第339話 エイリアン
色の濃い芝生みたい。
それが平原エリアを見たりのの最初の感想だった。
歩けないほど草が伸びているわけではなく、踏みしめられる程度の長さなのは、手入れをサボった芝生を彷彿とさせる。
(うっ、ぼうぼうの芝生の後始末に苦労したことが……! 黒歴史!)
草の合間には様々な色の花がちらほら咲いていて、何とものどかな風景。
その濃い芝生の真ん中に、きちんと地面が露出した一本道があって、そこを通ればボスフロアにいけるようだ。
「この土、固く踏みしめられてる……。道の舗装までカンペキなんて、至れり尽くせりですね……」
「だからこそ初心者向けのダンジョンなんだ」
「攻略難度の高いダンジョンだと、そもそも道がなかったり迷路になっていたりするところも多いです!」
「そういう時は、そのダンジョンの拠点となる冒険者ギルドにたいていは地図がありますので、それを確認しましょうね」
「はあい」
「リン、ギルドによっては攻略の記録を収集していることがあります。それを合わせて見ておくと結構役に立つんですよ」
「へー!」
先生がいっぱいでとても楽しい。
ふむふむと頷きながら聞いていると、「サーチ」に反応があった。
「前方五十メートル中央に一」
「ああ、スライム以外の魔獣は初めてですね。リン、倒してみなさい」
「了解ですー」
「ならこのまま進むぞ」
道の中央に居座っていたのは、もこもこの羊型の魔獣だった。
向こうの世界で見る羊とだいたい同じくらいの大きさに見える。
「リン、魔獣は接敵前に『鑑定』をかけると戦いの方針がたてやすくなります。できない場面も出てくるでしょうが、できるだけ癖づけておきなさい」
「はーい。『鑑定』」
【名称:プレーリーシープ】
【産地:トリスールダンジョン】
【体力:78】
【魔力:25】
【特徴:土魔術を使う、羊毛と羊肉をドロップする】
見えたものを読み上げると、全員が軽く頷いた。合っていたようだ。
「プレーリーシープのドロップ品はどちらも質が良くありません。毛はごわごわしていますし、肉は臭みがあります」
「ああ、マトンなんですね」
「まとん?」
「ええと、大人の羊の肉のことをそう言ってました。ちょっと臭みが強いんですよね」
向こうの世界でいうマトンはたっぷりのスパイスと料理すれば素晴らしくおいしくなるのだが、シンプルな調味料だとどうしても臭みが勝ってしまう。
(こっちの世界で安く使えるスパイスって何があったかなあ。それがないと超高級料理になっちゃう……って、魔獣の前だから集中!)
近くまで寄ると、プレーリーシープがぴくりと反応し、こちらに向き直った。
「じゃあリン、どうぞ」
「はあい」
りのは歩き出した。
前に進むにつれ、プレーリーシープの姿がよく見えるようになっていく。
「……!!」
思わず足が止まった。
なんだろう、あれ。
りのは、羊が大好きだ。
はじめは、愛する毛織物の材料を生み出してくれる生き物という認識だったのだが、一度牧場に行って生の羊を見て、羊という生き物自体が大好きになった。
犬も猫も、馬もかわいい。でも羊だってとってもかわいい。
あの瞳孔が横になっている目は何とも言えず愛嬌があるし、もこもこだし、もこもこからちょんと突き出た細い足もかわいい。
羊をモチーフにした絵画や工芸品、雑貨があればついほしくなってしまう。
けれど、今、りのの目の前にいるのは、羊と名のついた別の何かだった。
かわいいどころではない、醜悪な表情。意外と感情豊かな羊さんに比べ、何を考えているかわからない。
いや、わかろうとすることに、本能的な拒否感があった。
異物感。異質感。
強烈な違和感。
この世界の生き物ではない、エイリアンを見ているかのような。
(この感じ、あれと一緒だ)
紫の目のドラゴンが倒れ伏していた、あの黒い湖のようなマグマだまりのような何か。あれも場違い感というか、異質感がすごかった。
いや、嫌悪感を感じる分、あれよりも、その後に見た赤い目がたくさん浮いていた黒いマグマだまりの方が近い。
異質で違和感があって、気持ち悪い。本能的な拒否感と嫌悪感がりのの全身を走り回っている。
(――ああなるほど、これは、ここにいてはいけないものなんだ)
プレーリーシープは、真っ赤な目をぎらぎらさせて口をばっかりあけた。
赤黒い口内からはよだれのようなものが滴っていて、それもまた気持ち悪い。
ダン、とプレーリーシープが前足を叩きつけると、そこからいくつかの土の塊がりのの方に飛んできたが、「バリア」にはね返されて、勢いを増して戻っていく。
自分の出した土塊に攻撃されてゲエゲエとだみ声の悲鳴をあげるプレーリーシープに、りのは人差し指をつきつけ、小さく「スタンガン」と唱えた。
麻痺させるために作った「スタン」の出力をあげて、その心臓も魔石も、壊せるように。
りのの手元から白金色の細い直線がまっすぐにプレーリーシープに向かって走って。
「ゲエエエエエ!」
プレーリーシープは断末魔の声を上げて、あっさりと息絶えた。
ゆっくり、そちらへ歩み寄る。
うっすらと焦げたような臭いがする。赤い目を見開いたまま死んでいるその、プレーリーシープという名の何かは、動かなくなってもなお、異物感が消えない。
(殺せるかなって思ってたけど、違うな。殺す殺さないの問題じゃなくて、魔獣って、ここにいちゃいけない何かって感じ。減らさなきゃ、って思う)
この感覚は、この世界の人も持っているものなのだろうか。
それとも、異世界人であるりのだから感じているものなのだろうか。カノンも感じただろうか。
じっと見つめるりのの前で、プレーリーシープは金色の光に還っていく。
(なんだろうな、この世界から離れられてよかったねって思っちゃったな)
金色の光がさらりと風に散った後には、両手にのるくらいのマトン肉のかたまりが落ちていた。
そこでやっと、全身を這いまわっていた異物感が止み、ほっと全身から力を抜く。
「――リン」
後ろから、やわらかなロゼリアの声がした。
いつのまにかすぐ後ろに来ていた彼女の目には、濃い不安が揺れている。
ああ心配させちゃったかな、と思った。
命を奪うことに慣れていないと申告していたから、気にかけてくれたのだろう。心配してくれたのだろう。
(ありがとロゼ、でもごめん、殺せるわ、私)
だって、これは、異質で気持ちの悪い、生き物じゃない何かだから。
りのはくるっと振り返って。
「ロゼ、すごい、お肉が解体されてでてきた! しかもスライム紙に包んである!!」
ロゼリアの、そしてその向こうのメンバーたちのかすかな安堵が感じられて、りのは申し訳ない気持ちになりながらも、マトンを持ってロゼリアにかけよる。
「なんで? なんでこんな形で出てくるの?」
「ふふ、不思議ですよね。まだ解明されてないんですけど」
「まあ便利だもんね、理由なんてどうでもよくなっちゃうよね。あの羊、『土球』使ってきたよ。『鑑定』通りでびっくりした!」
「リンの『バリア』は、はね返せるのがすごいです」
「そういう材質を想像してるからね!」
胸を張って威張ってみた。
「リノア様、あの魔術は何ですか!? 『スタン』と似てましたけど、麻痺じゃなくて焼き切っちゃいましたよね!?」
「ええと、『スタン』の上位魔術、みたいな……? 『スタンガン』って名付けました」
「雷の魔術に似ていたな」
「うん、それを頭に置いて使った。雷が束になってまっすぐに飛んでいく感じだね」
ふうむ、と考えだすアダン。アダンも雷使いだから、もしかしたらうまく使ってくれるかもしれない。
あんな気持ちの悪いものに殺されてほしくはないので、ぜひ活用してほしい。
(それにしても、)
りのは手にしたマトン肉をもにもにとしながら、しみじみ思った。
(あれだけ生きてる時は気持ち悪いって思ったのに、素材とかになれば嫌悪感ないって、どういうことなんだろうねえ)
肉になってしまえば、どうやって食べようかとしか思わない。
気持ち悪くないし、普通においしそうだと思える。
(私の食い意地がはりすぎてるからかなあ……)
その思いつきは、あまり嬉しくはないけれど説得力があって、りのはがっくりした。
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