第69話 最強コンビの片っぽ
あけましておめでとうございます。
おめでたいので、急遽お酒の話をひとつ(なぜ)
いやーこの間はウチのアホ貴族どもがすまんかったな!
正直、あいつらのてっぺんの髪がちりちりになってるのを見てスカッとしたわ!
詫びと礼がわりに、俺がこっそり仕入れてる酒を贈るから楽しんでくれ!
ってことを百倍遠回りに言ったような手紙と樽が、フィンレー王からりのへ送られてきた。
ダイニングテーブルの上にどーんとましますのは、小さい樽。樽であるタル。
(自分が樽でお酒をもらうことになるとは思わなかったわあ……何のお酒なんだろう。こっそり仕入れてるって何だろう)
ちょうど業務用の小型のビール樽と同じくらいの大きさだろうか。四、五リットルは入る、卓上におけるギリサイズのやつだ。
ああこれバーとかでよく見たなー。
そう思いながら、りのはレノアにガラスのグラスを持ってきて、とお願いした。
実はこう見えて、ウッキウキである。
金色のふくよかな神様のビールはこっそりちょこちょこ飲んでいるが、おおっぴらに飲むのは結構久しぶりだ。
昼酒サイコー!
「えっと、イリットとメリルは味見できる? お仕事上ダメとかあるのかな?」
「はい、私共は勤務時間中の飲酒は厳禁ですので」
「それに、私はお酒はあまり得意ではなく……」
「実は私もでございます……」
ちょっと気まずそうにする二人に、好みがあるんだから気にする必要はないわ、と笑いかけた。
あちらの世界でも、ビールは飲めない~という子はけっこういた。飲み始めたばかりの時などは、友だちのほとんどが甘いお酒を飲んでいたものである。時を経て、みんなだんだんビールを飲むようになっていくのが面白かった。ちなみにりのは、ずっと最初の一杯は生中一択派である。
勤め人をしているときは、会社の後輩たちの好みを聞いて、それぞれに合いそうなお酒をすすめるのも結構好きだった。
レノアが手渡してくれたグラスに、小樽の栓をひねって、中のお酒を落とす。
とぽとぽ、という静かな、けれど心の踊る音とともに落ちてきたのは、赤みがかった液体。ワインのような美しいルビーの色だが、わずかに気泡が上がっていた。炭酸だ。
鼻を近づけると、甘酸っぱいような、馥郁とした香りが立ち上る。
なんだろう、とても懐かしい香りだ。
光にかざすと、澱のようなものが見えた。
一口含むと、はじけるような、ドライで、けれどほどよい酸味。ぱちりと一つ瞬きをする間に、甘酸っぱい香りとわずかな甘みがいっぱいに口の中に広がった。炭酸は弱く、花火のように咲いてはすっと消える。
なんだっけこれ、なんか記憶にあるなあ。
そう思いながらもう一口、今度はゆっくり舌の上で転がしながら目を閉じた。
一瞬鋭い酸味が来るが、ふわふわっとさくらんぼの香りと混ざって丸くなる。野性味もありながらとても上品だ。
フルーツビールって奥が深い……って、あ。
「クリーク……! クリークじゃないこれ……!?」
まさかのエール、まさかのランビック!
りののテンションが爆あがりする。
クリーク・ランビックは、ベルギービ-ルの一種で、さくらんぼを漬け込んだフルーツビールになる。
ちょっと変わっているのは、野生の酵母で作るところだろう。
ふつうのビールは、ちゃんと培養されたビール酵母で作るのだが、このランビックは醸造所やその周辺に自生している酵母で発酵させる。窓を開けて、風にのってやってくる酵母で作るところもあって、なんともロマンいっぱいだ。
りのは、イベントの打ち上げで連れて行ってもらったクラフトビールバーでこれを飲んで、ベルギービールがとても好きになった。インドアを少しだけ返上して、ベルギーに旅行に行って、好きなだけビールを飲もうかと一時期、真剣に考えたこともあるほどだ。まあ結局インドアが勝ったので、行かなかったのだが。
今でも、クラフトビールは大好きだ。
(なつかしいなあ、この独特の酸味にさくらんぼのフレーバー……)
舌の上で転がしながら、複雑な酸味とさくらんぼの香りを楽しむ。
(瓶じゃなくて樽なんだねえ、二次発酵どうしてるんだろ……っていうか、向こうと同じつくり方だとは限らないのか。えー、どこでどうやって作ってるんだろう、気になるー!)
テイスティングの量しか入れていなかったのであっという間に空になった。名残惜しい。グラスに残るさくらんぼの香りは、ほんの少し深みを増していた。
「ロゼ、味見してみる? フィンレー陛下がこっそり仕入れてるお酒だって」
「陛下が、こっそり……」
遠い目をするロゼリアに、内緒にしてとか書いてないから大丈夫だよと笑った。
「あー、でもちょっと酸っぱいからロゼは苦手かな? さくらんぼの味がするけど、甘みはあまりないし」
「さくらんぼ?」
「あれ、こっちにはなかったっけ? 甘酸っぱい木の実のことね。私のところではクリークって名前のお酒なんだけど」
それを聞いて、ロゼがああ、と頷いた。
「わかりました、ティロンエールですね。ラシスの風味のするものでしょう」
「らしす……なるほど、そう言うのか。ロゼも味見する?」
「よろしいのですか?」
目だけがぱっと煌めいたロゼリアに、クリーク……いや、ティロンエールを注いで渡した。
礼を言って受け取ると、目を細めてゆっくり味わっている。
「ロゼは甘酸っぱいのは平気だね、そういえば」
「はい。ティロンエールは大好きです。ノルフォード領の一部でしか作られていないのでめったに頂けませんから、とても嬉しいです」
ノルフォード領と聞いて、りのは先日勉強したウェルゲアの地図を思い浮かべる。
ロード地方の南西にあたるところだったはずだ。たしか、アトラロの傍を流れるファニア大河の上流にあったので、おそらくこのエールも船で運んできたのだろう。
というか。
「こっちにもエールってあるんだねえ」
「どちらかというと、庶民や冒険者が好むお酒ですね。小麦や大麦から作るそうですよ。自宅で作る人も多いそうですが、おいしいエールを出す店はいつでも大人気だと聞きました」
「なるほどー、自家製のビールがあるのかあ」
「それにしても、陛下はティロンエールがお好きだったんですね……」
「貴族の頂点にいる人だけど、好きなんだろうね。でもおいしいものに貴賤はないと思うの、私」
きっぱりというと、ロゼも深く頷いた。おいしいは正義だ。
「んー、軽く冷やしておこうかな。たしか香りが開いていくはず。まあ向こうと一緒かどうかはわからないけど」
最近使い倒している水の魔術の中から「冷却」を樽全体にかけた。冷えすぎないよう、温度管理に気をつけて魔力を込める。
「リン、水魔術がどんどん上手になりますね……水の治癒魔術も素晴らしかったですし」
「あはは、ありがとー! なんか水の魔術は使いやすいんだよね。多分料理とかでいっぱい使ってるからだと思うんだけど」
実際、料理で温度管理をしやすい水魔術と、自分で作った魔法のおかげで、魔力操作の腕はガンガンに上がっているような気がするりのだった。
「ロゼ、今夜、夕食でこのティロンエールに合いそうなものを作るから、一緒に食べていってくれる?」
「喜んで!」
ふと思いついてのお誘い。
すぐさまの返事にやったーと喜んで、りのはメリルとイリットにも声をかけた。
「二人もよかったら。お仕事終わってから、ここでちょっとつまんでいって。陛下の隠し酒だもの、きっと貴重なお酒よ! ちょっと飲みやすく工夫してみるから試してみない?」
「あの、よろしいのですか?」
「もちろん!」
「では、ご相伴に預からせていただきます……!」
二人の参加も取り付けた。
よーし、今夜は、楽しい飲み会だ!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
よい一年になりますように!




