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第四章 二十九


「ハイドラ、約束してくれ。私に何があっても手出ししないと」


 密談をブブキに悟られないように視線は動かさずに、ハイドラにようやく聞こえる小声で作戦を告げる。同様にハイドラは私の背に手を置き、密談に答えた。


「約束はできません。あなたに手をあげる者を僕は許さない」


 思わず目頭が熱くなるような言葉。深く、ふかく、胸にしみる。

 我慢しきれずハイドラの目を見てしまうと、彼もまた遠慮せずに見つめ返した。

 しかし私の幸せの時間はそこまでだった。


「……っ⁉ 」


 無粋に鳴った空気の音は、右手に激痛を与え、同時に袖の繊維をちぎり飛ばす音速の鞭攻撃。


「(三間〈5.46m〉あってこの威力!小手がなかったら皮膚が裂けるじゃ済まない!)」


 熱傷と裂傷を同時に負ったような強烈な痛み、ろうや前で喰らった鞭とは別モノだ。


 不意打ちにためか、右手はしびれて力が入らない。


「オルヒアさんに手を出すな!」


 止める間も無く、ブブキへと突進しようとしたハイドラは、再びの空気を叩く音と共に床へと打ち倒される。左肩から背中にかけて、道着が裂け、鮮血が流れ出していた。


「ホホホ!勇ましいこと。もしかして師匠にいけない感情でも抱いちゃったかしら?」


 無駄口を叩きながらも、ブブキは一分の隙も見せない。それどころか立ち上がろうとするハイドラを打ちのめし、膝を立てる事さえ許さない。その間も私の脚へ、腕へと攻撃が飛んでくるため、目の前に倒れているハイドラに近寄ることさえ難しい。


 着々と崩壊へと歩む本殿の中に、乾いた空気が鳴る音と、血しぶきが飛び散る音がこだましている。その度に、心ごと引き裂かれるような痛みが胸を突き刺す。


「ハイドラあっ!」


 この身を呈してでもハイドラを助けるべきだ。その想いが身体を動かそうとした瞬間、意外な人物が現れた。


 ブブキとルルディのいる廊下の角、暗がりから四肢をついた低い姿勢で、墓から這い出る屍人の如きやせた男が、こちらの様子を伺っている。白い肌着からのぞく腕は枯れ木よりも細く、窪んだ眼窩からは怯えた目玉がせわしく動く。


 誰なんだ?……ブブキの言葉通りだとすると我々以外にここにいるのは、聖薬師ニエベだけだ。しかしあんな幽鬼のような存在感の薄い痩せた男が、遠く外国にまでその高名を轟かせる聖薬師だというのか。


 男は己の性癖に酔いしれるブブキの背後で、ゆっくりと剣を抜き狙いを定めた。


 理由は分からないが怪人を狙っている。 見た目は天地ほど違えど、私達二人にとっては救いの神かも知れない。一瞬でもいいからブブキの気を引いてくれれば勝機がみえてくる。


しかし神が振った運命のサイコロは、我々を味方してくれなかった。


崩壊が進む本殿の梁が突如として落下し、轟音とともに廊下の右半分と手すりを引きちぎりながら宙空へとなだれ落ちて行く。そのあまりの勢いに痩せた男が、ひゃあと情けない声を発した。


 反射的にブブキは後ろへと一撃を落として、男を打ち伏せる。


「あら?まだいたの。アナタにもう用は無いの。消えなさい」


 そう言うと容赦無く痩せた男に、鞭の雨を降らせ始める。


 私は血だらけのハイドラに飛びつき、とりあえず間合いの外へと引きずろうとした。が、そこで初めて、自分の身体の異変に気がついた。


 ハイドラの道着を掴む腕に力が入らない。自分の身体が鉄に変幻してしまったかのように重く重くつぶれて行く。汗が大量に流れ出し、身体が震え、ひとサジ分の呼吸さえ吸いきれない。



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