06 ラリオ先輩に話す 前
いけしゃあしゃあ、とはこう言う事なのだろう。
「やぁ、フラセ・ドゥ・ラリオくん。偶然だね」
「なぁにが偶然だ。登用係は魔法学園への出入りこそ許されているが、自由に散策していい訳じゃないんだぞ。ヴァロータ・チャチャイ」
屋上から階段を使わずに飛び降りて行ってしまったわろたさんの行動を透鏡から見ていたところ、校舎一階の外に面した廊下で、持っている書類に目を通しながら歩くラリオ先輩を発見した。
そこまで一切、迷いのない足取り。予めラリオ先輩が通るのを知っていたとしても別に驚かないぞ。だってわろたさんだから。
わろたさんは外側から、たまたま遭遇した体でラリオ先輩に話し掛けた。用があるのに、だ…。まさしく、いけしゃあしゃあ。
ラリオ先輩もたまたまではないと気付いているのか、それとも単にわろたさんを警戒してなのか、書類を閉じながら眉間の皺を濃くする。
わろたさんの身体から外向きに固定された【望遠の魔法】だから、透鏡にはわろたさん自身は映っていない。
でも【集音の魔法】のお陰で、ラリオ先輩とのやり取りが問題なく分かる。
「仕事をさぼって呑気に散歩している訳ではないよ、特に今はリンジュ・フィオーレくんを探しているところなんだ」
「あ? リンジュ?」
「あぁ。ラリオくんとフィオーレくんは同じクラスで仲が良いだろう? 彼女が今何処にいるか知らないだろうか?」
わざわざ聞かなくてもわろたさんなら探し放題だろうに、とは言わず。
フィオーレ先輩の言動の意味と想いを説明するのに、わろたさんはどんな話の流れにしようとしているのか…。今のところ全然見えなくて固唾、ではなくお茶を飲みながら見守る。
「知っていたとしても教える訳ないだろう。リンジュに何の用だ?」
「ふむ、見付からないなら私としてはそれでも構わないのだけどね。用と言うか、本来なら必要はないのだが、彼女はルシアくんの親友だから一応礼儀を通しておこうと思っただけだし」
「要領を得ない事を勝手に喋るな。要件は何だと言っている」
「大した事ではない、彼女に婚約を申し込む事になった、それだけだ」
ブハッ!! 思いっきりお茶を吹き出した。
吹き出されたお茶は目の前の透鏡に掛かる事なく、通り抜けていった。
「………は?」
「あ、誤解しないでほしいんだが、婚約の相手は私ではないよ。だが彼女のお眼鏡に適うだけの者を用意するつもりだ」
私が噎せている間、ラリオ先輩もポカンとしていたけど暫くして呆れた顔を向ける。
「何を言い出すかと思えば下らねえ。あいつは卒業したら故郷に戻って、族長でもある敬愛する母君の為に力を奮うと1年生の頃から決めていたんだ。何処の馬の骨とも分からん奴との縁談を持ち掛けられたって歯牙にもかけないさ。恥をかくだけだから、止めておくんだな」
「この縁談に、彼女の意思は関係ない。私はただ決定事項をお節介にも事前に伝えてあげるだけだから、恥をかく事はないんだよ。心配してくれてありがとう」
「あ?」
ラリオ先輩の顔が剣呑なものになっていく。
フフッ。わろたさんの低い音の笑みを【集音の魔法】が拾う。直接聞いている音ではないからだろうか、いつもより更に低いような気がした。
「婚約の話はフィオーレくん個人へではなく、彼女の故郷ノトスへトラモントから正式に申し込む。いや、既に申し込んだ」
ハッとラリオ先輩が何かに気付いた表情をする。
「学園きっての才女を貰い受けようと言うんだ、相手の厳選だけでなく、十分な見返りをノトスには用意する。フィオーレくんや彼女が敬愛する母君はともかく、その周囲が果たして黙っていられるかな?」
「なんで、急に…」
「知っての通り、私はつい先頃登用係になったばかりの新参者だ。学園生の情報は頭に入れたつもりでも、表面上でしかない」
そう。馴染んでいるようでいて、わろたさんが登用係としてテフル魔法学園にちょくちょく顔を出すようになったのは長期休暇が明けて少しばかり経ってから。『テフル魔法学園生シシー』で言えばその長期休暇明けの出来事でわろたさんこと、ヴァロータ・チャチャイさんは初登場するのだ。
現時点では、まだまだつい最近と言える。
「フィオーレくんの事も、ノトスの族長の娘と言う書類上の情報しか把握していなかった。いやはや、未熟もいいところだ」
わろたさんがわざと一拍置いたのが分かった。次に告げる言葉も。
児童書の『テフル魔法学園生シシー』においては絶対に触れられない、禁句を…。
「彼女、父親の浮気で産まれた不義の子なんだってね」
そうわろたさんが告げた瞬間、ラリオ先輩が消えた。
ようにしか、私には見えなかった。
気付いたら透鏡には刃物…槍の穂先とその柄を掴むわろたさんの手が映っていた。
「リンジュへの侮辱は同級として俺が許さん」
「侮辱したつもりはないがそう聞こえたのなら謝罪しよう。しかし話の途中で手を出す短気さは欠点にしかならない。改めた方がいいよ」
「余計なお世話だ!」
ラリオ先輩の大きな声と共に槍が振り払われ、映像が大きくブレた。
わろたさんが飛び退いたのか、ブレが収まると再びラリオ先輩を正面に捉える。
さっきまでと違い、ラリオ先輩の手には書類ではなく槍が構えられていた。
上級生になると戦闘時に使用する得意武器がそれぞれあって、ラリオ先輩の場合は身長と同じくらいの長さの槍になる。どこに持っていたかって? 勿論、魔法ですよ。
「ノトスは代々女性が族長を務め、独自の信仰を重んじる女傑一族の都市。山の上に存在し、女性は滅多に外に出ない事から世間では女神や仙女が住まう都とも呼ばれ、それがノトスの信仰にも繋がっていると言われている」
透鏡越しでもラリオ先輩の顔はとても怖いのに、聞こえてくるわろたさんの声は平然としている。
「そんな土地で、よりにもよって族長の婿が浮気して出来た子なんて、さぞかし肩身の狭い幼少期を過ごした事だろう」
「…ルシアか」
「ルシアくんの名誉の為に言っておくけど、情報元はルシアくんではないよ。でも君やルシアくんが知っているように、知っている人間は他にもいる。私が知り得た事は奇跡でも何でもない」
チッとラリオ先輩が舌打ちする。
当然ですが、情報元は私です。ルシア先輩に濡れ衣が着せられなくて良かった。
「例え血は繋がらなくても母君はリンジュを娘として迎え育てた。リンジュにどう接していたかは、リンジュの敬愛ぶりを見ていれば分かる。大層な人格者だ」
「その判断には同意しよう。ノトスの族長は良い意味で強かな女性が多い。だけど族長はそうだとしても、周りはどうかな? 天空都市の異名を持つノトスは訪れる者が少なく極めて閉鎖的、故に結束は固く…故に排他的でもある」
故に…。
「ノトスの妻が裏切られて出来た許されざる不義の子と引き換えに、大量の供物が手に入る。ノトスの住民がこぞって賛成すれば、如何に人格者の族長でも抑えられるモノではない。そこに魔法使いの貴重性も、フィオーレくんの優秀さも関係ない」
「貴様はそうと知って、付け込むか!!」
槍を突き立てて、ラリオ先輩が突進してくる。さっきより本気らしく、槍の攻撃だけでなく魔法も幾重に繰り出している。
わろたさんが全て寸前のところで避けるから、まるで、今にも透鏡を突き抜けてラリオ先輩の攻撃が飛び出してきそうだ。臨場感に、手に汗握る。
「リンジュの誇りを、努力を、貴様はっ!」
「だからその短気は改めるべきだ。私が知ったのは奇跡ではない。いつか何処かで誰かが知り、気付く。それが我がトラモントのように魔法使いを尊重する土地とは限らないし、ノトスとは逆で男性優位の土地だってある。見返りを用意せず圧力だけを掛けてくる事もあり得る。地方間の殺伐としたやり取りなんてそんなものだ。テフル魔法学園に6年間も守られて育っていると、そんな現実も知らないのかい?」
「黙れ!!」
私は、フィオーレ先輩の出自とノトスに戻ったらいつか政略結婚に出されるかもしれない事、後はラリオ先輩の好意の証拠しか言っていない。
なのにわろたさんはそこから起こり得る現実を割り出した。しかもほぼ正解を。
今から数年後となる『カログリア王国戦記』で起きた戦争。世界は“最終兵器”を使用し破壊を繰り返すわろたさん…トラモントと、それに対応する中央の魔法師団の二つの陣営に分かれた。
中央に就職したラリオ先輩は説明するまでもないけど、フィオーレ先輩が戻った故郷ノトスはトラモント側に付いた……付かざるを得なかった。トラモント側の別の地方部族から圧力を掛けられ、ノトスは唯一の魔法使いであるフィオーレ先輩を婚姻と言う体で出す事で凌いだのだ。
ノトスが戦場になる事はなかったけど、フィオーレ先輩が嫁がされた土地は中央に攻め込まれた。
その攻め込んだ中央の魔法師団にラリオ先輩がいて、フィオーレ先輩と卒業以来の再会を果たす事になる。




