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インドア聖女は早くおうちに帰りたい  作者: 和原茉白


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第324話 夜が明けない1


「ねえノヴァリス、本当に大丈夫かい? もうちょっといい服を着てった方が、ほら、この間あげた深緑のシャツとかさ」

「やーだーっつったろララ、あれは俺の気に入りなんだぞ? 王城に行くのに着てったら、なんか嫌な感じじゃねえか」


 ヘウ街の城壁のすぐ横、小さな家と作業場を兼ねた建物の前で、ララは夫の見送りをしていた。



 ララの夫、ノヴァリスは、腕利きのシルバーランクの冒険者だ。


 二人はラギスロード領の領都リュエレンの近く、ズワト山脈から生まれるベサス河のふもとの小さな町で共に育った。

 幼なじみというほど互いの家は近くなかったが、二人の住んでいたヤフェマの町は小さくて、住んでいる人間も大体知り合いだ。

 ララは幼いころからきれいなものが好きだった。特にきれいな布が大好きで、糸を染めたり織ったりする職人の道へ進んだ。

 ノヴァリスは幼いころから剣術と魔術が好きで、田舎の腕っぷしのある子がたいていそうであるように、冒険者となった。

 ひょんなことで二人は心の距離を縮め、結婚した。


 その頃、ラギスロード領の冒険者ギルドは、ラギスロード侯爵家の意向に従うまま、冒険者たちを昼も夜もなくダンジョンへ送り込んでおり、環境も雰囲気も悪くなっていた。

 ノヴァリスは、ララを連れてアトラロへ出ることを決め、ララはアトラロの染めもの工房へ働きに出て暮らしていた。


「ったく、ダンジョンの深層に落ちるは、たまたま採ってきたもので城に呼び出されるは、ろくなことがねえなあ」

「何言ってんの、あたしは嬉しかったよ、あの糸」

「あれは全部ララにやろうと思って持って帰ってきたのに、よりにもよって城に告げ口しやがってあの禿げ親父! ちょっとしかララに残らなかったじゃねえか! ララ、あんな親父のとこは辞めて正解だぜ!」

「まあ……あちこち触ってくる助平親父だから、あたしもせいせいしたよ」


 途端に剣呑な顔になって、あの指切り飛ばすかとぶっそうなことをいう夫の頬を、ララはそっと撫でてなだめた。


「早く帰って来てね、ヴァル、今夜は特別にワインも出すからさ。あんたの初登城記念に」

「めでたくはねえが、まあゴールドに上がれば城に呼ばれることも増えるかもな。ソロだってんで、ラウさんにも重宝がられてるし」

「そうそう、だから頑張ってきて」

「わかった……」


 ノヴァリスは、平民にしてはちょっとびっくりするくらい顔がきれいな男だ。

 もっとも、本人は全く意識していないし、何ならこのツラのせいで余計な騒動に巻き込まれるから嫌いだと思っているフシもある。

 だが、ララはこの男のきれいな顔が好きだった。きれいなものが大好きなララの中でもいっとうきれいで、そのうえノヴァリスは優しい。ララと同じ方向を向いて考えてくれるし、一緒に居ると楽しい。そして、ララのことを深く信じて、愛してくれている。


 愛している。


 ガラにもなく本人にそう伝えられるくらいには、ララはこの男に惚れていた。


「じゃあ行ってくるわララ、愛してるぜ」

「行ってらっしゃいヴァル、あたしも愛してるよ」


 今日ノヴァリスは、目立ちたくないからと、冒険者ギルドで買った麻の生成りのシャツと黒のジャケット、黒のトラウザーズを着ていった。

 それだけが不満で、けれどそれも染め織りの職人である自分を目立たせないようにするためだとわかっているので、ララもそれ以上は言えなかった。今、染め織りの職人は連れていかれることが多くなっていたから。


 ヴァルには、緑か青が似合うんだよねえ。青緑を極めてみようかな。


 ララは光にきらきら輝く夫の少し白っぽいブロンドを眺めながらそんなことを思っていた。






 その日の夕方近く、少し遅めの午後のお茶を飲んでいると、突然家のドアが激しく叩かれた。


「なんだっての、ドアが壊れちゃうじゃない!」


 ぷりぷり怒りながらドアを開けて、ララは言葉を失った。

 背が高く、見事なプラチナブロンドの髪と翡翠の目をもつ美丈夫の顔が飛び込んできたからだ。しかも、その肩には、


「ヴァル!?」


 ララの夫が、後ろ手に縛られて、さるぐつわまで噛まされた状態で担がれていた。

 だらだらとさるぐつわの布が吸いきれなかったよだれが地面まで滴っている。


「な、なに、が、」

「そなたがノヴァリスの妻か!?」

「は、はい! そうです! ヴァル、ヴァルはどうしたんですか!?」


 どう見ても貴族らしいいでたちと整った顔立ち。

 けれどララには異常な状態で帰ってきた夫の方が大事だった。


「――王宮で、毒にあたった」

「毒!? どうして!?」


 ぐっと美丈夫が唇をかみしめた時、後ろから騎士が兄貴! と叫びながら馬から飛び降りていた。


「コンラッド」

「何とか解毒ポーションを手に入れてきた! 証拠は残してねえから心配すんな!」

「わかった。お前はすぐ城に戻って情報を集めてくれ」

「りょーかい。――兄貴、これは俺のカンだが、そろそろ城を出たほうがいいと思うぜ」


 アドレアンに透き通った紫色のポーション瓶を手渡し、じゃあな! と、美丈夫と同じ髪と目の色をした騎士は、馬に飛び乗って駆けていく。

 それを、ララは呆然と見ていた。


「奥方、中に運んでもいいか」

「お、お願いします……!」


 寝室と居間、それにララの仕事部屋だけの小さな家だが、寝室までの距離が異様に遠く感じて、ララはそこで自分の足が震えていることに気が付いた。


 情けない、愛する夫の危機だというのに!


 ララは、ばちんと自分の両頬を手のひらで挟むようにはたいた。

 ばちん、ばちんと鋭い音が何度も部屋に響き、美丈夫が夫を担いだまま、こちらを目を丸くして見ている。


「すみません、こっちです!」


 気合を入れて、震える足を叱咤して、ララは寝室のドアを大きく開ける。

 部屋の中に入って、上掛けを引きはがし、二つあった枕の一つを放り投げた。

 美丈夫が夫をそこに寝かせてくれて、ララは急いでその手の拘束を外そうとした。


「待て奥方、外してはならん!」

「なぜ!」


 夫が転がるように身もだえ、暴れている。手首に食い込んだ縄から赤い血が滴っていた。

 手当すら許されないのかと美丈夫を睨みつけると、


「ノヴァリスは今、正気を失う毒を飲まされておる! はずせばそなたに何をするかわからぬ!」

「は……? 正気を失う毒……?」


 ぐっと唇をかみしめて、男は媚薬だ、と呟いた。

 媚薬。

 ――――なぜ? 夫は糸の献上に行っただけなのに。


「効くかはわからぬが、解毒ポーションを飲ませよう」

「夫に何があったんですか……?」


 口早な説明を遮って、ララは呆然とつぶやいた。


「――――詳しいことは何もわかっておらぬが、王城の部屋で倒れておった。おそらく何者かに媚薬を含まされたのだろう。ああ案ずるな、ノヴァリスは王城の女官たちに手を出してはおらん。縛ってくれと言ったのはノヴァリス自身だ。ノヴァリスが被害者であって、何らかの責を問われることはない。俺が保障する」

「あなた様は、」

「ああ、俺はアドレアン・ティレルという。ノヴァリスとはダンジョン攻略で何度か一緒になったことがあってな」

「第一、騎士団長、様……」


 アドレアンは手早くノヴァリスのさるぐつわを外し、大声でわめきだす口をがっとわし掴んだ。

 そこへ、ポーション瓶を傾けて中身をすべて流し込み、ぐっと顎を無理やり閉じさせる。


「飲みこめ、ノヴァリス! 奥方を置いていくつもりか!」

「ヴァル! 飲んで!」


 ノヴァリスの目が正気と狂気を行き来しているのが見てとれた。

 なんとか、吐き出すことなく飲みこみ、全身が淡い紫色に光る。

 しかし、夫は多少弱くなったとはいえ、まだ暴れ続けていた。

 強い媚薬は強烈な毒。そのくらいのことはララでも知っている。


「ヴァル、ヴァル……! こ、このひとはどうなっちまうんですか!?」

「奥方、」

「おねがい、なんでもします、うちの人を助けてください、うちの人は何も悪いことなんてしてない、するはずがないのに! なんで毒を!? 媚薬なんて、どうして! 誰が!?」


 半狂乱で叫ぶ。

 だって、今夜は二人でワインを飲もうって、約束したのに。

 夫に似合うような青緑の布を染め始めたところなのに。


「――――媚薬の類は、欲を吐き出せばおさまる、こともある。ノヴァリスは大量に飲まされておるため、助かるかはわからぬが」

「よくを、はきだす、」

「奥方、自分を犠牲にすることは考えてはならぬぞ」


 もう、アドレアンの言葉はララの耳には入っていなかった。


 このひとはあたしが助けるのだと、それだけを固く思っていた。



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