第二章 十三
それは見たこともない料理だった。
森の一角、少しばかり見晴らしの良いその場所には、鼻腔をくすぐる芳ばしい香りが辺り一面に漂い、からっぽの胃を容赦なく刺激する。
赤銅色のとろみのついた汁にきらきら輝く粒が光り、具材たちを優しく包む。トロリと動く度に踊る香りの波が嗅覚を最大限活性化、口腔内の唾液がとめどなく流れ出て食欲を抑えきれない。
開けた場所で草を食むロバロを見て、安全を確信した私達はさっきの馬鈴薯を調理し、食事を摂っていた。
「……なんだこの料理は……人生で感じた事のないほどの衝撃!」
世辞などは微塵もなく、それは本当に今までに見た事も、聞いた事も、食べた事もない料理だった。
口全体に広がる深い辛味、鼻に抜ける香りは数十種類も入った薬草のためか複雑で飽きがこない。
また、米と同時に食するのも斬新で、混ぜる割合でこうも印象が違うのか感心させられる。
「ほっぺ、おちそう」
きっかけは、ハイドラが薬事辞典を見て、「料理に応用出来るかも」と言い始めた事だった。
ルルディの目指す解呪霊薬とやらは、数十種類の薬草と三種の貴重な素材が必要だ。
その調合法は調味料を作る行程に酷似しており、ハイドラはそれを利用して食材を煮込んで"ルルディ汁"なるモノを作ってみたのだった。
人を襲うような植物、特に野菜には毒がある。
道中で会った古参の収穫者から、植物には一箇所又は複数箇所急所があり、それらを破壊しないと倒せないと情報を得ていた。
馬鈴薯は芽に通ずる部位に毒を貯める器官があり、急所を破壊する際にそこを切ってしまうと汚染が広がり食用に適さない味となる。
しかしハイドラの考案した"ルルディ汁"の調理法ならば毒を中和し、さらに魅惑の味へと昇華させる事が可能なのだ。
食事処で働いていたというハイドラは存外器用な面があり、不十分な器具で極上の料理をあっという間に作ってしまう。右手の不自由なルルディと切るしか能のない私は、食事の用意を全てハイドラに任せっきりになっていた。