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シモン中央学園の問題児達は斯く語りき  作者: 糸又 字四
「自己を厭い続ける」
18/42

機械仕掛けと怪猫についての議論

――――シモン中央学園・会議室/夜――――


マキナの騒動から少し時計の針を進めた頃、僕を含んだ幾ばくかの教師は古木と紅茶の香りがする会議室に集まっていた。


「それで、マキナの体調はどうですか?フローレンス先生」


「現在は安定しています」


そう答えた彼女は『クリミア・フローレンス』という女性だった。

シモン中央学園の保健医であり魔術学会の医療責任者として勤務している人物、その見た目は全身どころか顔にまで広がった傷痕が特徴的な、スカーフェイスのブラムストーカー(吸血鬼)だ。


「即退院とは行きませんが命に影響はないです⋯⋯まぁ、往来の虚弱体質はありますし、あちこちの骨は折れていますが」


「そもそも、なぜあのような状況に?」


手元の生徒資料を見ながら僕に質問したのは『ファラグス・フランクリン』であり、総合運動室で隣りに座っていた会話相手であり、カリスタ達と決闘をした『アンナ・コットイーナ』のクラス教師。


「それは決闘の方ですか?マキナ・マクスウェルのあの暴走についてですか?」


「どちらかといえば決闘の方ですかね、暴走も気になりますが」


「決闘の理由は単純です。アンナ・コットイーナがマキナ・マクスウェルに水をぶっかけて、近くにいたカリスタ・アルブレヒトが腹を立てて決闘を申し込んだ、という感じですね」


「あぁ、カリスタさんですか⋯⋯となると、なぜアンナさんがそのようなことをしたのかが気になりますね」


彼女ならばやりかねない、という顔をしてからフランクリン先生は疑問を抱え、その問いに答えたのはフローレンス先生だった。


「そちらは私が知っています⋯⋯アンナさんの祖父は軍人で、十年前のロマノフ帝国との戦争である雪杖の争いで、メフィスト(悪魔)の傭兵に殺されたそうです。彼女の友人らも似たような過去がありました」


「それは⋯⋯よくご存知ですね、フローレンス先生」


驚いたような顔をするフランクリン先生、どうやら担当教師ですら知らなかった過去らしい。


「えぇ、彼女の祖父の遺体を回収したのは私ですから⋯⋯私がもう少し早くあの場に辿りつていれば、このような事態にはならなかったかもしれなせんがね」


過去のことを悔やんでも仕方ないとは、理解していますが。と、付け加える。

その表情があまりにも沈痛な面持ちだから、僕は思わず口を開いてしまった。


「⋯⋯やるせないですか?」


「勿論です、それに元はといえば()()()()が大きな病巣とも言えます。メフィスト(悪魔)が主要民族であった国家のバベルが滅んだ結果、一部のメフィスト(悪魔)を除いた大半は流浪の民になってしまいましたから」


「バベルに属していたメフィスト(悪魔)は、今も大半が真っ当な職業にありつけていないのが現実ですからね」


実際、傭兵として戦場を駆け巡っていた頃に出会った傭兵は、多種多様な種族かつ様々な事情を抱える人物がいたが、その中でもメフィスト(悪魔)は数が多かった。


敵国の軍人ではなく、荒野を流離う傭兵に狙われて死んだのならば、それは華々しい散り方ではないだろう。

それに同情しないといえば嘘になるし、何も思わないような人間ではない。


だからといって慰めの言葉は持っていないし、それは彼女にとって薬ではなく毒になるだろう。


「ところで、あのマキナ・マクスウェルの状態はどう思いますか?フローレンス先生」


「恐らく暴走に近いかと思われます、橘先生。しかし不思議な点は、冷静で大人しいマキナさんがあそこまで不安定な精神状態になるという点です」


「精神干渉の可能性はどうです?フローレンス先生の魔術適性はその手の類のものだとお聞きしましたが」


「⋯⋯私の場合は脳内の分泌物質の操作によって鎮静と興奮を操りますが、あのような複雑な行動を取らせようとなると、その分魔術の影響が深刻になり脳に障害が残ります。精密検査はしましたが脳になんらかの痕跡が残っていないので、精神干渉の線は薄いでしょう」


「まぁ、直接戦った私からしても理性があるような動きが多かったですね」



―――――さて、なぜこのようなことをしているかを話そう。


本来、生徒によって魔術の暴走が起きたとしてもこうはいかない、悪くて始末書を書く程度だ。

今回のケースも、毎日とは行かないが日常の出来事と言えよう。


ただしそれは『メフィスト(悪魔)キリエ(天使)の光輪を持った』という状況が普通ならば、という話だ。


多分どころの話じゃなく、バレたら確実に問題になる。


具体的にはキリエ(天使)の聖地とされる『ベツレヘム』との外交問題だ。

宗教的なあれこれや外交的などのそれどれはあまり知らないが、古くからキリエ(天使)メフィスト(悪魔)は敵対している。

歴史の教科書見れば数多の争いが書かれているように、少なくとも数千年前からこの二種族は敵対している。

戦場でもメフィスト(悪魔)キリエ(天使)のなぶり殺したり、キリエ(天使)メフィスト(悪魔)の頭蓋を撃ち抜いたりという光景を飽きるほど見て来た。


そしてそんなキリエ(天使)の頭上にある光輪は『主』、つまりキリエ(天使)が信仰している宗教の神から賜ったものとされている。

そんな聖遺物じみたモノを、常日頃敵視しているメフィスト(悪魔)にが持ったとなると、それはさぞ面倒なことが起きるだろう。


⋯⋯辞職届出せないかな、ダメかな、ダメだろうなぁ、あの後輩(セフィラ)相手じゃ。


「あの場でマキナ・マクスウェルの光輪を見た人物はどうしますか?⋯⋯勿論殺しはしないでしょうけど」


半分冗談で、半分ソッチのほうが楽だという思いを込めながらそう発言すると、木材だというのに重厚な扉を開けて入室する人物がいた。


「そっちは黒杖官が一人連絡に来てね、連中ががどうにか隠蔽するってさ。全く、どこから見てるのかわからん奴らだよ」


その人物は大きなとんがり帽子を被っており、その特徴でこの場にいる僕を含めた三人は、彼女が伝承学派代表のドロシー代表だとすぐに分かった。

僕含めた全員は思わず立ち上がろうとしたが、ドロシー代表は片手で軽く指示を出し、そのままで良いという意思を伝える。


そして、黒杖官という言葉を聞いて真っ先に口を開いたのは、意外にも黒杖官の()()を知っていたフランクリン先生だった。


「黒杖官と来ましたか⋯⋯随分と大事になりそうですね⋯⋯いや、本当に」


「はんっ、当たり前だろう?なんせあんな面白いことが起きちまったんだからね、連中が動くのは決まっているだろうさ」


黒杖官。

ドロシー代表が語って、フランクリン先生がげんなりとした顔になったその役職について、僕は少なからず知っていたし、暗殺者兼傭兵をしていた時に()()()()()()()()()()

味方ではなく、追跡者として。


アルビオン王国の王室が直々に任命し、黒い杖を直接下賜されるから黒杖官と呼ばれる存在。

それはこの国、アルビオン王国の最大の勲章にして、最高峰の栄誉であり、最上の忠誠を認められた勲章。

だがそれは表の側面であり、裏では王室直属の特務部隊という側面を持つ。


だがその裏の側面を一般市民で知るものはいない、それこそ魔術学会の重鎮や裏社会の人間くらいなものだ。


「まぁ情報工作とかは黒杖官の奴らに任せとけばいいだろう、アイツラはそれが大得意だからな⋯⋯そんでもって橘、お前さんはあの生徒(マキナ)について知っていることはあるかい?あるってんなら洗いざらい吐きなぁ」


「残念ながら、マキナ・マクスウェルについて分かることが私も少ないんですよねぇ⋯⋯あの特別対応教室の生徒資料を学園長に手渡されましたが、なにしろ一番記述が無いので」


呆れと疑問を混ぜながら、僕はドロシー代表に返答する。

僕とセフィラの『先輩』の関係者であることは判明したが、それ以外の基礎的な情報を除いたら殆どを知らない。

端的かつ簡潔に言うと、マキナ・マクスウェルの()()を知らない。


生徒の詳細が書かれた資料は手渡されたが、ダントツでマキナの情報だけが少なかった。暗殺者としての感であるが、あれは恐らく()()()()消されているモノだと言える。


不穏な考えを切り裂くようにして、再び重厚な木製扉が開かれる。現れたのは見知った顔だった。


「マキナ・マクスウェルに関しては私が語りましょう」


それは後輩であり、現学園長のセフィラ・ソフ・オウルだった。


彼女は立ち上がって挨拶をしようとした僕らを止めて、上座に移動しながら淡々と解説を始めた。


「さて、本事件の主要人物であり混乱の元となったマキナ・マクスウェルですが、お察しの通りラプラス・マクスウェルの養子です。ですが残念ながら、連れてきたラプラス・マクスウェルが語ってくださらなかったので詳しいことは断定できません⋯⋯が、一つだけ、確定的な情報があります」


セフィラは一呼吸置き、人差し指を立ててから発言した。




――――――彼女、人間から産まれておりません。


その発言に、各々が独自の反応をする。

フランクリン先生は驚愕と困惑に染まった表情を。

フローレンス先生は嫌悪と憤怒に満ちた表情を。

ドロシー代表は皮肉的だが、やはり楽しそうな表情を。

そして僕は、恐らくだが『やっぱり』という表情だろう。


セフィラはそんな僕らに微笑みかけてから話を続ける。


「畢竟、マキナ・マクスウェルは人造人間であるということです、さながらホムンクルスのように作られた存在であると、ラプラス・マクスウェルは話しておりました⋯⋯少しは想像、いえ、感づいていたでしょう?フローレンス先生」


「⋯⋯薄々感じてはいました、いくつかの気になる点がありましたので」


セフィラはクリミア・フローレンスの方に顔を向け、尋ねられた彼女は眉間にシワを作りながらも肯定する。


「まず第一に、肉体も魔術適性も()()()()()んです、さながら()()()()()()()()()()()()()()()ように、緻密かつ精密に作られた工業製品のように。次に魔術適性が問題でして、理論学派のエネルギー関連以外の全てが発動すら出来ないだなんてのは見たことがありません。簡潔に言えば、彼女の異常性は魔眼などの先天的な疾患、()()()()()()()を持っているということです」


「概ね正解です、素晴らしい観察眼ですね?フローレンス先生」


「⋯⋯率直に言えば、今すぐにでも彼女の過去を調べたいところですがね⋯⋯このような倫理観のない実験を行った人物がいるのならば、今すぐにでも、特別な治療手段を、施したいですがね」


パチパチと、病人のような手で軽い拍手を行うセフィラに反して、フローレンス先生の表情は嫌悪と憤怒に染まり、手元の資料を握りつぶしていた。

魔術学会の医療責任者という立場であるから、このような道徳もへったくれもないような実験は気に入らないし腹立たしいのだろう。

もしくは、往来の気質なのかもしれない。


だがセフィラはさて、と、その場を仕切り直すように言ってから話を切り替えた。


「それとこれは推測の情報、というよりもほぼ確定的な情報ですね⋯⋯率直に言えば、今回のマキナ・マクスウェルの事件には怪猫(キャスパリーグ)の関与があると思われます」


「⋯⋯たまたまという可能性は?どのような保証があるので?」


認めたくないのか、フランクリン先生がキャスパリーグの関与が証明できる証拠の提示を求める。

当然と言えば当然だ、なにしろキャスパリーグはおいそれと話に出して良い存在ではない。

かつて国をアルビオン王国を襲った大災にして災害、180人の古兵を葬り去った一騎当千の怪猫。

出していいのはジョークか舞台の上くらいである。


だが、キャスパリーグの案件は、僕が思っている以上に上の人物すら関わっていたらしい。


「アングルシー家の魔術によるキャスパリーグ復活の予言、その魔術が偽りでないという会長の御言葉、女王陛下の予知夢、この3つが保証でないのならばないですね」


その3つが意味するところは、まぐれの可能性は微塵どころか一切ないということである。最早0といっていい。


「⋯⋯可能性がないというのならそう言ってくださいよ、学園長」


「キャスパリーグの方はそれほどまでの案件である、とだけお考えくだされば良いですよ、フランクリン先生。まぁマキナ・マクスウェルの方が大変なんですが⋯⋯」


「⋯⋯いっそ殺しますか?マキナ・マクスウェルを」


「それも一つの候補ですが、殺したとして彼女の養親が黙っていると思いますか?あのラプラス・マクスウェルが、あの倫理の盾でありながら剣でもある彼女が、ただ黙って何もせずに、自身の養子を殺させてくれると思いますか?」


「⋯⋯⋯⋯まぁ、はい」


ほぼ冗談だったが、その未来はセフィラの強い語気による発言で閉じた。

良くも悪くも、あの平等な先輩が養子にしているのだから、先輩はマキナ・マクスウェルを特別扱いしているのだろう。

そんな養子のマキナを殺したのたならば、半殺しどころか普通に殺される。つまり実行犯の僕が死ぬ、なんなら指示したセフィラも死ぬ。


あの人は多分、僕やセフィラといえど躊躇いなくするだろう。


「というわけで、キャスパリーグはともかくマキナ・マクスウェルの事件は他言無用でお願いします、後ほどメフィスト(悪魔)()()を行いますので、どうかご協力お願いします」


「実質拒否権無いですよね?」


「拒否はできますよ?この場で私とドロシー婦人を返り討ちにして逃亡できるのならば、ですが」


「無理ですよね?」


僕はそう言うが、セフィラ後輩は変わらず微笑むばかりであった。

しかし、そのように重苦しい責任で固まった空気は、フローレンス先生の口から飛び出た唐突な発言で砕かれた。


「まぁそれはさておき、今この場においては橘 立花さん、貴方のほうが問題です」


「えっ」


「マキナ・マクスウェルさんの暴走を止めたのに検査をしていないでしょう?早急に検査して怪我の具合によっては入院せねばなりません」


「はははフローレンス先生は随分と仕事に熱心ですねでは私はお先に契約をしてくるのでこれにて失礼します」


「ならば特別な治療手段を用いますがよろしいですね?よろしいようですね執行します」


割と本気で逃げようとしたが、凄まじい速度で追いつかれて捕まった。

何なんだあの人。

『光輪』

キリエ(天使)の頭の上に浮かんでいる輪っか、ヘイローとも呼ばれる。

かの種族、キリエ(天使)が信仰する『主』から授かった聖遺物じみたもの。

寝ようとしてもめっちゃ光る、人もいる。

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