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06 甘い弁当タイム





 彼女は昼休み、いつもの屋上ではなく保健室に居た。四限目の体育に保健室でサボっていたはいいが、そのまま寝てしまい、起きたら先生が戻ってきていたので出るに出れなくなってしまった。


 彼女は、また先生がトイレ行くまで待たないといけないのか、とため息をつきながら思った。当然いつものように無断侵入だ。自業自得だろう。


「あ、あの智宏くん……お弁当作ってきたんだけど……」


 どこか血迷ったか、はたまた予行練習か、今保健室には先生と隠れている彼女しか居ないのに先生は一人で喋っていた。どうやら先生は生徒会長にお弁当を渡すつもりらしい。


「出来れば食べてくれない? んー、なんかぶっきらぼうかな? ……先生、智宏くんのために作って来ちゃった! これははっちゃけすぎだよね……それか――」


 正直一人で百面相しながら悩んでる先生はとても可愛い、流石恋する乙女。何て言うか恋する乙女はオーラから違うよな、なんて彼女は考えながらニヤニヤ笑う。覗くつもりはバッチリある。きっと生徒会長をここに呼んでいるのだろう。彼女は弁当を渡した時の反応を楽しみにしていた。主に先生の。




 コンコン


「失礼します」


 しばらく先生の予行練習を聞きながらスマホをいじっていた彼女だがノックの音と同時にカーテンに微妙な隙間をもうけてスタンバイ体勢になった。


「紫織先生、用って何ですか?」


 いつか聞いたような感じで生徒会長はドアをスライドして中に入室した。


「智宏くん! 来てくれたの!」


 これもまたいつか聞いたような感じの返し方だ。

 いや、呼んだなら普通相手は来るだろう。まぁ、呼んだ相手が嫌いじゃない限り。そういう意味では先生の反応はあながち間違ってはいないと言えるのか、なんて結論を付けながら彼女は嬉しそうな笑みを浮かべて入口に駆け寄る先生を見守る。


 どうせ、先生が抱き付いて生徒会長が少し慌てて離れてくれるように頼むんだろうな、と予想を立てて見守る。典型的な主人公タイプの反応と言えるのじゃないだろうか?


 だが生徒会長の反応は彼女の予想と違った。駆け寄る先生の頭を右手のひらでガシッと押さえて一瞬ニヤッ、と笑ったのだ。


 ビクッと彼女の体が震えた。え? 智宏くん? と先生は困惑しているが彼女は多分気づいたのだろう。


 生徒会長の目が保健室の窓際のベッドに注がれている事を。




 ――そして、そのベッドこそ彼女が隠れているベッドだという事を。




 多分、生徒会長はそのベッドにいるのが彼女だという事を知らないだろう。ただ先生の反応から、盗み見をしている生徒を見つけたという感じなのは確かだ。だが彼女の反応は違ったようだ、生徒会長には球技大会での改竄やバイトの件で疑惑を持たれている事を自覚している。見つかっては駄目だ、と既に見つかっていると知りながら身を固くして呼吸音を小さくすると保健室を出る機会を伺い始めた。


「あの? 智宏くん? どうした……の?」


 先生は生徒会長の行動が未だよく分からないようだ。身体を後ろにずらし手の突っ張りを外して、顔を下から見つめているが生徒会長からは反応がない。


 本格的に嫌な予感がした彼女は更に身を硬くしている。



「紫織先生……」


 生徒会長は手を下ろすと先生の方に顔を向けた。


「あの……智宏くん、どうしたの?」



「用って、何ですか?」


 困惑気味の先生に対し生徒会長の表情はまたいつもの爽やかな笑顔に戻っていた。




――――



「あ、あの智宏くん、あーんしてくれる?」

「分かりました」


 そう言って会長は箸とお弁当を受けとると、冷凍食品が大半を占める中、唯一手作りと思われるおかずを摘まんで先生の前に差し出した。


「あー……ん?」

「ふふ」


なってこった。彼女は愕然としながら会長を見つめる。会長はひょいと先生からおかずを遠ざけてイタズラ気に微笑んだのだ。


「もうっ、ひどい智宏くん」

「怒らないで下さい、先生。出来心ですって」


いつもと違う会長のイタズラっ子な表情に彼女に震えが走る。なんだこの砂糖吐きそうなほど甘甘なリア充カップルは爆発しろ、と正直彼女は傍観した事を後悔していた。無理もない、端から見てもキャッキャウフフで乳繰りあっているようにしか見えない。



「はい、今度こそどうぞ」

「本当にー?意地悪は止めてよね?」

「疑い深いですね、紫織先生」

「だって智宏くんが……あむ」


それでも話そうとした先生の口に会長がおかずを押し込んだ。見ているだけなのに恥ずかしくなってきた彼女は、またスマホを起動させた。既に見物する気はない。


「グッ!?……ゴホッゴホッ」


――が、急におかずを食べた先生が咳き込んだ。


「先生? 大丈夫ですか?」


地味に涙目になっている先生を見る限り大丈夫とは思えない。会長もそう思ったのか、むせている先生の背中をゆっくり擦っている。



「――……大丈夫、ありがとう智宏くん。……あ、お弁当ありがとう残りは私が食べるから」


大分おさまると苦笑いをしながら先生は早口に言う。何を思ったのか会長はお弁当を取ろうとした先生の手を避けて、さっき先生が食べたおかず、青椒肉絲を摘まむと口に運んだ。


「あ!あー……うー」

「ッ……」


会長は青椒肉絲を口に入れた瞬間、顔をしかめた。そんな不味い青椒肉絲なのか、と彼女は思うが真偽が分からないので会長の感想を待つ。


「あー先生……」

「うぅ」

「えっと違ってたらすみません。これ青椒肉絲ですよね?」

「う、うん。ちんじゃおろーすだね」



「スッゴく甘いのですが?」



「あー……きっと甘いものなんだよ、うん」


いやいや、青椒肉絲は甘くないよ、先生! と家で料理をする彼女にとって見過ごせない一言に内心ツッコミを入れる。


さて、以前彼女と先生がスーパーで遭遇した時の事を覚えているだろうか? 彼女のバイトがあった日の話だ。


 あの日会長と出掛けて浮かれてた先生は、帰り道で手作りのお弁当を作ってあげると約束してしまったのだ。


 だが如何せん先生は料理をまともにした事がない。どうしようと思った所に出会ったのは彼女だ。一人で材料を買いに来るくらいだから料理は上手いだろうと当たりを付け、彼女の後ろを付けて青椒肉絲の材料を集めたという訳だ。

 彼女は丁度切らしてた砂糖をカゴに入れた為、先生の美味しいお弁当を作る計画はまるっきり崩れたが。


 そうは知らない彼女は、今時の若い子は……とため息をついた。現役女子高生の心配する事ではないと思うが、彼女はお祖父ちゃんっ子なのだ。どうにも考えがお年寄り側に偏る訳だ。


「あーもういいです。とりあえず、お弁当を片付けましょう」

「うぅ」





 その後、甘い青椒肉絲は先生のお腹の中へと(無理矢理)おさめられた。どうやら会長はドS属性のようだ、と分かったが彼女とって嬉しくない情報だった。



 結局、鳴りそうだったお腹をねじ伏せて待つ事、数十分。先生と会長が同時に出ていった時を見計らって、やっと彼女は解放された。


 昼休みは後、数分。彼女はお弁当をできる限りお腹に掻き入れるため廊下を駆けた。




 だが彼女の努力空しく五限目の六組の教室には腹の虫のか細い声がずっと鳴り響いた。


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