差別と偏見は何処へでも付く
――――シモン中央学園・廊下/昼――――
今から70年と少し前、記録歴948年に歴史的にも政治的にも大きな事件が起きた。
歴史の教科書で『列強大戦』と語られるそれは、列強諸国を巻き込んだ大戦争といって差し支えない争い。
数々の政治的思想や歴史的要因があったのだろうけれど、今この場においてはそれらは重要ではない。
重要なのは、元来被差別種族として扱われていたメフィストの国家『バベル』が亡国となり、バベルという単語がただの地名となったことである。
敗者がすべての責任を負うのは戦争であって例外ではなく、敗戦国の主要種族であり、メフィストのためだけに建てられたバベルが負ければ、ただでさえ差別されているメフィストが更に差別されるのは道理だ。
なによりも、メフィストであるマキナ・マクスウェルが差別されるこの光景自体が、それを証明している。
「あぁごめーん、手が滑っちゃってね?」
「あはは、びしょ濡れじゃん!」
マキナにバケツに入った冷水を浴びせた女子生徒とその取り巻きの二人は、嘲るようにしてそう言った。
口では滑ったと言っているが、それは誰がどう見たって、振りかぶって放り投げないと届かない距離だ。
「⋯⋯奇妙、この距離で手が滑ったとしても届かないはず」
しかしマキナは何処吹く風とばかりに、全く気にしていない様子。
そのような態度が癪に障ったのか、少し声を張りながら女子生徒は話し続ける。
「⋯⋯なに?私がわざとやったって言いたいの?」
「妥当、状況証拠的に人為的可能性大」
「あはっ、でもしょうがないでしょ?悪魔だからこれくらいされて当然じゃん?」
「うっわ!悪魔ってやっぱ嘘つきなんだ!?」
リーダー格らしき少女は侮蔑の視線をマキナに送り、取り巻きの少女三人は囃し立てるように煽る。
⋯⋯さてどうするか、普通の優しい先生なら彼らを叱ったりこの場で叩きのめすのだろうけれど、流石に自分の担当ではない生徒にやったら怒られるのは確実だろう。
それにここで手を出したら、少なくとも僕の印象は「生徒に手を出した教師」というものとなるだろう。そしてそんな教師に推薦状を出したセフィラの印象もまた、悪いものとなるだろう。
――――いや、まぁいいか、僕が責任を取ればいいだけの話だし。
そう思ってリボルバーの弾倉が刻まれた手袋に魔力を流そうとした瞬間、僕の隣から怒りが込められた声が聞こえた。
「ちょっと、流石に今のは聞き捨てならないのだけれど」
「⋯⋯なに?関係ないでしょ、お前は」
無論、その声はこの状況を傍観することができなかったカリスタだ。
彼女は明らかに不快な表情をしながら、マキナをかばうように前に出る。
「友達を馬鹿にされて我慢できるほど私はお気楽じゃないの、アンタと違ってね」
「⋯⋯悪魔と友達だなんて、天才サマは随分と優しくなったんですね?」
「そっちこそ随分と安っぽい挑発ね、そんな口舌だんてお里が知れるわ」
「っ⋯⋯関係ないくせに、自ら割り込んでくるのは治らないんですね?」
「ああそう?じゃあ私にも水がかかったからそれでいいわ、それで割り込む理由になるわ」
まさしく売り言葉に買い言葉といったような状況だったが、カリスタが次に発した言葉で事態は変わる事となった。
「貴方は私の友を侮辱し、友の名誉を汚し私を不快にさせた。今ここで、私は貴方に決闘を申し込む」
カリスタは懐に持っていた杖を、眼前の女子生徒に向けて宣言した。
――――シモン中央学園・総合運動場/昼――――
僕が座っている最前席からでも分かるくらいに、観客席は決して少なくない観客に囲まれていた。
敷き詰められたタイルの上には六人の生徒が立っている。
片方は無表情のマキナ・マクスウェルと、不快そうな表情を隠そうともしないカリスタ・アルブレヒト。
片方は気の強そうな女子生徒とその取り巻きの三人。
先程カリスタが言っていた通り、正しく決闘という厳かな雰囲気が運動場一帯に満ち溢れていた。
しかし僕はその『決闘』というのを知らなかった、より明確に言えばこの学園における決闘のルールについて知らなかった。
なので僕と一緒に最前席に隣に座っている、気の強そうな女子生徒達のクラスを担当している教師に聞くことにした。
「あの、すみませんフランクリン先生、この学園における決闘の規則って何でしたっけ?寡聞にして存じ上げなくてですね」
「この学園の決闘は単純ですよ、魔術によって構築された場から離れることなく、先に魔術を当てたほうが勝ちというものです⋯⋯しかし橘先生、まさかシモン中央学園を卒業している上に学園長から推薦状をもらっている貴方が決闘を知らないとは、一体どんな冗談でしょうか?」
「あぁいえ、大学在学中で気に食わないやつはその場で叩きのめしてきたので、決闘の機会がなかったんですよ」
今でこそ多少考えるクセが付いたが、というか付けさせられたが、在学中は即座に殴りかかっていた。
皮肉を言われたら拳で答え、舐められているならば暴力で返す。
しかし今はそれが駄目な行為だと理科し、少しだけ考えてから行動する事ができるようになった。さながらアンガーマネジメントのように。
人間というのはいつだって成長するということである。
「⋯⋯ところで話は変わりますが、橘先生はこの決闘、どちらが勝つと思いますか?」
「どちらが勝つと言われましても⋯⋯結局のところ、魔術師同士の戦いは相性勝負ですからね」
魔術師同士の決闘は相性によるものが大きい。
火は水に弱く、水は土に弱いといったように、相性が不利相手と戦った場合は、当然相性が有利なほうが勝つ。
ただし魔術師同士の戦いは無限に近い手札と相性があり、それらを即座に判断したうえで対応しなければならない。
さながら多次元パズルのジャンケン勝負だ。
「しかし今回は人数差がありますよ?アルブレヒトさん達に比べて、アンナの方が二人多いです」
なるほど、あの女子生徒はアンナという名前だったのか。
しかし二人といっても、密に連携が取れいていないのならば二人増えたとしても二倍の戦力とは限らない。
「⋯⋯まぁ理屈を捏ねたとしても、今から始まるものを見れば分かるでしょう?橘先生」
「ま、それはそうですね」
折角だし、カリスタとマキナがどれくらい強くなったか、腰を据えて見させてもらおう。
『列強対戦』
この歴史で行われた最大の戦争。
最初期はメフィストと国家『バベル』とキリエ国家『ベツレヘム』、この二国間での戦争だったが、芋蔓式で泥沼に。
最終的にバベルはただの地名と化し、メフィストは再び帰る家を無くした。




