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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第329話 ターニングポイント


 片頭痛が起こった日、第三騎士団への護衛で出てきてくれたロゼリアと、お礼を伝えに行った第三騎士団で会ったアダンには初見で体調不良がバレた。

 ロゼリアには、聖女の屋敷から王宮へ戻りましょうと言われ、アダンには帰って寝てろと言われ。

 りのは苦笑して、アダンにお礼を伝え、少しだけこれからの打ち合わせをし、王宮の自室へ戻った。

 そこで、メリルたちも含めて王宮へ戻ることについての打ち合わせを少しして、聖女の屋敷へ。

 ロゼリアは最後まで、王宮で休みましょうと言っていたが、寝てるだけだからと説得して、許してもらった。



 その夜、案の定、りのは発熱した。

 人酔い→片頭痛→発熱というのがお決まりのパターンなので、屋敷に戻ってから一通りの準備をして、発熱に備えた。こうなることがわかっていたから、王宮にはいたくなかったのである。


「ふはははははー……慣れてればこんなもんよー……」


 しかし魔法が使えると便利だなー……寝たままでも氷を出せるから冷やし放題だし、お風呂入らなくてもすっきりするしー……。

 作っといた雑炊もすぐにあっためられるし、シーツもきれいにできるしー……。


 熱に浮かされながら悦に入り、夜中にようやっと熱が下がり始めて眠りについた。


 翌日、体の怠さはあったが熱も頭痛もひいていたので、「リカバリー」で今度こそ体力の回復を促しつつ、ゆっくりと過ごす。


(やっぱり体調が悪い時に考え事はよくないわ)


 大浴場につかってお湯を跳ね上げながら、りのは透明なガラスの向こうを眺めた。お昼の明るい光に、アトラロの街がくっきりと見える。


(こっちはマートイア地区、あっちがアイゼニル街かなあ)


 山の上半分をぶった切って……本当かどうかはわからないけれど……作った街なのに、アトラロはとても、とても広い。


(それにしても、エーファ王太后側、貴族派の側にとりこまれなくてよかったな、私。まああいつらこっちを馬鹿にしくさってたから、なびく可能性は低かっただろうけど、ヘタに接触しなかったのもよかった。ナイス判断でした)


 ウェルゲアの政治は、ちょうど過渡期だったのだ。

 貴族主義と一部の貴族以外からの搾取で成り立っていた、ルトガー王……いや、エーファ王妃を傀儡とする政治から、民の側に立ち、横暴を許さないフィンレー王とアラチェリア王妃の政治へ。

 S極からN極にびよんと振り切れたようなものだ。

 けれど、いきなり状況が変わるわけではない。

 まず即位し、王としての存在を取り戻すのが一苦労だっただろう。

 そこからエーファ王太后を隔離するのも大仕事だっただろう。

 そして今、王城内の貴族派、王太后派の排除を進めているところ……。


 今さらだけど、権力闘争のど真ん中に放り込まれてるよね!!


 とぷん、とお湯に潜る。

 息が続くまで潜って、ぷはっと顔を出した。


(王城がそのレベルだから、市民のひとたちが変化を感じるのはもっと後だろうなあ)


 ララの警戒も猜疑も、そう考えれば理解できる。当然のことだ。

 でも、ゆっくりと状況は変わっていくだろうし、ララ自身もそれを感じているのだろう。だからアウロラ……「夜明け」と名付けたのだ、きっと。

 もともと職人が多かったのに、政治の問題で職人がいなくなって商人が多くなったヘウ街も、もしかしたら、昔みたいに職人が戻ってくるのかもしれない。

 そうなったら、職人の街であるラハラン街といい感じでぶつかりあって、ぐいんとレベルが上がったりしないかなあ。

 ガラスとか木工とか、何か情報を渡してみようか。


「というか、多分求められてるのはそこなんだろうなって気はするよね」


 外国からの圧力に応えざるを得なくて聖女召喚をした、とヤン先生は言っていた。

 それももちろんあるだろうが、加えて、聖女の知識がほしかったこともあるような気がする。政治は変わりにくくても、生活に直結する知識であれば民に広がるのは早いだろう。


(レバーペースト、すっごい勢いだもんなあ……)


 りのはジュディから時々手紙をもらっていて、レバーペーストの作り方はジュディ先生にお任せするから、適度に寄付金搾り取っちゃってね! と返事をしたら、任せな! と返ってきて大笑いした。

 ノルロード領のレトーダンジョン、通称肉ダンジョンのスタンピードを抑える勢いで魔獣が駆られている理由が、レバーペーストとベーコンらしいが、きっとそういうことを期待されているのだろう。


(そういう技術や情報を安易に出さないって方向は守るつもりだけど、混乱が広がらないようにしながら、もう少し幅広く出してみるのもいいかなあ。それが王家の力を増すことに繋がるなら、自然、私やカノンちゃんの安全度が上がるし)


 今まではおそるおそる、ひとつひとつを確かめながら出していたが、情報を出すルートができて、信用できる人たちが実務にあたってくれるので、以前よりは安心して渡せるようになったし。


(ベースは、この世界にあるもの。科学知識を抜きにしても理解しやすいもの。チャレンジすればこっちのひとたちだけでやれるもの。そして私がほしいもの!)


 蒸留の技術があることがわかったので、お酒に香油なんかも作れる。

 コイルスプリングがあるんだから、ソファだけじゃなくて馬車にも転用させてもらおう。


「それに、個人的にはセティロード、そしてやっぱりガズメンディは何とかしなきゃだよね」


 セティロード領は、ブルーノの家がおさめている領だ。

 セティロードの名を言うと、みんなが一様に静かな顔をするので、気になってロゼリアに聞いてみたのである。


 セティロード領は、この国で最初に魔獣が爆発的に増えた領なのだそうだ。

 先代の侯爵夫妻、つまりブルーノの祖父母と叔父二人がその時のスタンピードで亡くなったのだという。

 後方支援についていて一人生き残ったブルーノの父は、齢十五にして家督を継ぎ、そこからひたすら魔獣退治に明け暮れているのだそうだ。

 妻をめとり、二人の男児を設けたが、その三人とも、魔獣との戦いで光に還った。

 そして、二人目の妻として迎えられたのがブルーノの母。

 ブルーノの上にひとり兄がいたそうだが、三年前にその兄もダンジョン攻略の途中で亡くなったという。

 

 四男であるブルーノが嫡男になった。

 それはつまり、上の三人が、三人のブルーノの兄が殉死したということに他ならない。


 ブルーノはいい子だ。りのの無茶ぶりにも答えてくれて、可愛い後輩のように思っている。


(助けたいって思うんだよねえ)


 以前なら、自分が魔獣と戦う現場に行くなんて絶対嫌だった。だって怖いし、死ぬかもしれないし、周囲は助けてくれないだろうと思っていた。

 でも、今はそうじゃないとわかるので。


(どうせダンジョンに行くなら、できることを増やしたいよね。かわいい後輩は助けたいし、おいしいドロップ品もほしい)


 ガズメンディもそう。

 むりやり連れて行こうとしたことには怒ったけれど、ダルクスと違って、それ以降の接触は特にはない。ちゃんと王家の言いつけを守ってはいる。テオドールに対する扱いにも怒っているけれど、事情は知った。


(ガズメンディ領の経営がある程度まともになれば、テオ君は解放されるし、ガズメンディを王家側に取り込むことはおそらく可能。派閥も大きいし、敵にまわすのは怖いけど、味方になれば強いかもしれない。それに何より、)


「そろそろじゃがいも食べたいんですよねえええ! ディアスのおばあちゃんはじゃがいも知ってるって言ってたけど、お年寄りしか見たことない、他の地方では作ってないって言ってたから、やっぱりガズメンディの派閥で作ってもらわないと食べられなさそうなんですよねえええ!」


 セティロードにしろガズメンディにしろ、いろいろ状況が変わった今なら、できることは増える。

 知識と情報と魔法をぶん回すことで、安全を確保するフェーズに入ったのかもしれない。


(それに、人を殺すのが嫌だって思うなら、殺さずにすむように頑張るしかない。殺す覚悟をするより、殺すことに慣れるより、そっちの方がずっと私らしいもん。臆病者がそんなのに慣れるとかぜったい無理無理無理)



 魔獣はよくわからないけれど、人の命を奪うのは、やっぱり怖い。

 自分の根本が変わってしまいそうな気がする。

 向こうに帰った時、向こうの世界に馴染めなくなるのは心から嫌だ。

 だったらそうならないようにしていこう。

 第三騎士団で作った魔法は、息の根を止める魔法じゃなかった。麻痺も石化も、「バリア」だって、基本は動きを阻害し確保するためのもの。

 ならば、そっちの研鑽に励もう。



「うん、そろそろ少し、広げてみなきゃだな。――――まあ、人酔いしない程度で」



ちゃぽんと音をたてて、りのはお風呂から立ち上がった。





今日はここまで。お読みくださりありがとうございます。

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