第四章 十三
「想いが深まるほど……彼も同じ気持ちになって欲しくて……意味もなく不機嫌になったり、ケンカしたり……後はもう想いを相手に伝えるしか……方法はない……な」
「フラウラ知ってル。オルヒア、ハイドラとケンカしてた。コイ? 」
私は熱病患者のようにフラフラと立ち上がり、近くの大木を抱えるようにもたれかかった。
鏡を見ずとも顔が火を吹かんばかりに赤くなっていることがわかる。
「あ……そんな……今、いまになって気づくなんて……私はなんてバカなんだ……」
たった今は、すぐ横にハイドラがいないことにホッとしている。自分の恋心に気づいてしまったこの時、たぶん目の前にいたとしたら、顔を見るどころかまともに会話もできなかっただろう。
しかし同時に、彼の横に行けない事情や心情を思うと、そのほっとの百倍はため息が出る。
私は勝手に私の良人となる男は、人生の酸いも甘いも噛み分けた百戦練磨の大男で、中条螺子捲流の名に恥じぬ剛剣の持ち主がなるものだと思っていた。
そうするとハイドラは、私よりも二歳は若年だし、身の丈も二寸(6.06cm)は低く、成長は十分見込めるものの、剣術は未だ稚拙の域を出ない
彼には悪いが、完全に対象外の人物だった。
それに私は幼い頃から、色恋なんてのは普通の町娘のすることで、武士の娘が考えるべきは一族の繁栄こそ最優先であると言われて育てられてきている。
つまり私自身の愛とか恋とかって話は、最初から私の人生の予定の中に入っていなかったのだ。ウーヴァ言っていたが人生何があるか分からないな。
大木の根元にへなへなと座り込む私を見て、フラウラが心配そうに顔を覗き込む。
「オルヒア元気ナイ。ハイドラに報せるカ?」
「い、いや待て、待ってくれ。まだ心の整理がつかない」
昨日まで剣の師匠だ旅の仲間だという立場で、エラそうに接していた女がだ、急にお慕い申しておりましたとしおらしく言ってきたら、さぞかし戸惑うし気持ち悪いだろう。
この際私の自尊心や威厳などはどうでもいいが、ハイドラに拒絶される事だけは避けたい。
改めて、凱門オルヒアは夜街ハイドラに好かれるような女性だっただろうか?
…………ダメだ。どう考えてもぶきっちょな剣術バカとしか思えない。
会話の九割は剣に関する話題だったし、あとは料理は難しいだの洗濯は苦手だのという郷里でのドジ話とかだし、どこにも女らしい要素は含まれていない。
そもそも私は女性として見られていたかどうかも怪しい。
そう思うと悔しすぎて涙が溢れ、前が見えなくなってきた。




