第二章 二十一
「別に貴女を待っていたワケじゃ無いわ。アタシはアタシの愛するハイドラちゃんに会いに来ただけよ。邪魔しないで頂戴」
怪人、闇蜘蛛ブブキは空船の着岸している桟橋に椅子を置き、優雅に茶などをすすりながら、くるりと長い脚を組み替えた。
「待っていたわよ、愛しいハイドラちゃん。"森の人"の事を聞きまわっている収穫者一行の情報があったから、きっとあなただと思っていたわ」
ハッキリ言って不気味以外のなにものでも無い笑顔で両手を広げ愛を語る。
「僕はお前に会いに来たんじゃないぞ! 気持ち悪い事を言うな!」
ハイドラの鋭い抗議の声に、怪人ブブキは面喰らったように動きを止め、やがて口端から手足同様に異常に長い舌を押し出し、じゅるり、と歓喜の音を立てた。
「そう……そうなのね……坊やは三日会わざれば、と言うけれども、わずかな時でこうも変わるとはね。アタシにモノをイジられて喜んでいたコとは思えないわ」
「よっ喜んでなどいない! 勝手な事言うなあ! 」
「落ち着けハイドラ。口先で動揺を誘うヤツの作戦に乗せられるな」
私の見たところ、このブブキという男の剣技は正直たいした腕ではない。長い手足で間合いは広いが、大振りの攻撃が多く近距離に弱い。攻撃に合わせて懐に飛び込めば遅れをとることは無いだろう。
しかし、先程の口車や隠し武器などの奇抜な術に長けているため、真っ直ぐなハイドラとは相性が悪い。
そして状況が不利と見るや、身を引く素早さは眼を見張るものがある。
勝てないが負けない。
これが怪人ブブキの自信を支える根拠だろう。
「いいわ、スゴくいい。正直、アタシのハイドラちゃんを勝手に弟子にしたとか聞いた時はブッ刺し殺してやろうかと思ったケド、こんなに愛しくなるなんて予想外だわ」
ホホホと高笑いを決めるブブキの足元に、てん。と、小さな木の実が落ちる。
ハイドラの後ろから、への字口のルルディの必殺技“ルルディ爆弾”が炸裂していた。
大人気ない冷酷な視線で反撃して来るブブキに対して、ハイドラの背によじ登ってさらに木の実爆撃を続けるルルディ。小さい身体であの怪人に負けていない。
「忠告しておいてあげるわハイドラちゃん。そのガキの為に"森の人"を探しているようだけれども、やめておきなさい。アレはあなたが考えているようなものでは無いわ」
私はもちろんハイドラも、直接"森の人"のことや弟子のことを話してはいないが、この男は知っているのが当然の如く話をしている。
〈庭師〉らしく私達の情報は筒抜けということか。
「お前の言う事なんか信用できるか」
「その青さがいいわあ。純粋で純情で、汚い物など映らない瞳、悪人の言葉など聞こえない心……」
「でもね」
怪人の声色が厚みと深みを帯び、憎しみの色へと変わる。
「アタシはねえ、薬師なんて善人面した人種は吐き気がするほどキライなの。その娘の母親は、霊薬と称して村人全員を毒殺したこともあるのよ」
「でたらめだっ! そんなことあるわけない」