第68話 フラグが立ってた!
ハーブティーを飲みながらロゼリアとおしゃべりをしつつ、昨日と今日のことをなんとなく振り返って、りのははっと時間に気づいた。
そろそろ夕食の支度の時間である。
今日は朝にふわふわの柔らかいパンを焼いたので、それを楽しめるようなメニューを考えていた。繰り返し作るうちに、だいぶコツをつかめてきたらしく、パンのふわふわ度もアップ中である。
(ふわふわのパンにシチューを合わせて食べるの好きなんだよねー。クリームはザバイオーネで使っちゃったからホワイトシチューはまた今度かあ。デミグラスソースは材料を手に入れるのが難しいから、あっさり味になっちゃうけどブラウンシチューにしよう。お肉で何とかコクをだそう。ケチャップの代わりにホールトマトを使って、この間作ったブイヨンの残りと赤ワインもたっぷりぶちこもう。お肉はダークバッファローだ……じゅるり)
レタスとラトマ(グレープフルーツっぽい果物だ)のサラダにダークバッファローのブラウンシチュー、キノコをたっぷり使ったトルティージャ。それに朝に焼いたパンとバターとチーズ。うーん太りそう……。
きのこのトルティージャはりのの好物で、向こうにいた時からよく作っていたものだ。こちらでもおいしそうなキノコがあるとつい作りたくなる。本当は厚切りのベーコンを刻んでいれたいのだが、こちらにはベーコンがないので、かわりにひき肉を使う。
下ごしらえとしてレノアが野菜を洗ったり刻んだりしてくれているはずなので、あとはりのと二人で火を使う調理部分だけすればよい。
カップ類はメイドの二人が片づけてくれるので、りのはいそいそとキッチンへ向かった。
「お待たせ、レノア。準備は進んでる?」
「あ、リノアさま!」
台所のパントリーの前にかがみこんでいたレノアがこちらを振り返って、ぱあっと笑った。
作業台代わりにしている小ぶりのテーブルの上には、いろいろな野菜やお肉が、りののお願いしたとおりに処理をされて並んでいる。
下ごしらえは順調にすんでいるようだ。
「どうしたの? 何か気になるものがあった?」
パントリーの中に何か気になるものがあったのだろうかと、座り込んでいる彼女の上からひょいと手元を除くと、そこにはこちらで食品を保存するのによく使われている袋があった。灰色で、がさがさした麻っぽい質感の太い糸で編んである。大きなサイズのもので、中に何が入っているのか、ごつごつしていた。
「パントリーの中を掃除しようと思って整理していたら、これが入ってたんです」
よいしょと立ち上がって、大きな麻袋を抱き上げる。レノアは小さいのに、やたらと力持ちだ。
抱えていた灰色の麻袋。テーブルの隅にそれを置いて、中から取り出したのは。
「!?」
「これ、何でしょう? わたし、見たことなくて。食べ物かなあとは思うのですが……」
薄い茶色の、ぼこぼこしたいびつな丸いかたちをしたそれは。
(じゃ、じゃがいもー!? フラグたってたーー!?)
「な、なな、なんだろうねこれ」
できるだけ不思議そうに言ったつもりだが、驚きに声はちょっとふるえたかもしれない。レノアがテーブルに置いたそれをつんつんつついてから、そっとテーブルに置いた。
そして、こっそりギフトを発動する。
(『鑑定』)
【名称:ポタ芋】
【分類:野菜、芋】
【状態:健常 一部ラフトフ菌付着】
(あぅ、急ぎすぎたってか慌てすぎた! もっとていねいにイメージして……)
再度、心の中で『鑑定』と唱えると、先ほどとは違う結果が出てきた。
【名称:ポタ芋(ジャガイモに近似)】
【分類:芋、食用】
【栄養素:炭水化物、ビタミンC、食物繊維、ビタミンB群、カリウム、ヘクシア】
【状態:健常 一部ラフトフ菌付着】
【特記:芽の部分、緑化した部分にはソラニンが多い】
(ああ~~、やっぱりイメージを変えれば鑑定結果が変わる~~。それはともかく、やっぱりほぼじゃがいもだなこれ。わからないのは「ヘクシア」と「ラフトフ菌」の二つ。ヘクシアはたぶん何らかの栄養素で、もう一つのラフトフ菌……って何? 状態のところに出てるってことは、病気とかを起こす菌の名前かな……人間に対する菌? それともじゃがいもにだけよくない菌? どっちにしろ今食べるのは危険すぎる……! レノアやロゼもいるからよけいにダメ!)
「リン、この袋、」
「え? ロゼ何か知ってるの?」
そっと声をかけてきたロゼリアに、りのは目を丸くした。
「先日、食料品店の店主たちと面会した時に買い上げたものでは?」
「?」
「あの、三人目の……」
はっ。
「ああ~~、あの失礼な! ちょびひげの!」
ちょびひげというキーワードにツボったのか、ロゼリアがむぐ、と咳を抑え込むような音をさせて口元をてのひらでおさえた。
「思いだした、あの時、大きな袋と小さな袋と、確かに一つずつ買ったわ……!」
お仕置きの一環として、エクルスの持ってきたものの中で買い叩くものを探したとき、食べ物らしきものはほとんどなかった。全部見るのも面倒で、もういっか、と適当に買ったのが、確かにこんな袋に入ったものだった。
ということは、一緒に買ったサフランもどこかにあるのでは、とパントリーの上の小棚を探してみると、目立たないところに小さな袋がちょんと置いてあった。
「すっかり忘れてたわ、レノア、気づいてくれてありがとう。無駄にしないですんでよかった」
はい、と嬉しそうに笑うレノアの頭をよしよしと撫でて、りのは小袋の中身をのぞいて見た。
真っ赤で糸のような細いものが、袋の中にちんまりとまとまっている。その独特の香気。
(ん~、懐かしいこの香り。間違いないと思うけど、念のため――『鑑定』)
【名称:サフラン】
【分類:薬草 サフラン花のめしべを乾燥させたもの】
【使用方法:料理、飲料、染料、化粧品】
【薬効:抗うつ、鎮静、女性特有の症状の緩和、血行改善、不眠、肌の抗酸化作用】
狙った通りの項目で「鑑定」の結果が出て、りのは満足した。しかも、偶然とはいえ、これも王妃様の役に立ちそうでほっとする。
サフランは、りのがホルモンバランスの乱れもろもろで体調を崩していた時、付き合いのあったスペインのタイル屋さんにもらって飲んでいたハーブだ。穏やかにゆっくりと症状が軽くなっていって、感激したのも懐かしい思い出だ。
(しっかし、肌の抗酸化作用って……化粧品、いや、化粧水とかオイルとかの方に使えるかもなぁ。でもサフランって、バカ高いよね?)
そんなことを考えながら、どういうものなのか図書館に行って調べてくるから、それまではパントリーにしまっておきましょうね、とレノアに伝え、二つの袋をパントリーにしまう。じゃがいも、じゃなくてポタ芋の方の袋にはこっそり「バリア」をかけて、周りの食料品から隔離しておく。うつる菌だったら大変だ。袋に入っているし、直接触れてはいないから大丈夫だとは思うが。
(今夜にでも浄化の魔法とか作っておこう。それにしても、ほんとにただの偶然だけど、じゃがいも見つかって嬉しいなあ。じゃがいももサフランも、ちゃんと調べて安全そうならがっつり使おう! ラッキー! ご縁をありがとう!)
ポテトサラダにポテトチップ、シェパーズパイ。今日作るブラウンシチューもじゃがいもは必須の食材だ。
食べたい料理が脳裏をずらずらと流れていく。
(まあ病気は気になるから調べなきゃだ。一応、「バリア」で隔離したから二次被害は大丈夫でしょ。時々「バリア」をかけなおすのを忘れないようにしよう。はーそれにしてもやっぱりじゃがいもあったのねー)
頭の中で、これからやることをリストアップしつつ、りのはレノアに笑いかけた。
「さあ、じゃあ夕食の支度をしよっか!」
「はい! リノアさま、まず何をすればいいですか?」
「まずブラウンシチューのルウからかな。レノアは野菜を炒めてくれる? 私はルウの小麦粉から炒めるから」
「わかりました! ぶらうんしちゅう、っと」
最近レシピを書き留め始めたレノアを微笑ましく見守りながら、りのはフライパンに油を敷き、夕食の支度に集中することにした。
どうぞよいお年をお迎えください。




