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08 ノトスインパクト

「お疲れ様です、わろたさん。早速ですがぁ反省会をしましょう」

 

 箱に肘をつき、指先を顔の前に組んだポーズで私は屋上に戻って来たわろたさんを出迎えた。ファン達が語らうスレッドで時折出てくる“ゲンドウポーズ”と言うやつである。

 因みに箱は私が魔法で作った。私にだってこれくらい出来る。丸、四角、三角とかの単純な物しか作れないけど…。持続性なくてすぐ消えるけど…。

 

「何か問題があったかな? ローリくんの意向に反してしまっただろうか?」

「いぃえ。躍動感があり大変刺激的で、たっぷりハラハラドキドキさせていただきましたぁ」

 

 それは良かった。そう言いながら、一度は立ち止まっていたわろたさんが私に近付いてくる。

 いつ消えるか分からない箱は消しておこう。

 

「しかしぃ、まず確認したんですけどぉ。フィオーレ先輩の縁談話はハッタリですか? それともマジですか?」

「すまないがマジだ」

「マジでしたかぁ」

「いくら就任したばかりは言え、いつまでも目星や勧誘の実績を作らないでいるといつ登用係を替えさせられるか分からない。今回、優秀な6年生を本人への交渉以外で引き込めるかもしれない方法を提案したところ、搦め手を好む主は随分と喜んでくれたよ」

「それはよろしゅぅございましたが、それでフィオーレ先輩の縁談が決まっちゃったらどうしてくれるんですか?」

「確かに。これで失敗したら申し訳ないと思うが、でもね、ローリくん」

 

 私の目の前まで来たわろたさんが膝を折り、敷物の上に座っていた私と目線を合わせる。

 

「これで動かないような男なら、そもそもフィオーレくんを幸せには出来ないんじゃないかな?」

 

 ぐうの音も出ない。

 確かに。あそこまで畳み掛けられて、それでも動かないとなるとそもそもその気がないって事になる。その気のない人に、フィオーレ先輩の想いを受け止められる訳がない。

 …としか、わろたさんには思えないだろうね。

 

「分かりましたぁ。大丈夫です、ラリオ先輩は必ず動く。私は信じていますから」

 

 私は一つ、大きく頷いた。わろたさんに対してではなく、私自身への頷きだ。

 そんな私にわろたさんは、片方しか見えない目をまたたかせている。

 

「…実直さは好ましいが、ラリオくんの何が君をそこまで信用させるんだい?」

「私が信じているのはラリオ先輩だけじゃないのでぇ」

 

 ニッコリと私は笑う。

 卒業までにフィオーレ先輩の言動の意味と想いをラリオ先輩が知れば良い……そう答えを出したのだ。

 他でもない、カログリア王国に生きる私達の幸せな未来を願ってくれた、ファン達が。

 多くのファン達が考察の末に出した答えを、私は疑ったりしない。

 信じている。

 

「ノトスインパクトで消し炭になっても逞しく復活された人達の答えですからぁ! 信じます!」

「……んん?」

 

 その情報は突如として落とされ、衝撃の大きさと余波にいつしかファンはこう呼ぶようになった。

 

 “ノトスインパクト”と。

 

 フィオーレ先輩がラリオ先輩に髪を梳かせている姿やシーンは、実は『テフル魔法学園生シシー』で散見される。シシーが通り掛かった先、表紙絵、オープニングやエンディングなど、ほのぼのギャグで恋愛描写がほぼない児童書およびアニメにて、本当に何気ない光景として。

 気位が高くお嬢様然としたフィオーレ先輩と仕事人間でくたびれたラリオ先輩のその姿に、お嬢様と従者とかフィオーレ先輩の我が儘にラリオ先輩が付き合ってあげているとか、フィオーレ先輩の甘えとしつつも両片想い同士の甘い雰囲気を察するファンは少なかった。

 

 ところが、である。

 

 その行為の意味を知らされたのは『カログリアシリーズ』の人気が不動のものとなってから。

 本編とも言える『カログリア王国戦記』でも『テフル魔法学園生シシー』でもなく、原作者監修のスピンオフ漫画にて何の予告もなく明かされたのだ。

 

 スピンオフ漫画は、本編では取り上げられないカログリア王国の姿を多角的に描いたオムニバス形式の短編集だ。

 主人公は女性と言う共通点こそあるけど、土地、身分、魔法使い、一般人、と統一感はなく、それぞれの視点からカログリア王国での暮らしぶりを窺い知る事が出来る。

 ある意味本編の補完とも言え、『カログリアシリーズ』の世界観を更に広げてくれた。

 

 その内の一作が、天空都市ノトスの女性の恋模様を描いた話。

 話そのものはノトス出身の女性が外からやって来た男性と恋に落ち、結ばれて2人で旅立っていくと言うキュンとするし面白いが、まぁありふれたとも言える恋愛モノだ。

 しかし、そこで次々と明かされていくノトスの風習…つまりノトスの女性の髪に纏わるあれこれに読者は、ファンは騒然となる。

 話を通してノトス出身の女性がお相手の男性に、髪を梳かせる求愛や髪飾りを贈る求婚の仕方を教えていくのだが、それは同時にフィオーレ先輩の行為の意味が明かされる事でもあった。

 「え…つまりリンジュがフラセに髪を梳かせていたのって、つまり…え?」「待て待て待て、これって漫画作家のオリジナル?」「原作者監修ってどこまでが監修!?」とファン達が動揺しているところに漫画作家の公式SNSが吠えた。

 

「やっと言える! やっと分かち合える! ノトスに限らずカログリア王国の風習は全て原作先生のご指示です!! そして先生に確認しておいたよ! リンジュ先輩はフラセ先輩が知らないのを承知で髪を梳かせていたとぉおお!!!」

 

 これに間髪容れず、『カログリアシリーズ』の関係者達が反応する。

 

「6年生が登場する前から先生に、リンジュの髪にはフラセ以外触らせないで。ルシアでもシシーでもNGって指定を受けていたけど、そう言う事!?」

 『テフル魔法学園生シシー』アニメスタッフより。

 

「コラボ衣装で絶対に似合うからリンジュの髪をツインにさせて下さいって頼み込んだけど却下されたのを思い出した。そう言う事!?」

 タイアップイベントポスター制作イラストレーターより。

 

「戦闘時に髪邪魔だろうから結んでいいか確認したけどダメって言われたんだよね、そう言う事!?」

 『カログリア王国戦記』アニメスタッフより。

 

 以前より、原作者のフィオーレ先輩の流した髪への強い拘りは知られた話である。二次創作、ファンアートに対しても「リンジュの髪は結わないで」と声明を出す程だ。

 親友のルシア先輩ですらフィオーレ先輩の髪に触れていないのは、『カログリア王国戦記』でフィオーレ先輩とフラセ先輩が散った際、ルシア先輩が「一度でも良いからその髪に触ってみたかったな」と述懐しているところからも分かる。

 その理由とフィオーレ先輩の想いの大きさを真の意味で理解した時、ファンは暫し沈黙した。その様は曰く「破壊力が凄まじ過ぎて消し炭になった」「ファン達が全員消し飛んで焼け野原になっとる」と…。

 そこから復活したファン達は泣き叫んだ。

 

「フラセーーー! あの髪留め渡しておけばこんな事にはーーー!」

 

 髪留め。それこそが、わろたさんに耳打ちしたフラセ先輩の好意の証拠。

 フラセ先輩は3年生の頃に、勉強中長い髪を頻繁に耳に掛けるフィオーレ先輩が気になって髪留めを買った事があった。でもフィオーレ先輩の長く流された髪が好きだったフラセ先輩は気恥ずかしさもあってそれを渡せないでいて、ずっと寮の部屋の机の引き出しに仕舞いこんでいるのだ。

 『カログリア王国戦記』のアニメ制作時に原作者からの注文で追加されたこのエピソードは、フィオーレ先輩とフラセ先輩の話が劇場公開された時に公開記念で作られた冊子にて本編のページ都合で入れられなかったと言う経緯も含めて語られている。

 ついでにその冊子にはもう一つ、とんでもない情報が載っていた。

 散々「政略結婚」「嫁いだ」とフィオーレ先輩の説明をしたけど……フィオーレ先輩の夫となる人は存在しない。

 設定がない、ではなく。本当にいないのだ。

 候補となる人はいたし、なんならその人は作中にも登場している。だけどフィオーレ先輩は嫁いで早々、その人を含め結婚相手となり得る男性全員をのしてしまったのだ。

 自分より弱い男を夫にするつもりはない、と言って。男性優位の地方部族でそれはとんでもない事だったけど、逆に、勝てなかったからお返ししますと沽券的にも戦況的にも出来ず、地方部族は自分達の手に余るフィオーレ先輩を未婚のまま留め置くしかなかった。

 嫁いでいるのに未婚。良く分からない状況だけど、フィオーレ先輩のお母さんは地方部族の男性優位な特性とフィオーレ先輩の実力を加味してそれが可能だと信じ、娘を送り出した…と言う裏話。

 この裏話に安堵やら何やらで膝から崩れ落ちるファンが続出した。

 それはそれで一騒動となったが、その後に起きたノトスインパクトに比べたら可愛いものとされている。


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