第四章 十一
×月□日
近隣の村々で疫病が流行し始めた。迷宮の流布する毒がこんな所にまで影響するなんて、何としても止めなくてはならない。
○月□日
疫病の侵攻を止められない。母もルルディも不眠不休で霊薬を作り続けているが、全く追いつかない。道具も材料ももっとたくさん欲しいが、ここではこれが限界だ。
△月□日
今日もまた村が一つ死んだ。これで三つ目になる。私は"静かなる闇"について考え始めている。薬師として許されない事なのは分かっている。しかし、このまま大勢の命が散っていくのを見ていられない。自分の業にために行動すべきなのか、苦しむ人を楽にしてやるべきなのか、誰か私に正しい道を教えて欲しい。どうすればいい……どうすれば……
×月●日
密かに作り進めていた"没薬〈カスパー〉"を、ルルディが勝手に作っていた。この年で教えもなしに作り出すなんて"森の民"の血は確実にルルディ受け継がれている。しかし呪いのことを心配して、つい声を荒げてしまった。私だけならまだしも、ルルディにまで罪を背負わせるわけには行かない。
疫病の件はルルディから聞いていたが、少し内容が違うようだ。天才と称されたウーヴァも、薬師として母として苦しみ悩んでいたのか。
△月●日
ついに"没薬〈カスパー〉"を使う決意をした。もはや迷っている時間さえ惜しい。この罪は決して消えないが、必ずニエべの暴走を止めてみせる。それが死んで行った者たちへのせめてもの償いだ。
□月●日
私と、そしてルルディにも鬼装の症状が出はじめた。私はどうしても迷宮へ戻らなくてはならない。ルルディはきっとついて行くと言ってきかないだろう。頑固な所ばかり似てしまって困ったものだ。迷宮へは黙って行く事にした。
×月●日
迷宮の植物は、かなり多くの毒素を含んでいる。私はロジエと話し合い、"もり"で毒の浄化を試みる事にした。うまくいけば数年で迷宮の毒は浄化を出来るだろう。
○月●日
迷宮の毒は私の予想をはるかに超えていた。"もり"の中に黒く変色した個体出始め、ひどく攻撃的になっている。これは早急に解毒霊薬を作って対処しなくてはならない。
△月◎日
今までに成果を一冊にまとめ、薬事辞典を編纂しようと思う。昔の仲間も協力してくれる。これでルルディに知識を残す事ができる。解呪霊薬もあと一歩だ。生命力を回復させる方法を見つければルルディの呪いも解いてやれる。ルルディは元気だろうか……
×月◎日
死の薬"没薬〈カスパー〉"樹齢千年を越える樹々の生命力が凝縮された"乳香〈バルター〉" と生命力を他者に与える神秘の力"黄金〈メルキオ〉"を用いて呪いを解くことに成功した。私自身が実験台となりルドラに協力してもらった結果だ。これでやっとルルディ会える。
×月×日
今日、ニエベが鬼装の呪いにかかっている事がわかった。アイツは"没薬〈カスパー〉"を作って、死をばらまくつもりなんだ。あんな奴に解呪霊薬の調合法を教えてなるものか。
手記はここで終わっている。
ルルディによれば、この後ウーヴァはニエべによって殺されたと言っていた。
実の娘に愛していると言えないような不器用でひねくれ者だったみたいだが、そこはルルディそっくりだ。深い愛情と勇気を持った人だったのだな。
手記を閉じようとした時、最後の頁から、折りたたまれた紙が二、三枚滑り落ちた。拾い上げるとそれは、昔の手紙だった。
「コレは何?」
「これは……ウーヴァとルドラの間で交わされた恋文だな」




