02 【記憶の魔法】
その日は1年生全員が広い講堂に集められていた。
普段は3クラスに分かれてそれぞれで授業を受けるのに、いつもと違う流れに私を含め生徒達がこれから起こる事を思ってソワソワと、持参するように言われて持っていた枕を胸に抱いて待っていた。
「えー、事前に知らせていた通り、今日はこれから皆で【記憶の魔法】第一回の授業を行う」
1年生の担任から代表して、1年3組の先生が壇上から生徒達に伝える。因みに、私は1年2組だ。
はい! と1人の男子生徒が手を挙げて、1年生全員で授業を受ける理由を問う。
「ん、良い質問だ。まず【記憶の魔法】について教えよう」
そう言うや先生が掌を上にかざすと、何も無かった空間に突如本が現れた。淡く光るそれが、図書室等にある通常のそれとは違うと一目で分かる。
「この本には先生が生まれてこの方、見聞きした事全てが載っている。ド忘れしてしまった事でもこの本を開いてすぐに探せるので、中々重宝する魔法なんだ」
年寄りは物忘れが激しいから! なんて3組の男子生徒からからかいのヤジが飛ぶ。同時にその生徒には拳が飛んで来て、打ち合わせでもしたような華麗な流れにあちらこちらからクスクスと忍び笑いが零れる漏れる。
教育的指導を行ったのは3組の別の先生。
1クラスには実技と教科、それぞれを担当する教師が付く。3組で言えば壇上にいるのが実技の先生で、ヤジを飛ばした男子生徒を引っ掴んでいるのが教科の先生だ。
「この魔法があれば授業の復習もやり放題。習ってないなんて言い訳は二度と通用しないと思え~」
3組の教科の先生が、実に良い笑みを浮かべながらそう言う。
今年の3組には基本良い子だけど問題児が多いらしく、日々学園で起こる大小の物事は大抵1年3組の誰かしらが関わっている。私にとっては、私にハラハラドキドキを提供してくれるとても楽しいクラスなのだけど、担任としてはさぞ頭も胃も痛い事だろう。
君達は大人しい良い子で助かります…と以前に1年2組の先生が遠い目をしながら言っていたのを思い出す。
「えーゴホン。自分の記憶を自由に引き出す、それが【記憶の魔法】だ。本の内容は本人にしか見る事は出来ない。この通り」
そう言って壇上の先生は本のページ側を私達に見えるように向けるが、淡く光っているだけでそこには何も描かれていなかった。少なくとも、私にはそう見えていた。
先生が、奥様にプロポーズした時のあれこれが載っているページだと言うのに…やっぱり見えなかった。乙女のときめきの力だけでは無理らしい。
「他者に見せるようにするのは非常に難しく、出来る者は少ない。しかし関連で学ぶ魔法は応用が利き、様々な用途で使える事から【記憶の魔法】は情報系魔法の基本と位置付けられている。そして【記憶の魔法】を使えるようになるには儀式が必要で、今日はそれを行う」
儀式…。大仰な言葉に1年生は緊張の面持ちとなるが、それに気付いた先生は本を仕舞いながら笑顔を見せる。
「そう構えるな。難しい事も恐ろしい事もない、1時間ほど寝るだけだから」
「これから先生達が君達に儀式の魔法を掛けます。そうすると君達は眠くなるでしょうけど、抗う事無く寝て下さい。枕はその為に持ってくるよう伝えたのです」
「寝ると夢の中で自分のこれまでの記憶が収められた本棚が現れる。一冊でも手にとって開けば、儀式は終わり。目覚めた時には【記憶の魔法】が使えるようになっている。簡単だろ?」
「1時間ほどで自然と目が覚めるので時間は気にしなくていい。夢の中では一冊と言わず、遠慮なく目を通すといい。赤ちゃんの頃の、自分では覚えていない時の記憶もあるのできっと楽しいぞ」
「中には、自分以外の記憶もね……ふふふ」
先生達が代わる代わる説明していく中で、意味深な笑みを浮かべた先生に何人かの生徒が反応した。
勿論、私もである。
「それって前世の、それも異世界の記憶の事ですか?」
稀に、魔法を使える者の中には当人が生まれるずっと昔の記憶や、こことは異なる世界の情報を持つ者がいると言われている。特に異世界の情報を持つ者が齎す知識は人々に恵みを与え、国の発展に寄与してきた。
それ故この国では前世や異世界の存在が信じられている。別れ際、「来世で会おう」なんて言葉を使う人もいるくらいだ。
尤も来世へ記憶を引き継がせる方法も異世界の情報を得る方法もよく分かっていない…はっきり言って無いそうだ。魔法適性と同じく、いやそれ以上に誰がそうなのかは【記憶の魔法】を得てからでしか分からない。
ただでさえ稀有な存在の魔法使いの、更に稀なる現象なのである。
不思議。謎。私の好奇心が大いに刺激される。
「さぁさぁ、いい加減始めるぞ」
ざわざわと、期待と不安に浮き足立つ生徒達を押し留めて壇上の先生が他の先生達に合図を送った。
先生達が構えると私達生徒の頭上に魔法陣が浮かび上がり、足元が輝き出す。
光の粒がふわふわと降り注いできて、綺麗だなぁと思うのと同時にふわふわと眠たくなってくる。
きっとこれが、先生が言っていた眠気なのだろう。何となく周りを見ると、早々に枕に頭を沈めている生徒の姿が。全員座っているから、倒れて怪我する人はいなさそうだ。
私も、眠気に抵抗せず胸に抱いていた枕を床に置いて横になる。
ーーーあぁ…【記憶の魔法】、楽しみだなぁ。
別に、本気で自分に前世や異世界の記憶があるとは思っていない。そう言うのは選ばれた…本当に特別な人間だけなのだから。魔法適性があった時点で、きっと私の特別性は使い切っている。
でも、それでいい。私は謎や不思議な事が好きで追い求めたいと思っているけど、私自身がそうなりたい訳ではないのだから。
起きたら【記憶の魔法】と言う私にとっての新しい魔法と出会える。
それが楽しみで仕方ない。
沈む意識の中でそんな事をぼんやりと思いながら、私は眠りについた。
意識と共に身体が落ちていく感覚…。
ふと気付くと、目の前に自分の身長と同じくらいの本棚が14個並んでいた。
周囲には特に何も無いけれど、それを疑問に感じたりはしない。
多分、儀式中だからなのだろう。ここが夢の中で、この本棚に収められている本がこれまでの自分の記憶だと、自然と理解出来た。
各本棚の上には0から13の数字。年齢だと当たりをつけて、何となく1の本棚から一冊を選んで開いてみる。
「おっふ…お父さん…」
そこにあったのは話には聞いた事がある、私が1歳の時の出来事。
歩き始めたばかりの私が転んで大泣きし、父が慰めようと駆け寄るのだけど、自力で立ち上がった私はそんな父を華麗に素通りして母の元へ一直線。
抱き上げようと手を差し出したポーズのまま取り残される父。私を抱き上げながら大笑いする母。母に抱きついて泣く私。
聞くだけでも笑えた話だけど、鮮明に映し出されると…やっぱり笑える。お父さんゴメンね。
それにしても記憶は本に文字で記されているのに、その文字を追うと光景として頭の中に浮かび上がってくるのは不思議だ。自分以外の人に見せる事が出来たとして、相手に見えるのは文字なんだろうか? 光景なんだろうか?
不思議で、便利で、なんて奥深い。好奇心が刺激されて、ますます【記憶の魔法】が気に入ってしまった。
口角が上がったまま本を本棚に戻す。
次はどの年齢の本を見ようかと視線を彷徨わせていたら、ふと、背後から光が射している事に気付いて振り返る。
果たしてそれはいつから、そこにあったのだろうか。
光の正体は輝く…板? 石版? だった。大きさこそ本と同じぐらいだけど、幅が本の厚みではなく板としか言いようがなかった。
それが宙に浮かんで、漂っている。ここは夢の中なのだから、物が突如として現れても宙に浮かんでいても不思議だけど不思議じゃない。
「なんだろ…これ」
引き寄せられるように私はそれを手にする。
それが当たり前のように、自然に。
「…えっ」
掴んだ瞬間、板の輝きが増し私の頭の中に、私が知らない情報が流れ込んできた。
計り知れない量の情報の渦に私は呑み込まれる。
私が生きるこの世界とは異なる世界で描かれた“物語”がーーー




