第四章 二十五
〈強者と弱者〉とか〈ヘビとカエル〉とか〈肉食と草食〉とかしか思い浮かばない。
彼女の目を見るに、そんな冗談半分な答えではないはずだ。〈師と弟子〉では納得できない感情、逆に言うと〈○と○〉の関係なら納得できるのか。
ぐぐ……わからない。深く考えれば考えるほど、何がどうなってこうなったのか、見当もつかない。
「わかるぞ!お前の苦悩はよく分かる!自分の中の常識を変えるのは、並大抵の事ではない。私も悩みに悩んだあげく、ようやく答えにたどり着いた。その原因はこの私にある」
オルヒアさんは、ちょっと後ろを向いて絶対に振り向くんじゃないぞと言って、その場で僕を振り向かせた。そして衣擦れの音がしたり、硬いものが落ちる音がしたりして、しばし時が経った。
「よし、いいぞ」
再び向き合う。
オルヒアさんに変わった所は見られない。服も髪型も、少し紅潮した顔も同じだ。
足元には、木の板らしきものが何枚か落ちている。さっきの音はこれだったのだろうけども、何に使ったのだろう。
「ブブキに対峙することを見越して、用意してもらった。コレを身体に巻いておけば鞭の威力も半減だろ?」
なるほど、ブブキ戦の余裕は、ちゃんと備えがあってのことだったのか。
「ん」
そして、改めて両腕を広げて、抱擁の要求をされる。さっきと違って再会の勢いがない分、恥ずかしさが先じてしてしまい、躊躇してしまう。
しかしオルヒアさんは、そんな僕にかまわず強引に身体を引き寄せた。
「あ……」
さっきの抱擁とは、全く全て全部が違っていた。
柔らかい!とにかくあったかくて、優しくて、やわらかった。
……
特に……胸が……
僕は以前に体験した〈あったかいつきたてのモチ〉の事を思い出して、顔が熱くなった。
「オ……オルヒアさんの言いたいコト……なんとなく分かりました。女の人…なんですよね」
「そうだ。私は"女"を武器にした剣を恥じていた。そのため極力その要素を排除しようと努め、お前にもそれを要求した。暗に宣言していたのだよ〈凱門オルヒアは女では無い〉と」
それについては思い当たるフシがたくさんあった。
オルヒアさんは、身体に触れられるのを嫌がっていたし剣の修行に男も女もないとも言っていた。僕はそんな簡単なことも分からず、彼女に飛びついてみたり、"大好きです"と言ったりしていた。後から思うと、なんて子供っぽくてあさはかな真似をしていたのだろうと、赤面せずにはいられない。
「それを踏まえたうえで、もう一度考えてみた結果」
そこでひと呼吸ーー……
僕達は抱き合ったままの姿勢で互いの熱を、心音を、息づかいを、自分のもの以上に感じていた。
—
—
……
「好きだ、ハイドラ」
!
!!
!!!
「……どっ、どうして僕なんでしょう?ボクは子供っぽいし、チビだし、弱いし、とてもオルヒアさんと釣り合いが取れると思いません」
「釣り合ってないと好きになってはダメか?」
あう……そんな目で見ないで下さい。
いつものきりりと締まった孤高の剣士といった印象は影をひそめ、潤みを増していく瞳と下げた眉尻が甘えるように僕を見つめ、軽い曲線を描くように結ばれた唇と紅色に膨らんだ頬でとどめを刺しに来る。その印象の落差たるや、翠塔山の山頂より高く、火口の底よりも深い。




