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03 描かれた物語

 その物語…シリーズの始まりは、『カログリア王国戦記』と題された前中後の三巻から成る長編小説だった。

 内容は、異世界にて編み出された高度な薬学と医療知識を持った主人公である女性魔法使いが、その知識を用いて人々を救おうと奮闘する話である。

 言わば「現代知識チート」と言われる物なのだが、作品タイトルからも察せられる通り主軸は戦場で平和とは程遠く、次々に傷付き散っていく仲間達を前に主人公はチートどころか無力感に涙する展開の方が多かった。

 世界観とスケール感、悲しくも美しい数々の場面、それらを余さず表現しきった作者の文章能力に一定の評価こそあったものの、爽快感があまりないと言う事で発売当初は一般にさほど知られずに埋もれた。

 

 作者は次回作も同じ世界を選んだ。

 『カログリア王国戦記』の凡そ6年前、戦争が起きる前の平和な時代の魔法学校を舞台にした児童書で、タイトルは『テフル魔法学園生シシー』。

 魔法学校に入学した主人公シシーが魔法を学びながら仲間達と共に学園生活を過ごす姿を爽快に描いた話になっている。

 シリアスな場面が多かった前作から一変、子供に受け入れられ易いほのぼのギャグで物語は綴られ、多種多様な魔法と様々な出来事が起こる異世界の学園生活の楽しいお話に多くの子供達は魅了された。それでいて所々妙に現実味があるシーンや個性豊かな登場人物達は児童書の枠に収まらず幅広い層にも受け入れられ、刊行数はどんどん伸びていった。

 

 ついには、国営放送枠でアニメ化されるまでになる。

 原作小説よりギャグ調を強めた仕様になっているが、アニメとなる事で更に間口が広がりファンは増加。所謂オタク文化による後押しもあり、刊行数に応じてアニメとしては異例の長寿作品となった。

 なお、原作アニメ共にどれだけ話数が増えても主人公達は年齢を重ねない方式を取っている。

 その為ファンの中には、主人公や仲間達が成長したらどうなるかと、各々イメージして楽しむ者がいた。

 

 ここで前作の『カログリア王国戦記』が掘り返される時が来た。

 

 『テフル魔法学園生シシー』には『カログリア王国戦記』のキャラクターが複数登場している。まず度々姿を見せる最高学年の先輩の1人が、『カログリア王国戦記』の主人公なのだ。

 平和で楽しい『テフル魔法学園生シシー』の未来の姿がそこに描かれている。そうと知ったあるファンは意気揚々と『カログリア王国戦記』を手にし、ページを開いた。

 そして明記、明言、示唆を含めキャラクターの殆どが戦争にて散っている事実に倒れ伏したのである。

 あまりにも悲惨な未来……しかし批判するにはあまりにも美しく描かれた物語。

 ファンの言葉に表せない咆哮が、涙が、別のファンを呼び、そのファンが『カログリア王国戦記』を読んで同じ思いに駆られ、また別のファンを呼ぶ。SNSの普及も相まってファンの、オタクの間で情報は瞬時に駆け巡った。

 こうして一度は埋もれた『カログリア王国戦記』は、長い時を経て加速度的に再注目される事態となったのである。

 

 『カログリア王国戦記』は国営放送とは別枠でアニメ化された。しかも三巻それぞれの中で、特に名シーンと言われる箇所は劇場公開されるまでに。

 その後もブームは去る様子を見せず、原作者監修のスピンオフ漫画が刊行され企業とのタイアップイベントなど、シリーズは更に広がっていったのであったーーー

 

 

 以上が、私が継承した知識…『カログリアシリーズ』の全容である。

 

 …うん。

 …まぁ。

 

 この世界のお話だよ。

 

 

「こんなのどうすればいいのさぁ…」

 

 救護室のベッドに横になりながら、私は頭を抱えるしかなかった。

 今の私には『カログリアシリーズ』全ての情報がある。長編小説全巻、児童書全巻、国営アニメ全話、別枠アニメ全話、劇場版全話、スピンオフ漫画全巻、タイアップイベント全内容、そして各作品のファンの反応etc.

 私が目を覚ましたのは【記憶の魔法】の儀式で眠った3日後なわけだけど、どう考えても3日で足りる情報量じゃない。夢って凄いなぁ…なんて、ちょっと現実逃避してみる。

 いや、物語としましてはね? 大変素晴らしいモノですから知れてありがとうございます、ですよ。

 他の人にも読んでもらいたい見てもらいたい。

 この情報を何とか可視化して分かち合いたい語り合いたい。

 ただファンとしてキャッキャしたいしたかった!

 

「でも『テフル魔法学園生シシー』は今の事で、『カログリア王国戦記』は実質の未来の事だよねぇ」

 

 問題はそこだ。頭を抱える点であり、単純にわくわく出来ない理由である。

 知らず知らずに深い溜め息を吐くと、扉が開く音と共に誰かが救護室に入って来た。

 

「失礼します。ローリ? いる?」

「…シシー?」

 

 呼ばれた事もあって身体を起こすと、扉の前に立つ女の子と目が合う。

 短い茶髪の特徴的な癖っ毛に、黒ぶち丸メガネ、そしてそばかす。声から予想した通りの同級生シシーがそこにいた。

 シシーは私を見るやパッと華やいだ笑顔になる。

 

「おはよう、ローリ。良かったぁ、本当に目を覚ましたんだね! あ、これ。ルシア先輩に頼まれて持って来た雑炊」

「わぁありがとぉ。そのルシア先輩はどうしたの?」

「先生達にローリが起きた事を知らせて来るって」

 

 私がいるベッドに駆け寄ってくると、シシーは持っていた雑炊を乗せたお盆を差し出した。

 お礼を言ってお盆ごと受け取る。湯気が立つ熱々の雑炊は具沢山で、でも3日ぶりの食事で胃がビックリしないように柔らかくクタクタに茹でられていた。

 香る匂いに食べる前から美味しいのが分かって、ゴクリと喉がなる。

 

「皆が起きる中、ローリだけが起きなくて皆すごく心配したんだよ。先生達は3日後に起きるって言うけど、揺すっても大声で呼んでも全然目を覚まさないからさ」

「えへへ、ご心配おかけしましたぁ」

 

 眉を垂れさせながら心配してくれるシシーに一言詫びながら、匙で掬った雑炊を口に入れた。

 味付けは程良く薄味。でもしっかり出汁が利いていて、予想以上に美味しい。

 

「ん~~~美味しいぃ」

「良かったね。食堂の女将さんがね、ローリが起きるのは今日のはずだからって用意してくれていたんだよ」

「本当!? じゃぁ後でお礼言いに行かなくちゃ。あ、心配かけた皆にも謝らなくちゃなぁ」

「謝る必要はないんじゃないかな。わざとじゃないんだし、皆もローリが無事に起きてくれて安心するだけだよ。それよりローリの自分以外の記憶の方が気になっているよ。ね、前世の記憶だったの? それともルシア先輩みたいな異世界の情報?」

 

 ね、ね。と前のめりになって聞いてくるシシーに苦笑する。皆と言うが、まずシシーが気になって仕方がないようだ。

 でもそれこそ仕方がない。最高学年のルシア先輩でも好奇心を抑えられない様子だったのだから、1年生の自分達では端から無理な話だ。私もシシーの立場だったら、好奇心の赴くままに聞いていただろうし。

 

「んー前世ではない、と思うな。ある物語の情報だったんだけど、それが過去の物なのか異世界の物なのかは調べてみないと分かんない」

「そっかー。何か手伝える事があったらいつでも言ってね。クラスは違うけど、私達は救護クラブの仲間だから!」

「うん。ありがとう、シシー」

 

 じゃぁもう行くね。とシシーは長居をせずに救護室を後にした。

 私がゆっくりご飯を食べられるように気を使ってくれたのだろう。

 人に悪印象を与えるような言動は自然としない子。あの子が“主人公”なのはまさに自然で、納得できる。

 

 そう、タイトルにもその名がある通り『テフル魔法学園生シシー』の主人公こそ彼女、シシー・サングリエだ。

 シシーとシシーが所属する1年3組が中心となって描かれるドタバタ珍道劇、それが『テフル魔法学園生シシー』。

 道理で入学してからこのかた、学園で起こる大小の物事に3組の誰かしらが関わっているわけである。主人公とそのクラスメイト達だもの。良い子だけど問題児…個性が強いはずだ。

 児童書と国営アニメの情報から見るに、多少の誇張はあるものの出来事としては概ね同じ事が起きている。これからの事も間違いなく起きると考えていい。

 ほのぼのギャグの『テフル魔法学園生シシー』だから悲しい事や危ない事はあまりないとは言え、担任の先生達の苦労は避けられないだろう。御愁傷様です。

 

 心の中で合掌しながら、もう1人の主人公の事も思う。

 異世界の薬学と医療知識を持った『カログリア王国戦記』の主人公…ルシア・ヴァーチュ先輩。

 

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