第二章 九
迷宮に入ってすぐの場所は、何軒か小屋のある広場になっていて、数人の収穫者達が装備を整えていたり情報交換をしたりしていた。どうやら近くの川を渡った辺りから本格的な迷宮になっているようだが、この中は不思議と暖かく、昼間のよう明るかった。
「何度も助けて頂いて、本っ当にありがとうございます! 」
ハイドラ、と名乗った元気な少年は下げ髪に結わえた頭を下げ、小動物のような丸い瞳を輝かせている。まっすぐと言うか正直と言うか、私の手を握ったまま声を張り上げて礼を述べるので、周りにいた他の収穫者の注目を集めていた。
「少年、いや、ハイドラ。もう手を離してくれるか? 注目されるのはあまり好きではない。」
「はっ、これはすいま……申し訳ありません! 」
そう言ってまた頭を下げようとする。真面目なのか馬鹿なのか。
「ほら、娘も呆れているぞ。その辺りで頭を下げるのはおしまいにしておけ。落ち着いて話もできない」
そうは言ったが、娘の視線はハイドラではなく私に向けられている。
昨日は見なかったが、娘の伝統的な薬師の装いを見ると、本殿に行く薬師と護衛の関係か。それにしては二人とも若い。
なにより、娘の頭と腕に巻かれた包帯に眼を引かれる。頭の角は本物だし、包帯の下の右手は明らかに異形だ。
頭巾と外套で隠してはいるが、褐色の肌と金色の瞳だけでも周りの者の視線は冷たい。当の本人はそんなことよりも私に敵意を向けることに執心で、私を半目で睨み続けている。何が気に食わないんだか……
話し難いかもしれないがと断った上で、私は二人の事情を聞いてみた。
「僕はルルディの呪いを治すために霊薬の素材と"森の人"を探すんです」
初めて会った人間に対して、出会いから一部始終を話すとは何ともあっけらかんとしたものだが、それがこの少年に好感を持つ要因なのかもしれない。
それに"森の人"には私も用がある身だった。