第357話 昼食と仮説
治癒を終えて、みんなは改めてダンジョンの方へ目を向けた。
「埋まってるな」
「埋まってますね」
「これ、地下十五階から一階まで、全部埋まってるんですかね?」
「リン、魔力感知してみてください」
「はい。――――うわあ……空間がほとんどないです……」
詳細なマップをイメージしなければ地下も百メートルくらいまでは探れるようだった。
「完全な沈黙ですね」
「ラウ殿、ダンジョンを潰した時は通常どうなるのでしょうか」
「いろいろですね。空間だけが残るところもあれば、これみたいに完全に埋まったり崩れたり。ただ邪魔ダンジョンの場合は、空間だけが残ることがほとんどです」
「今回はかなりの異常事態ってやつですね。いやあすごいなあ、おもしろいなあ!」
アダンが小さく、もうここにダンジョンができることはなさそうだな、と呟いた。
ラウもゼノンも頷く。
名うての冒険者のカンというやつなのだろうか。
(でも、私もそう思うかな。もうここに、あってはならないものはない)
トリスールダンジョンの、完全な沈黙。
潰すつもりで来たとはいえ、本当につぶれるとなるとなかなかに衝撃が大きいなあとりのは思った。
いや、潰したことだけではなく、このダンジョンで見たものや知ったもの、抱えた謎が大きいのだ。
(あー……今は頭が働かないな。キャパオーバー。わりと久しぶりだこれ)
修行中はけっこうあった。
覚えなければならない知識や目に焼き付けた美術工芸品、絵、そんなものが頭からも記憶からも、心からも溢れそうになる時。
うん、切り替え! 切り替えよう!
「ラウさん、提案があります!」
はいっと手を上げると、ダンジョンの入り口の方を眺めていた皆がこちらを振り返った。
どうしました、リン、というリーダーの声に、りのは大声で。
「お昼ごはんにしましょう!」
ランチは、ハンバーガーだった。
肉々しいパティではなく、ふっくら柔らかなハンバーグをはさむので、ハンバーグサンドというほうがいいかもしれない。
夕べ、売らずに食べる分として預かったお肉を、下ごしらえついでにひき肉にして丸めておいたのだ。
いろいろなお肉を、割合を変えてあいびきにして、癖の強い肉は強めにスパイスを入れて。
つなぎはみじん切りの玉ねぎと、からからにして「粉砕」したパン粉を少し。
ゼノンが氷魔術で冷やし続けてくれたので作りやすかった。
それを、ラウが土魔術で作ってくれたかまどにかけたフライパンで焼いた。
残ったパンに、残った野菜と合わせてハンバーグを挟み、残りのソースを自由にかけてもらうようにして。
「んー、簡単スープもいい感じ」
きれいに空いたシチューが入っていた鍋に、魔術で出した水とくず野菜、お肉の端っこを放り込んで煮たものだ。
それを一度濾して、ベーコンを入れてコクと風味を足す。煮た時間が短かったのであっさりしていたからだ。
そこに昨日コッコヘンのドロップである大きな卵を流しいれ、ふわふわのとき玉子とベーコンのスープの完成だ。
「できたよー。運んでー」
声をかけると、ゼノンとロゼリアがぱっと来てくれた。
「リン、大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。大分落ち着いたかな。料理して手を動かしてると、頭が休まるんだよね」
「それならばよかったです」
あっという間に昼食がテーブルに並び、カップにはスープが配られた。
「リン、昼食をありがとう。ではみな、リンに感謝して頂きましょう」
「めしあがれー」
「リノア様、気の抜けるかけ声やめてくださいー」
「ええー」
笑いが起きた。
ハンバーグは、適当に作った割にはおいしかった。
臭みとりのぺリアノに、贅沢に胡椒をたっぷり入れて、香りづけにロマニなんかもたっぷり入れて風味をつけたからかもしれない。
単純に肉の質が良かったのもあったのだろう。
かじりつくと、ふわっと肉汁が溢れて、あいびきらしい豊かな肉の味わいがおいしかった。
料理をすること、食べること、飲むこと。
それは生活の基本で、だからこそ心と体をフラットに戻すためのりののルーティンにしているものだ。
皆の顔が、一口ごとに少しずつほころんでいくのを見ながら、りのもほっとしていた。
食事が終わって、りのは紅茶を入れた。
香りが強く、ほんの少しスモーキーなニュアンスのある大人っぽい紅茶。
考え事や会議の時にりのが良く飲んでいるミュケディ領ラフォンのお茶だ。
お茶を飲みながら、自然と先ほどダンジョンを止めた時の話になった。
「あの『混沌の水』が、ダンジョン核のおおもとになってるという仮説。これは、トリスールダンジョンについてはおそらく正しいでしょうねえ」
「そうだな。敵意、殺意を吸って魔獣を生んだ。大事なのは魔獣を生んだ、というところだ。あれはこの世に魔獣を生むものだというところは間違いない」
「問題は、すべてのダンジョンにあの『混沌の水』があるのかどうか。あるいは、他にも『混沌の水』によって生まれたダンジョンがあるのかどうかですね」
「それについては、他の邪魔ダンジョンを潰しながら確認するしかないだろうな」
「アダン、この件は陛下に直接奏上します」
「わかった。こちらでも整えておく」
混沌の水。
渡り、流れ、吸い、生み、還す。
異世界から渡ってきて、負の感情を吸って魔獣を生む、というところは、たぶん間違っていない。
となれば、問題は「流れ」と「還す」だ。
りのが、そして聖女ルコルが「きれいにする」ものとして作った魔術が、「混沌の水」を「還す」のだとしたら、ダンジョンの完全な閉鎖にはきれいにする魔術が必須ということになる。
(英子さんもダンジョンを潰しに行ってた……消したのかな? 英子さんは「浄化」のおおもとになった魔術が使えてたわけだから、潰せたはずだ。そこから「浄化」の魔術陣ができたわけだし)
そもそも「クリーン」は、使えるのがりのとカノンだけなのだ。
ブルーノに教えたこともあるが、うまくいかなかった。
つまり、ダンジョンを潰すなら、聖女の力が必要ということになる。
何となくつながる気はする。
この世界に聖女がいるだけで魔獣がおさまるということは、聖女が持っている力――おそらく魔力が、ダンジョン核へ、もっといえば「混沌の水」へ影響を及ぼすということなのかもしれない。
聖女の力が、世界へ流れていく。
同じように異世界から渡ってきた「混沌の水」もまた、世界へ流れていくのかもしれない。
異世界から渡ってきた二つの力が、流れて、還す。
何をだろう。
よくわからない、とりのは天を仰いだ。
考えてもわからないことが多すぎる。
(それはともかく、「クリーン」をかけなくても、溢れそうになってるダンジョンの近くに行くだけで魔獣の発生がおさまる可能性は高い、か……)
そう思って、りのは渋い顔になった。
貴族からの要望という名の搾取が始まりそうな気配がぷんぷんする。
(対策しないとヤバいな……しばらくこの話は止まるか秘されるかすると思うけど、備えるに越したことはないでしょう)
「ラウさん」
「なんでしょう」
「あのダンジョン核の制御の魔術陣って、私、見せてもらうことってできますか」
あの魔術陣の改良ができれば、りの自身が、そしてカノンがダンジョンへ赴く必要はない。
そう思って聞いてみたのだが、ラウの新緑の目が弓のように引き絞られた。
笑っているようで笑っていない、どちらかと言うと少し怒っている顔だ。
「できるといえばできます。でも、すぐでなくてもいいでしょう」
「え」
りのが考える程度のことは、ラウも予想がついているだろうに、と首をかしげると、ラウが少し笑った。
「あなたがすべてを背負う必要はないということです。ダンジョンも簡単に閉じられては困りますからね。謎の追及はともかく、その問題の解決のためにあなたが苦労する必要はありません。要請があるまでどんと構えていなさい」
貴族どもも多少は困った方がいいのですよ、冒険者を馬鹿にしているような連中は特にね。
あざ笑うようにそう言うと、ラウは今度は柔らかく目を細めた。
「あなたは冒険者です。そうである以上、貴族どもの無茶な要請に応えることなどさせませんよ」
それはこの世界に来て初めて、あなたを守ると言われたように聞こえた。
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