大蛙はもも肉がうまい
※カエル回です、苦手な方はご注意ください。
僕が巨大なカエルから皮を剥ぎ取ると、背後から「げえ……」とうめき声が聞こえた。
「お前それ、本当に食うの……?」
「そうだけど」
「毒とかさあ……なんか変なイボがあるぞ」
「ちゃんと皮を剥いで加熱するし、僕は毒に耐性があるから」
「でも……」
僕は振り返って男を睨んだ。
「もう黙っててくれない?」
「だって。お前がそんな変なものを食うのは、俺にパンを譲ったからだろう?」
「違うけど?」
男が怯んだ。
「え、違うの」
「違う」
カエルの魔物から魔石を取り出して、魔法できれいにして仕舞う。大きいカエルだ。人が飲み込まれてしまうほどの。もっと大きくなる個体も存在する。冒険者が丸呑みされることがあって、腹の中に装備品が残されていたりするけど、こいつが直接の死因になることはまれである。飲み込まれてもすぐに吐き出されるからだ。間違って飲み込むだけで、人間は好きじゃないらしい。じゃあ無害かというと、そんなことはない。冒険者からはひどく嫌われている。誰だってカエルの腹の中に入りたくなんかない。
僕はこのカエルをソテーにして食べようと思った。食用目的で近づいたのだけれど、目の前でカエルの腹がおかしな具合にうごめき、冒険者がひとり、吐き出されたのだ。それがさっきからうるさいこの男である。
消化液でべとべとの男を、洗ってやるなんてことは、僕はしない。ただ放置して食事の用意をしようとした。男は自力で立ち上がり、洗浄魔法で消化液を落とし、何故か僕に礼を言ってきた。僕、何もしてないのに。話している最中、男が空腹だと言って、自分の荷物を確認したんだけど、携帯食はカエルのせいで駄目になっていた。仕方なく、僕が持っていたパンをひとつ分けてやって、今に至る。
「焼いたら食えるのか、それ」
「普通の人には毒だよ。吐き気や腹痛で苦しむことになる」
「そうなのか……」
食えたらいいのに、と思っていそうな男に、ひとつ教えてやることにした。
「キエラ草ってあるでしょ、第2階層によく生えてる」
「ああ、毒消し草な」
「あれをつぶして絞るか、煮出して布で濾した液に魔物の肉を漬け込むと、半日くらい置けば毒が抜けるよ」
「本当か!?」
「味は保証しない。でも、どうしても食べてみたいなら試すといい。食料を失くした時とか、役に立つかもね」
ほんの気まぐれ、半分嫌がらせ。そんなつもりで知識を提供した。だって。この方法は確かに毒が抜けるけど、キエラ草自体が凄まじく苦くて、肉の味も台無しになるのだ。食えるなら食ってみたらいい。本当にまずいんだから。
巨大なカエルの脚から肉を切り出す。関節で切り離してもいいけど、大きすぎて食べきれないことはわかっている。食べる分だけもらって、後は放置しておけば、他の魔物の餌になるだろう。つまり、ここに居たら『食事』をしに来る魔物と鉢合わせることになる。肉を手早く油紙に包んで、移動した。
大蛙のもも肉は塩焼きが美味しい。スープにするのも悪くないけれど、シンプルな味付けで十分だ。塩を振って、串にさして、焚火で焼いていく。
「おい。なんか……変なにおいがするぞ」
自分の分のパンを食べきった男が、眉間にしわを寄せて言った。
「やっぱそれ、毒なんじゃないのか」
「毒だよ?」
さっきから、そう言ってるじゃないか。
「僕は食べても大丈夫だから食べる。あんたはやめた方がいい。下手したら死ぬよ」
「まじか……」
食べ終わったなら帰り道でも探せばいいのに、男は僕の側から離れない。
「まだ何か用?」
そう言って軽く睨んだら、申し訳なさそうに「実は」と言った。
「荷物がほとんど駄目になったから……水がなくて。ここから転移魔方陣まで歩くのはちょっと不安なんだよ」
「ああ……」
確かにこの近くには帰還用の魔法陣がないか。
「水を分けて欲しいってこと?」
「いや、もし可能なら、一緒に街まで――」
「断る」
きっぱりとそう告げた。
「僕は誰かと一緒に行動するつもりはないよ」
「気持ちはわかるけどよ」
自身もソロであるらしい男が言った。
「最近ギルドもうるさいだろう? 誰かと組んだ方があれこれ言われなくて済むし。だからさ、とりあえず帰り道だけ、お試しってことでどうだ?」
僕は首を横に振った。
「予備の水筒があるからあげる。返さなくていいよ」
男の手に水の入った水筒を押し付けた。水生成機能はない安物だ。
「流石にそれは」
「わからない?」
僕は男を睨んだ。
「いちいち食事のたびに『うげえ』とか『うわー』とか言われたくないの。そんなの仲間じゃないでしょ」
「あ……」
言葉に詰まった男を無視して、大蛙のもも肉にかじり付いた。
「……うまいのか、それ」
まだ話しかけてくるのか。こいつ、結構図太いな。
「僕にとっては、ね」
他の誰かとは共有できない。そんな思いを込めて言えば、男はようやく立ち去っていった。




