第四章 十七
目の前ではざあっざあっと不気味な音をたてて、黒い玉が左右移動を繰り返している。
わかっているさ。コイツらは黒く変色した"もり"の群体。斬りつけたところで瞬時に散開と集合をくり返し、我が刃が届くことはない。両手の剣で牽制し、動きを一定範囲に抑えてはいるが、果たしてどれほど効果があるのか予測がつかない。
理由は分からないが、コイツらは明らかにフラウラを狙っている。せめてフラウラが逃げることが出来ればまだ対処のしようがあるが、彼女は背後で倒れたままだ。
「フラウラっ!聞こえないのか⁉ 」
すっかり混乱した私はマヌケなことを口走っていた。
聞こえているはずはない。彼女は触れる事でしか会話ができないのだから。
目の前にいる"もり"が、そんなマヌケな私の行動を見逃すワケはなく、注意が背後へとそれた瞬間、黒い球体がから伸びた触手は私の腹に一撃を加え、なおも右腕に絡み付こうとする。
「ぐうっ⁉ 」
私はうめきながらも何とか左腕を動かし、右手に絡みつく触手を切断し、距離を取る。しかし、斬られた触手は何の損傷も無かったようにぶるんと震えると、再び襲いかかってきた。
素早い一撃をかわし、重い一撃を受け流し、反撃の糸口さえつかめないまま、じりじりと後退させられていく。このままでは圧力に負けて、いずれ押しきられてしまう。
何とかしなければという焦りから、不用意に放った剣を触手に絡み取られ、体勢を崩す。同時に黒い球体から吐き出された攻撃は胸部に直撃し、私はこらえきれず膝をついてしまう。
「ゲホッ!」
喉をさかのぼる熱い衝動は、派手な音をたてて地面にブチまけられ、赤い溜まりを作り出した。
「(これはマズい!下手をすれば……)」
冷たく暗い"死"という文字が脳裏に浮かび、全身から力を奪い取っていく。
立ち上がれ、剣を構えろという単純な命令さえ拒否され、膝も腕も恐怖に震えるだけの飾りと化していた。
黒い"もり"は、時折あざ笑うかのようにザワザワと小刻みに動き、間合いの外からこちらの様子を伺っている。
剣士を志した時から、いつかこういう日が来るだろうと覚悟はしていた。その時は、潔く散ってもいいと思っていた。
だが今となっては、心残りがある。
ハイドラ
せめてもう一度彼に会いたかった
彼と話をしたかった
彼に触れたかった…………




