10.五人対イヌイ一人
三回戦開始。
乾は、1,2回戦通して、まだヒット一本も打たれていません。
しかし、ちゃんとした対策さえ立てれば、勝てるはず。
はずなん、です、よね?
地方大会の予選とはいえ、二試合完封、しかも完全試合というのは対戦校にとってかなりのプレッシャーである。
事前に判っていれば、それなりの対策もとれたのであるが、誰もそんな名前も聞いたことのないような高校が勝ち上がってくるとは思っていない。
それでも、偵察のビデオを研究してなんとか取り組むしか勝利への道はないのである。
三回戦の相手校野球部は、とにかく投げ合いに活路を見いだそうと試みた。
相手の打線は、お世辞にも巧いとはいえないのだから、とにかくホームランさえ防げば良いのである。
そして、これまで全得点を叩き出している四番キャッチャーには、特に注意して投げること。
特に、終盤戦になって目が慣れてきた頃が危険であるというデータを導き出した。
残り少ない日程の中で、肩の良い選手を急遽ピッチング練習のみをさせた。
試合当日、本職のピッチャーの二人に加え、三人の急造ピッチャーを仕上げて望んだのである。
「考えたよな。五人対イヌイ一人で投げあいを挑むのか」
「うちも、さっさとリリーフすりゃ良かったんだよ」
「それは言わない約束だろうが」
キャプテンがそう叱って、能口をかばってくれた。
彼なりに、四番にいながらヒット一本打てなかった事を悔いているらしい。
とはいえ、三回戦を見に来た南洋第一ナインは、自分たちが最初にイヌイに当たってしまったことに、運不運の定めを感じていた。
いくらアウトを取っても、点を取れなければ勝てない。
海浜のピッチャーに代えはいないだろうから、こういう持久戦になると勝ち目は無いだろう。
そんな作戦など知らないかのように、海浜高校は全校を挙げて応援に駆けつけてきた。
学校側にしても、どうせ一回戦であっという間に散るだろうと予想していたのが、スイスイと勝ち上がってきたのである。
ようやく重い腰を上げたのだろう。
といっても、まだユニフォームは買えて貰えないようだ。
応援団らしい組織も出来ていないようで、口々に勝手な応援を繰り広げている。
それでも、海浜ナインは奮い立っており、応援席に向かって盛んに頭を下げている。
感極まったらしく、イヌイが泣きだしていて、周りのナインがしきりに慰めていた。
「どうしてあんな奴に負けたんだろうな…」
誰かが呟いたのを聞いて、みんな頷いていた。
能口も、そのけじめをつけたくて、イヌイを見に来ているようなものだった。
初見はアレはないよ。せめて3回戦位に当たれば、なあ。
今年の夏はツイテいるんじゃなかったのかよぉ。




