第15話 挑戦!! ゴブリンとらいあすろん!!
ライガスに案内され、俺は魔王軍本拠地への道を進んでいた。
――いや、正確には進まされていた。
最初に待っていたのは空へ突き刺さるような断崖絶壁で、見上げるだけで首が痛くなりそうな高さがある。
「登れ。」
ライガスが崖を見上げながら当然のように言う。
「……これを?」
「ああ。」
「道とか階段とかは?」
「ない。」
「ロープは?」
「ない。」
「じゃあどうやって?」
「登れ。」
あまりにも当たり前の口調で返され、悠真は思わず頭を抱えた。
(脳筋か!!)
心の中で叫びながらも、他に選択肢はないため渋々岩肌へ手を掛ける。
魔王軍本拠地への道ならもう少しこう、秘密の抜け道とか転移魔法とか、そういう便利なものを想像していたのだが、現実はただの崖登りだった。
「うぉっ!」
足を滑らせそうになりながらも必死によじ登る。鋭い岩で手の皮は擦り切れ、腕は悲鳴を上げ、息もすぐに切れた。
一方のライガスはというと、散歩でもしているかのような軽さで岩壁を登っていく。
(なんであんな簡単そうなんだよ……。)
魔族と一般人の差を痛感しながら、悠真は歯を食いしばって崖を登り続けた。
そして数十分後。
「つ、着いた……。」
どうにか頂上へ辿り着いた悠真は、その場へ大の字に倒れ込む。
「もう一歩も動け――」
「飛べ。」
「……へ?」
休憩すら許されなかった。
ライガスが無言で崖の向こうを指差したため恐る恐る視線を向けると、そこには谷底を流れる巨大な大河が広がっていた。
「え?」
「飛べ。」
「いやいやいや!」
悠真は慌てて崖際へ駆け寄って下を覗き込んだが、その瞬間に全身の血の気が引いた。
谷底を流れる大河は遥か下にあり、落ちれば助かるかどうか以前に、自分がどこへ落ちたのか分からなくなりそうな高さだった。
「めちゃくちゃ高いですよ!? 死にますって!」
必死に訴える悠真だったが、ライガスは真顔のままだった。
「安心しろ。」
その自信満々な言葉に悠真は少しだけ期待した。
しかし――
「俺は飛んでも死なん。」
「俺は死ぬんですよ!!」
「下は川だ。問題ない。」
ライガスにとっては本当に問題ないのだろう。
だが一般人の悠真にとっては大問題だった。
「問題しかないですよ!」
だがライガスは聞く耳を持たなかった。無言のまま悠真の背中へ手を添えると、そのまま軽く押し出す。
「行け。」
「ちょっ――」
ドンッ。
「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
次の瞬間、悠真は見事に空中へ放り出されていた。
猛烈な風が全身を叩きつけ、景色が凄まじい勢いで流れていく。
「死ぬぅぅぅぅぅぅ!!」
(クソジジイ!! 見てるなら助けろぉぉぉぉ!! お前が俺を異世界に送ったんだろぉぉぉぉ!!)
悲鳴を上げながら落下すること数秒。
やがて眼下を埋め尽くしていた大河が視界いっぱいに広がり――
ドボォォォン!!
巨大な水柱が上がる。
全身へ叩きつけられる衝撃に意識が飛びかけたが、どうにか浮かび上がった悠真は必死に水面へ顔を出した。
「ぶはぁっ!!」
激しく咳き込みながら必死に呼吸を整える。
「げほっ! げほっ!」
肺の中へ入った水を吐き出し、震える手で川岸へしがみついた。
「い、生きてる……。」
(マジで死んだと思った……。あと少しで人生二回目の死亡だったぞ……。)
岸へ視線を向けると、ライガスが腕を組んだまま待っていた。
「死なんと言っただろう。」
(殺しかけたのお前だからな!?)
悠真のツッコミは当然口には出なかった。
そして地獄はまだ始まったばかりだった。
翌日からは夜明けと共に歩かされ、山を越え、谷を越え、川を渡り、日が沈むまでほとんど休憩もないまま進み続けることになる。
水を飲む数分以外は立ち止まることすら許されず、夕日が山の向こうへ沈む頃には悠真の足は棒どころか丸太になっていた。
「ま、待って……もう無理……足が……。」
悠真は今にも魂が抜けそうな声を漏らし、その場へ膝をつく。もはや足は自分のものではなく、誰かに丸太でも取り付けられたような感覚だった。
ライガスは足を止めて振り返ると、意外そうに片眉を上げた。
「ほう。途中で倒れると思っていたが、根性だけはあるようだな。」
悠真は青白い顔のまま親指を立て、今にも死にそうな笑みを浮かべる。
「じぇ……じぇ~んじぇん……だ、だいじょおぉぶでしゅ……。」
説得力は皆無だった。
その言葉を言い終えた瞬間、悠真の身体は糸が切れた操り人形のように前へ倒れ込む。
バタッ。
ライガスはしばらく無言でその姿を見下ろしていたが、やがて小さくため息を吐いた。
「……全然大丈夫ではないな。」
そう言うとライガスは悠真の襟首を片手で掴み、荷物でも運ぶかのように軽々と持ち上げた。
「うぅ……。」
完全に意識を失った悠真は白目を剥いたまま揺られていたが、それでも口だけは動いている。
「か、金貨……五百枚……。にーと……。」
人間への復讐を熱く語っていたはずの男とは思えない寝言に、ライガスは思わず眉をひそめた。
「変わった奴だな。」
復讐を口にしながら、夢の中では金の話ばかりしている。
ライガスは呆れたように息を吐いたが、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
もっとも、そのことを悠真が知る由はない。




