抜け殻のぬいぐるみ
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それにしても……。私はうさぎのぬいぐるみを抱きしめた。このクッタリさ、ふわふわさ、全てが極上の触り心地。
うさぎのぬいぐるみが、リリーさんから戻ってきた。リリーさんは相変わらず綺麗だったけれど、私にとっては凛々しいリリードさんと重なって見えてしまい困惑する。
「ふふっ。どうしたの可愛いアイリス」
にっこりと笑ったリリーさんが、私の手を取った瞬間、ひどく険しい表情になったフェリアス様に引き離された。
「あら、心の狭い男は嫌われるわ?」
「ぐっ」
フェリアス様にそんなふうに自由に言えるのは、リリーさんくらいだろう。二人の関係も気になるけれど……。
リリーさんが帰った後、抱きしめたぬいぐるみは、いつもみたいに元気いっぱいに飛び跳ねたりしない。
いつも癒されていた、クッタリした感触に物足りなさを感じる。
つまり、まーくんが帰ってこない。それが、私の最近の気がかりの上位だ。
「また、マーリンのことを考えているの?」
「フェリアス様」
「少し嫉妬するな……」
そんなことを言いながらも、余裕を感じるフェリアス様の言動が、普通だったことに驚く。
さっきのリリーさんの言葉が響いているのかもしれない。
「もっと嫌がるかと思いました」
普段なら確実に「もっと俺を見て」とか「アイリスを閉じ込めてしまいたい」みたいな言動が続くはずなのに。
「マーリンに関しては、ロイと同じようにアイリスにとっては弟みたいなものだろう」
「間違いないですね」
私は即答した。
ロイとまーくんは、両方とも私にとって可愛い弟だ。まーくんはきっと「俺は子どもじゃない!」と不機嫌になりそうだけど。
「……マーリンは、いなくなったりしていない。俺の中にいるのは、間違いない」
「……フェリアス様、まーくんはいつ帰ってくるのでしょうか」
「さあ、でもきっとマーリンのことだから、アイリスのピンチには戻ってくるだろう」
フェリアス様が、少しだけ唇の端を上げた。
「それに……マーリンが俺の中にいる限り徐々に俺たちの記憶は共有されるみたいだ」
「記憶の共有……ですか?」
――――それってまるで、異世界転移した時みたい?
それなら、フェリアス様はリーティアやデュランのことについても知ったのではないだろうか。
「マーリンがこの世界に来た理由も。――――ああ、これは秘密にしておきたいのか?」
「え、フェリアス様?」
なんだかその言葉って、まーくんと会話しているみたいじゃないですか?
「えっ、まさか、まーくんと話せるんですか?!」
「――――そんなに気になるの?そこまで言われると、やっぱりアイリスが俺のことしか考えられなくなるようにしたくなる」
「えっ?」
さっきはいいって言ったのに?
フェリアス様との距離が近くなる。
これはもうゼロ距離だ。
抱きしめたままの、うさぎのぬいぐるみだけが、私たちの間に挟まれる。
やっぱり、フェリアス様の地雷がどこにあるのか分からずに、私は地雷を思いっきり踏み抜いてしまったみたいだ。
「ねえ、もっと俺だけを見て?」
フェリアス様の視線も言葉もどんどん重くて甘ったるくなる。
私は今日も、その甘さに囚われてしまった。
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