


アベルは職業その一みたいに思っているが、騎士は憧れの職業のひとつだ。アベルは持ち前の運動神経の良さを存分に生かし、狭き門の入団テストに一発で合格した(おかげで青春時代は男所帯で過ごすことになったが)。

馬に乗り、城下を巡回するアベルの姿はキルラー家の色合いもあってなかなか人気があった。

しかしアベルは不思議と女性に距離を取っていた。女性に興味がないわけではないようだったが、夢見る童貞男ということを差し引いてもアベルは清廉潔白すぎた。


それが久しぶりに実家に来たと思えば、魔女様だというちんまい女性を連れてきて部屋へ連れ込んだ。その後、どこから来たのかわからない客人を案内しただの、魔女様を助けるために金色に光ったやら跳んだ(飛んだ?)やらとおかしな話が次から次へと出てくる。


そこら辺りからアベルの雰囲気が緩んだような感じがする。ぶっ飛んだ経験が良いように働いたのだろうか。目に見えて魔女様を囲い込み、近づく男を威嚇してまわる。たまに威嚇した上光るし。

そんな今のアベルは、女性は守る者ですと真面目にエスコートしていたころよりよっぽど人間らしくて良い。

俺は魔女様に告白できずに悩んでいる弟をみて笑ってしまった。

するとかわいい弟はむくれてかわいくないことを言い始めた。



「そういう兄さんだってどうなんだよ。急に領主様の執事見習いになったって聞いた時はビックリした。」


「ウィル兄さんが跡継ぎなのに家にいても邪魔だろ。俺だって城勤めで自立した男になるんだよ。」



実はウィル兄さんに脅されて男色にされてしまうと絶望した後。冷静になって考えれば、自立して跡継ぎから外れれば良いのだと気が付いた。どうせならこの妙な力を利用して有力者に取り入ってやろうと一念発起した。

万年人手不足の家業に両親には申し訳なかったが、父親にだけは事情を話して了解を得た。もちろんウィリアムの事もチクり、身内から犯罪者を出さないように協力してもらうことになった。


とりあえず就活だと外出したが、知り合いに有力者なんて便利なものはいない。

仕方なく久しぶりの夜会に出るかと服を仕立てに行ったところだった。城下の視察に来ていた領主の奥方が目の前で連れ去られた。押し込められた馬車からは溢れる金の光が城に向かって筋となって伸びていた。

連れ去られた奥方よりも、余りに強い執着の光に恐怖を感じた。すぐに駆けつけた領主本人から出る執着の光を頼りに奥方は救出した。そこで褒美に職を世話してもらったのだ。緊急事態だったし、この能力はその時に領主に打ち明けたのだが、それが面白がられて今は執事見習いだ。


俺は上手くやった。

やったのか?


最近、仕事をしながら自分に問いかける。傍から見れば幸運この上ない人生だ。

しかし俺は自分で思うより出世欲が薄かったようだ。職を得られたことは幸運だったが、ルーン領の暗部にまで入り込みたかった訳じゃないんだ俺は。

執事見習いという仕事で雇われたはずが、君の能力は便利だね、と様々な場で調査の仕事を振られるのだ。執事見習いって会議や夜会に出ることじゃないでしょ。確かに、執着の光を辿れば、お宝や愛人、隠れ家、裏帳簿まで、普通なら知らなくて良い情報を掴むことができた。おかげで誰にも言えない重要機密を幾つも抱えることになった。

おまけにエスコートを重ね、領主様の娘は俺に好意の光を寄こし始めた。なのに領主はそれをわかって利用している節がある。娘が可哀想だろう。あの領主は食えないタヌキだと常々思う。



「家業を手伝わない気か、自分だけ騎士になりやがってって毎回言われていたと思うけど?

 いつかはこちらに戻るの?」


アベルは俺の立場は役所関係の出向だと思っているようだ。


「アベルのおかげで3人ばかり増員できてキルラー家は安泰だって。俺は戻らないよ。というか、めったなことをウィル兄さんの前で言うなよ。」


「なんで兄上?」


アベルはウィル兄さんを俺よりもスゴイと尊敬している節がある。だって俺は兄さん呼び、だがウィル兄さんは兄上呼びだもんな。確かにウィル兄さんは優秀な人だ。しかし情緒面で危険なことはうっかり忘れていないか弟よ。


「全てが片付いたら教えてやる。お前にも関係しているから迂闊に言えないんだ。今、領主様の下で働きながら手を打っているところだ。」


お前も、もう池に放り込まれたくないだろ?と思わせぶりに言えば、ようやくアベルもわかったのか顔色が変わった。


「あ、ああ。兄さん!後は頼みます。俺は大人しくハッパー町に行くよ。」


「任せておけ。お互いに生き残ろう。」



やっと俺を見るアベルの目に尊敬の念が見て取れた。

いや、お前はもうウィル兄さんの手に落ちているんだがな。ここは嘘も方便ってやつか?俺は尊敬されて、アベルも魔女様とくっついて、領主様も安心ってやつだな。

俺ってもしかしてできる男だった?


「アベルの門出に乾杯。」



予定と違う肴だったが悪くなかった。






「君の所の金の騎士は順調かい?」


「ええ、ハッパー町で元気にやっているようです。」


「そうか。二組の合同結婚式でもいけそうかな?次期領主と金の騎士の結婚なんて盛り上がりそうだと思わない?」


「ライラ様の婚約が決まったんですか?おめでとうございます!

 いや、アベルはまだ婚約のこの字もないですよ。結婚なんてまだまだでしょうね。」


アベルがかの地へ赴任してから3ヶ月。アベルは領主様からせっつかれていたが、俺の予想では精々口付けをする関係になったぐらいだろうな。1年で結婚に間に合うかも怪しい。

それよりもライラ様だ。日に日に俺に纏わりつく金の光が増えてきて冷や汗ものだった。婚約者が決まったようで何よりだ。夜会のエスコートは免除だろう。これで安心して酒場で女遊びが再開できるってもんだ。健気に寄り付かれれば情も移るってもので、罪悪感から女遊びなどできなかったのだ。少し寂しい気もするが、良かった良かった。


「ありがとう。そうだろうね、金の騎士殿は奥手そうだったものね。合同結婚式はちょっと思いついただけだし気にしないで良い。どちらも町を上げて祝えば経済効果も高いよね。」


「そうですね。お祝いにライラ様と次期領主様のお顔を模った記念の硬貨とか発行しても良いかもしれませんね。」


そう言ってから、領主にもなれば私生活も切り売りするようなものなのだなとゾッとした。そして次期領主とやらを少し憐んだ。弟の結婚式はどうにかして規模は小さめにしてやろう。彼らは派手な式は望まないに違いない。


「いやあ、ロバート君ったら良いこと考えつくね。君が考えたと言えば娘も喜ぶよ。」


「そうですか?ところでお相手はどなたでしょうか。私はお会いしたことがありますか?」


「うふふ。」


領主は気持ち悪い笑いをこぼしてこちらに人差し指を向けた。

思わず後ろを振り向く俺。しかし誰もいなかった。


「反応が面白いね。ロバート君。」



汗が。額から背中から汗が一気に噴き出した。




そして、流れるように強面執事先輩が登場した。そして俺の腕を拘束するかのように取り上げ、いつの間にか出ていた椅子に座らされた。

そこで領主と執事先輩から、この領地の、聞いてしまったら後戻りできない情報を語られた。


実は領主一家、親類諸々は政治の中枢の要職に紛れ込んで監査も兼ねて働いているとか、領主となるのは優秀なしがらみのない婿を取るのが望ましいとか、それは領主と長男が表と影で政治を動かすことに都合が良いらしいとか、ここにいる執事先輩が領主一家の直系の長男だとか!


「領主様!私、大変なことを聞いてしまったじゃないですか!」


「私もねぇ、義兄さんにこの話を聞いたときは驚いたよ。未だに義兄さんを執事として扱うのは抵抗があるよ。」


「そうは見えませんが?お気になさらず顎で使って下さいませ。」


「うふふ。」


穏やかに笑う領主の額が冷や汗でテカって見えた。この城で一番権力を持つこの人も、一番じゃなかったようだ。


「君も娘を憎からずと思っているだろう?」


「そりゃああんな美人、お目にかかるだけでありがたいですが、身分差が」


「私は商人だったよ。」


「・・・・・・・。」


「娘が良いと言ったんだよ。君のように市井に馴染んだ貴族はなかなかいない。城下と夜会のどちらも泳げる君は立派な能力の持ち主なんだよ。まあ、あの力も便利だし。」


「キルラー家の血筋と貧乏具合が良いように働いたのですね。」


ついでに強面執事先輩からヒドイことを言われた。これから毒舌強面執事先輩と呼んでやる。



「聞いているよ。実家から独り立ちする必要があるそうだね。」


「婿入りに問題はないですね?良かった。姪も喜びます。」


「・・・・・・どうぞよろしくお願い致します。」



緊張で声が震えた。こう言うしか俺の選択肢は残されていなかったのだ。




次の年、俺は美しい赤毛の美女を横に抱き、次期領主となった。


読んでいただきありがとうございました。

本編にこの設定を盛り込みたかったけれどできず、番外編に入れてみました。蛇足に感じたらすいません。でも書きたかった・・・・・・・。

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