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シモン中央学園の問題児達は斯く語りき  作者: 糸又 字四
「自己を厭い続ける」
20/41

自己同一性の定義について

――――シモン中央学園・医務室前/夕方――――


会議を終えた翌日、授業を終えて生徒が寮に帰ったり市街に遊びに出ている頃、僕はマキナが休んでいるであろう医務室の前にいた。

理由は単純、自身の生徒が怪我をしたらお見舞いをするのが筋である。


⋯⋯あんま関わりたくないというのが本音だが、如何せん先に見舞いに行ったカリスタに『先生も行きなさい』と言われてしまった。行かなければ小言を言われることは明白だ。


少しばかり覚悟を決めて、医務室の扉を開く。

消毒液の匂いがする清潔な医務室を歩きながら、カーテンで包まれている彼女のベッドに向かう。


「⋯⋯質問、誰?」


「先生だよ」


ベッドに横たわっているマキナは、全身が包帯に巻かれて呆然と天井を見ていたが、僕がカーテンを開くと首だけを動かしてこちらを向いた。


「⋯⋯疑問、その荷物は?」


「お見舞いついでに色々暇つぶしの品を持ってきてね、流行り物の小説とか勉強道具とか」


「⋯⋯⋯⋯」


眼前の彼女から返答はなく、ただ呆然と窓の外の景色、近づく夏の気配でもうもうと生い茂る木々を眺めているだけだった。

あの日の出来事は『魔術の影響による錯乱』としてのカバーストーリーで覆い隠された。僕ら大人を除いて、子供達はよくある普通の出来事として日常の一つとして消費したことだろう。


このような陰謀策謀権謀術数は、アルビオン王国では珍しくないし、この国以外でも珍しくない。一見綺麗のように見える舞台だとしても、その下では屍山血河と汚泥のような欲望が入り混じっている。


きっとマキナ・マクスウェルも、そのような欲望の一つで産まれた子供なのだろう。


「その様子を見るに、何も食べていないのだろう?ほら、果物でも食べるといい」


「⋯⋯んぁ」


ベッドの側で長い事放置されていたのか、少し萎びている一口サイズに切られていた果物を進めると、彼女は口を開いた。

え、なんだいこれ、食わせろってことかい?ギリアウトじゃないかこれ?教師が生徒にあーんとか事案じゃないか?辞職したいとは言ったがそんな理由でクビになるのは流石に御免被りたいんだが?


⋯⋯まぁ彼女の骨折している両腕では食べられないだろうから、仕方あるまい。


「少し萎びているけれど、何も食べないよりかはマシだろうから、よく噛んで食べるんだ」


「⋯⋯ん」


その小さい口に果物を運ぶたび、彼女は無表情だが一生懸命に咀嚼する。

うーむ、なんだ小動物のペットみたいな愛くるしさがある。黙っていれば綺麗なのは育ての母親(先輩)に似たのだろうか。


しばらくして、皿の上で切り分けられた果物がなくなった頃、マキナは誰に問いかけるわけでもなく、外の景色を眺めながら独り言のように話し始めた。


「⋯⋯母は、なぜ私を連れ出したのか、わからない」


彼女の母、となると僕の先輩であるラプラス・マクスウェルのことだろう。


「最初の記憶は、真っ白な部屋、窓のない空間、白衣の人達、髪の長い白衣のタラッサ(海洋生物)、私と似たような姿をした5人が一緒。それは、生きる上で不都合がなく、障害もない場所。たまに白衣の人に連れられ、部屋から出され、何かを施され、それで元の部屋に戻る、それがその頃の私の世界で、全て」


淡々と、彼女は原初の記憶を思い返しながら話す。


「私と似た5人、キリエ(天使)が3人、私を含めたメフィスト(悪魔)が3人で、見た目は私よりも大きかった人。時間がすぎる度に、部屋から出てわからないことをする度に一人、また一人居なくなったあの人達、最後に私は、一人になった」


「一人になって、しばらく経ったら、母が来ました。その時の母は、怒ったような顔をしていた。でも私は、どうして母が、私を助けたのかわからない。あの部屋は、世界は、生存するのには最適だし、不都合がなかった。どうしてあの世界を壊して、私をこの学園に入学させたのか、私は今でも、わからない」


「あの世界が恋しい訳じゃないです、あの部屋が嫌いというわけじゃないです、あの人達に会いたいというわけじゃないです、あの場所は、生存するのにこれ以上ないほどに最適でしたので、どうして生存に不利な選択を取ったのか、理解出来ない、それだけ、で」


果物を握りつぶしジュースを作っていると、彼女はこちらを向いて問いを投げかけた。


「先生に質問、もしも自分が()()()()()()()()()()()のならば、その役を果たすべき?」


「⋯⋯わかりきっていることに答えるほど先生は優しくないよ」


「じゃあ、私が生まれた、意味は?」


少しばかりの人間味が込められた声色で、少しばかりの感情を持った表情で、彼女はまくしたてるように言葉を紡いだ。


「母は笑って教えてくれませんでした、白衣のタラッサ(海洋生物)は、私と会話をしませんでした、だから、私は、私が生まれた意味がわかりません。人から産まれていれば、生きる意味が、わかるかもしれないのに、産まれていないから、わかりません」


悲痛といえば悲痛であり、無知と言えば無知と形容できるその考えを、彼女は吐露した。

それに心が傷まないわけではないが、ここで彼女を肯定したり否定することをするのは悪手だ。


今でこそ成り行きで教師という、人に教える職業をやっているわけだが、本来の僕は人を教え導けるような人間ではない。

人を殺して人の未来を閉ざした人間が、人の未来を固定するような真似をしてはいけない。


「⋯⋯君はそのコンプレックスを否定してほしいだけじゃないのかい?自身が兵器として生まれたかもしれないという、見たくない事実を否定してくれる第三者を求めているだけじゃないのかい?自らのアイデンティティを持てていないことが不安でたまらないから、他人に決めてほしいだけなんじゃないかい?」



――――――だから僕は、徹底して突き放した。


その行為は見る人によっては大人げない行為かもしれないし、ある人から見たら追い込むかのような弁舌かもしれない。

けれど僕は、マキナ・マクスウェルという子供の悩みに答えられるほどの人間じゃないし、彼女という不安定な子供に安っぽい言葉を投げかける無責任な大人じゃない。


だから否定して、拒絶して、突き放した。


依存されないために

執着されないために

呪いにならないように

僕の軽はずみな言葉が、彼女の人選における指針にならないように。


自身のアイデンティティは長い時間をかけて構築されるのだから、自身で構築して自らが選択して決めなければいけないのだから。生まれたての赤子のような精神性を持つ彼女を、無責任な言葉一つで人生を決めさせてはいけない。



たとえそれが、彼女にとって地獄だろうとしても、。


「⋯⋯⋯⋯っ、じゃあ――――――」


マキナの鉄面皮が崩れた瞬間、その静寂かつ悲痛な雰囲気が霧散する。






詩的に言えば『非日常がわざわざ足音を立ててくる筈がない』し、『異常は唐突に現れるからこそ異常である』と言う事に尽きるのだろう。


唐突に現れたの真っ黒な影が、先程までマキナが眺めていた医務室の、開かれている窓に足をかけていた。

少しの音もなく、微塵の気配もなく、その瞬間を気取ることすら出来ないほどに、彼はそこにいた。


全身を真っ黒なカーテン生地のような布で包んでいるのは、体格を分からなくするためであり、隠し持った武器をバレにくくするために。

そしてなによりも、()()()()()()()()()()()()()の発生源が、自分だとわからないように。


唐突に現れた彼は僕に向けて跳躍し、片手に持ったナイフを振りかざしてきた。




――――――どうやら僕は、ジキル・H・パニームについて話さなければならないらしい。

『自己同一性』

アイデンティとも呼ばれる。

ある心理学者が提唱したものであり「自分が何者であり、どのような人間であるか」という主観的かつ一貫した感覚。

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