【4】ダンジョン☆チャンネル(緑黄色野菜)
「やばいやばいやばい!めっちゃ強い!!」
臓腑に響くような唸り声に負けないように黒髪の少女が叫ぶ。それが気に障ったのか、眼前に坐すドラゴンの咢が開き、炎が蓄えられる。
「あっちっち!撤退てったーい!!撮影班もてったーい!!」
竜の住まう大広間からどたどたと元来た通路に飛び込み、逃げ出した。もうちょっと耳に残りやすい言い回しのほうがPVも増えるのだが、と思いながら撮影班も後ろをついていく。逃げ出す彼女を後ろから捉え、画面から逃さないようにスマートフォンを向ける。
「あ、ヤバ!また沸いてる!!」
暗いレンガとむき出しの地面が混じった通路を何回か角を曲がると、それなりに前方に緑の体色をした、世間一般ではゴブリンと呼称される特徴をもつ人型の生物が道に立ち往生していた。距離は数十メートル、数は一体だけだが、うかうかしていると他にもやってくる可能性は高い。
「だったら!」
彼女は腰に撒いたポーチから試験管を取り出すと、ダッシュの勢いをつけて投げつけた。もともと投げることを考慮した(良い子は絶対に考慮しないでください)耐久力の低いガラス容器が、ゴブリンの顔に着弾してパリンと割れる。中を満たしていた刺激性の薬品(唐辛子の粉を水に溶かしたもの)が、ゴブリンの顔を濡らした。
「必殺!カラコロキーック!!」
そして首元にしていたスカーフを口につけなおしながら、全力で跳び蹴りを放つ。スパイクの着いた靴底が、スパイスに濡れた顔面を突き刺した。あんまりな名前の技からお出しされたのは、お茶の間に流すにはあまりにもパンチの効いたヒーローショーだ(良い子は絶対にマネしないでください)。編集がなければ映倫抵触確定である。
そのまま頭蓋を地面に叩きつけながら、ヒーローは地面を蹴って進んでいく。撮影班はゴブリンのカーペットを避けながら、ついでに軽く黙祷しながらヒーローを追っていく。
次の角を曲がった時に、目の前の通路が明るくなる。それは次の一直線の通路の先が出口であることを示していた。締めの挨拶を含めるとあまり時間がないが、間に合うか。
「脱、しゅーつ!はぁ、はぁ…あーと残り時間は…嘘こんだけ!?えーとえーと、というわけで今日の配信はここまで!残念ながら一発クリアできなかったけど、次回は完璧マジ最強な対策を積んでやってきますのでよろしく!おつダンダン〜!…あ、忘れてた!チャンネル登録よろしくね~!」
息を整えながら、両手を正面で振る。笑顔を忘れないのは配信の基本であるが、こうも体力を消耗していてはなかなか難しい。『撮影』が終わったことを向けていたスマートフォンが示すと、彼女はぐてーと仰向けになった。
「いやー…今日はちょっときつかった…」
「まあ、今日は正直ちょっと冷や汗かいたな。暑かったけど」
「だねー、あの炎、当たってたらヤバかったかも」
それを見て、ようやく撮影班が口を開いた。撮影に使ったスマホを弄って、カレンダーとにらめっこをしている。
「知ってるか?火傷って度数があって、3度まで行くと一生残るんだと」
「…それって黒焦げってこと?」
「ああ、ウェルダンだ」
「ホントに当たらなくて良かった!あれでも私また行くって言っちゃったよね?ねえ今から取り消せない?スキンケアにいいスライムがいるって噂のところ行かない?」
「仮にも女子高生がスライムに突っ込もうとするな」
「なんでさ女の子だよ!?」
「女の子だからだろ!?」
確かにそれはそれでPVは増えそうだが、それはかつてあったという昭和という時代のバラエティでしかない。視聴率はネット配信で死んだのだ。
「というか、女の子ならこういうことやるなよ。危ないだろ?」
「うーん…でもせっかく入れるのに勿体ないし…」
そういってむき出しの庭の土から、今出てきた土蔵を見る。開けっ放しの扉の先には、薄暗いレンガと土の通路が広がっていた。
昭和から年号が幾つか変わった後の時代。世は正にダンジョン時代に突入した。比喩ではない。使われていない倉庫、片田舎にある洞穴、滅多に人が通らないトンネルといったものに、突如としてダンジョンが生まれたのだ。
今から5年前、最初にそういったニュースが流れた時、世論は「フェイク乙」という感想で持ちきりだった。しかしそこからまた一件、もう一件と流れていき、ついには世界中で何百件ものニュースが流れてしまったのだから、その世論は死語となった。
なぜそんなにも流れてしまったのか。単純に数が多かったこともあるが、そのダンジョンと言うものが人を選ぶものだったことが一番の理由だろう。
最初、各国の政府は内々に処理しようとこっそり警察、軍隊を派遣していたらしい。しかし、いざ入ろうと思っても見えない壁に弾かれる。ハンマーで殴っても、C4爆弾を使っても、ダンジョンとなった建物は窓一つ壊れなかったのだ。何とかして入る方法を探るうちに、若い人、特に未成年がその部屋の外につながる一番大きな扉から入れる割合が高い事がわかり、彼らに委託する形でダンジョンを攻略することになったのである。
当然、問題は山積みだった。誰がどういう経緯で作ったのか、未成年労働に引っかかるのではないかとかもそうだが、何よりも危険であることだ。ダンジョンと言われるのはただ形が迷路だったからではない。その中には先ほどのゴブリン、ドラゴン、スライムのような、まるでゲームの中からリアリティを増して出てきたような謎の生物がいることが分かったのだ。当然、そういったものは人間に襲い掛かってくるし、それによる死の危険がある。結局、ダンジョンに入れる人間は、入っている間だけ何かしらの特殊能力が付与されるという都合のいい現象が起きたことで一応の解決を見せたが、そんなことを一般人にやらせるのかと、当時は喧々囂々だったという。余談だが、一部の国では銃火器を持たせるといった方法を取ったが、元々銃刀法が厳しい国ではそうも行かない。未成年に持たせて、ダンジョン以外で使われることを危険視され、銃の持ち込みができないのが大半だ。
そして、内部で何をしているのかわからない事も危惧された。単純にダンジョンに挑むメンバーの安否がわからないこと、そして突拍子もない例だが、中に核兵器に匹敵するような武力があり、それが個人の手に渡るような事が起こってしまっては秩序崩壊待ったなしである。ただGPSではその部屋にいることにしかならず、突入するたびに同行する大人を割いていたら人手不足にまで待ってくれなくなる。あれこれ試しているうちに、人類はあることに気が付いた。
これ、ネットは通るんだから動画配信って形にすればよくね?と。
「そう思うなら、まずは目の前のドラゴンだ」
そう言った経緯から生まれたダンジョン配信用携帯端末、通称『Dフォン』を弄り、撮影班はアーカイブ化された先ほどの配信を開いた。スクリーンの中では、3ⅮCGで作られたドラゴンが火を吐き、長い赤髪の少女の姿をした3Dモデルが逃げ回っていた。
これはDフォンに標準搭載された映像加工機能によるものだ。ゲームから飛び出したような、と言えば聞こえがいいが、要はこの世に存在しない生物なのだからそのまま見た場合ショックを受けることもある。そうでなくとも切った張ったをするのだからそのままでは年齢制限ではすまないショック映像にしかならないのだ。そこで、配信に協力してくれた大手動画配信サイトに配慮し、そういった映像をリアルタイムでデフォルメしてくれる非常にハイテクなスマートフォンなのである。ちなみに、この性質状ダンジョン配信者は基本的にはヴァーチャル系に分類されるので、この少女のように姿形は思いのままに弄れる。デフォルトのカスタム3Dモデルや、有志が制作したモデルも使用可能だ。
「うーん。やっぱり炎があると近づけないなぁ。近づいたらこの名刀ギザギザ丸の錆にしてやれるのに…」
「近づけなきゃただの棒と変わらんからな」
そういって取り出したのは鮫の歯のようなギザギザの刃を持つ短剣。ダンジョンからはたまに、こういった武器や謎の薬品、未知の金属が発見されることがある。こういったものを集めてダンジョン攻略の支えにしたり、研究機関に売り払って金にしたりするのもダンジョン配信が多い理由だ。
「そっちは肉体強化、こっちはその補助くらいしか出来ないから、飛び道具が欲しいが…」
「今から銃って持ってこれるかな?」
「確かにダンジョン目的なら免許も取れるけど、一年はかかるぞ?」
「何か投げるのは?火炎瓶とか、シュールストレミングとか」
「火はいてくる奴に炎ぶつけてどうするんだ。あとその最臭兵器、万が一にも持ってきたら絶交だからな」
「ごめんごめん言っただけだって!私も納豆でもうだめな人だから!!」
「なら余計に言うな。いや、今度の息抜き配信で食レポでもすればリスナーも増えるか?」
「後生だからお情けをー!もしやったら生配信でないことないこと言いふらしてやるー!!」
「お前の方がよっぽどひどい脅迫だな!?」
撮影班の脚に縋りつく彼女の姿は、とてもではないがリスナーに見せられたものではない。駆け出して数か月、同接数20人を超えだした視聴者を幻滅させるわけには行かないが、意外と収支はプラスに落ち着くのではないかと思い始めた撮影班の目を、貴様も道連れだと泣きながら睨み返す彼女の姿は世間一般的な好感の持てる女性像とはかけ離れて居た。
「大体、用意するにしたって金と時間がかかりすぎるんだよ。ある程度は国が持ってくれるって言ったって、学生だぞ?」
「そうだよね。ここの家の人だって待たせちゃうわけにもいかないし…」
「あの~」
「「はい?」」
うんうんと悩む配信者たちに声をかけたのはこのダンジョンの持ち主、厳密に言えばダンジョンとなったこの土蔵のある家の家主だった。歳は40後半、少し毛根が薄くなりつつある、穏やかな雰囲気を纏った男性だ。
「それなんですけど、別に後回しにしていただいてもかまいませんよ?」
「はい?いやお気持ちはありがたいですけど、いくら何でもそんなに待たせるわけには…」
「元々この土蔵は長いこと使っていなかったんです。特に取り出したいものがあるわけでもなかったので大丈夫ですよ?」
「でもこのままだと困るから依頼を出したんですよね?せっかく引き受けたのにそれじゃあ面目が立たないですっ」
少女の言う通り、ダンジョンを攻略するにはいくつかの手続きがある。まず一つはダンジョンを見つけた市民が専用の投稿サイトにその情報を送信する。送られてきたデータをもとに、その運営が配信者達のスマホに『依頼』を送り付けるのである。どれを受けるかは当人の自由であり、内容に応じて交通費や配信に依るものとは別に報酬が出るのだ。逆に言えば、どうでもいいのなら依頼を送る必要がないのである。
「実は、元々はこの土蔵を取り壊すつもりだったんです」
「へ?取り壊し?」
「先祖がこの屋敷を立ててからずっとありましたけど、さっきも言ったように誰も使っていなくて…ならリフォームでもしようと思って話が家族から出まして。それで確認した時にようやくダンジョンになってることに気付いたんです。妻がせっかちなのでこうして依頼は出しましたが、できないならできないでそれはそれで問題ないんです。中からモンスターが出てきた、ということもないようですし」
「でもでもっ、家主さんは思い出とかないんですか?」
「…子供の頃、中で遊んでいたくらいなので、今更ですよ」
そう笑う男性の顔は穏やかだったが、若い二人には何か引っかかるものがあるように思えた。
「それより、2人ともお疲れでしょう?妻がご飯を作ってくれたので、良かったら食べていってください。手前味噌ですが、自家製トマトはおいしいですよ」
「うーん…」
「どうした?食いすぎたか?」
「トマトはおいしかったけど、ちゃんと八部で押さえてますー」
残暑が刻々と過ぎ去っていく夜。住宅街を歩く二人の頭は、次回の配信のことでいっぱいだった。
「…自分の家なのに、あんな無頓着なんて」
「しばらく使ってなかったら、馴染みも無くなるさ」
「そうかもしれないけどさ。寂しいじゃん」
「…まあ、そうだな」
「私だったら、自分の家にできたダンジョンに真っ先に飛び込むよ。誰にも渡すものかーって」
「楽しみは誰にも渡さない、か?」
「それもあるけど、単純に嫌じゃない?なんか気づかないうちにそんなことになっていたなんて。まるで自分のこと何にもわかってないみたいじゃん」
「…まあ、そうだけどさ。そういうのってもっと父さんとかが言うセリフじゃないか?」
「住んでる家なのに親も娘もないよ!」
「騒ぐな騒ぐな。ご近所迷惑だ」
「うー…そうなのかな」
「うん?」
「他人の事情に横から首を突っ込むのって、迷惑、かな?」
少女は凛と立ちつつも、その瞳は揺らいでいた。撮影班はその姿にため息をつきながら、配信がバーチャルであることに少しだけ感謝した。
「確かに、ダンジョンだの配信だの言っても、やってることは他人の家の使ってない部屋を使って小銭稼ぎのついでに掃除しているようなものだな」
「うわ。そう言うとすっごいあくどいことしてるように聞こえる…」
「お前が言うな。でもまあ、逆に言えば、そうしないと気づいてもらえないものを改めて見つけてるんだと思うぞ」
「見つけてる?」
「ああ、ここにはこんなものがあるって、何もないわけないって声を上げてるんだ。そうしてやった方が…まあ、家も、報われる、かも?」
「かもって、そこは言い切ってよ」
「仕方ないだろ家じゃないんだから」
「でも、ありがと」
「…次回で突破してやろうな」
「うん!やぁってやるぜー!!」
「だから時間考えろ!そんなうるさくしてるとまたアイツに焼かれるぞ!」
「私が悪いんじゃないもん!叫んでるのにあっちがバカスカ撃ってきたんだもん!」
「だからそれが…あ?」
「どうしたの?牡蠣当たった?」
「正直初めて食べたけどおいしかったよ。そうじゃなくて、それなんじゃないか?」
「それって?」
「アイツ、音がうるさい奴を優先して攻撃するんじゃないか?」
「はーいこんばんダンダダン!!ステゴロ系ダンジョンVtuber、段端ストレーナのダンジョン☆チャンネルにようこそー!!今日も配信に来てくれてありがとー!!今日こそあのにっくきファイヤードラゴンを倒して優勝していくよー!」
一週間後、同じ時刻、同じ土蔵の前にて。配信の基本は同じ時刻にすることである。こうすることで隙間時間が合う人が息抜きに固定層になってくれることがあるからだ。
「今日は準備万端、いやバンダンだからね!もうバシバシ行っちゃうよー!あ、でもちょっとうるさくしちゃうかもだから、イヤホンしてる人は気を付けてねー。では出発!」
挨拶もほどほどに、何か長い袋を背負った少女は出発した。それに合わせて撮影班も歩きながら、ミニチュアカーを取り出した。
これは、通路の先などにモンスターがいないかを確認するための、ミニカメラ付きラジコンカーである。例えば曲がり角のような死角では、モンスターが不意打ちをしてくる例もあった。そういったリスクを避けるための手法の一つとして、子供用の模型車にカメラと制御チップをつけ、即席のドローンとして運用する配信者はそれなりに多い。斥候のため破壊されることも多いが、市販品を改造するため安いのが魅力だ。
そうこうしてるうちに分かれ道を曲がって(ダンジョンの形が変化する事は極稀なので一度探索するとその後やりやすい)、たまに出てきたモンスターを蹴飛ばし、ついに前回けちょんけちょんに燃やされかけたドラゴンの住処の大部屋前。
「さーて、よくぞ来た我が精鋭たちよー!今からあのドラゴンを倒す作戦を教えます!といってもやることは簡単です!」
そういって背負っていた袋を下ろす。取り出した中身は、フレットの付いた指板、金属製の弦、木材を組み合わせたボディとピックガード。
「こいつをかき鳴らしながらアイツの周りでライブします!!」
つまるところ、エレキギターだった。
「あっはははははは!!めっちゃくちゃうるさーい!!」
練習時間2時間のテクニックもクソもない弦がじゃががじゃじゃーんと迷宮内をシャウトする。腕力任せにギュイーンと弦を弾くたびにドラゴンが強制的に負けじと咆哮を上げる。
「うわっぶぶぶこの野郎弾圧には負けないぞ芸術は爆発だー!!」
今日のために耳栓を買っておいてよかったと撮影班は心の底から安堵していた。調達のために立ち寄ったギターショップで試していた時、一切の躊躇なくかき鳴らした結果店員に大層顔をしかめられた時点で高性能のそれを買う必要性を感じていたが、これほどとは思わなかった。これはギターに対するテロである。全国のギタリスト、ライブハウスを敵に回しかねない配信だ。現にコメントも『騒音やめろ』『鼓膜破壊RTA』『やっちまえよドラゴン』といったコメントが流れまくっている。が、戦闘中の配信者が見る余裕は当然ないためドラゴンと視聴者の鼓膜と撮影班の胃にダメージの蓄積止むことなし。
その痛みをこらえながら、撮影班も動き出す。完全に血が上ったドラゴンは今はテロリストしか見ていない、これなら万が一にも気づかれることはない。そう言って撮影班は自信の能力、透明化を起動する。背後からドラゴンに近づき、その背中にぺたぺたとあるものを貼っていく。最初からこれでよかった気もするが、感触までは消せないことと、何より映像として地味すぎるという致命的な欠点を補うためにはこうするしかなかったのである。
すべて張り終わったことを確認してドラゴンから離れ、準備が終わったことをフリップで彼女に伝える。犯トリップしていた彼女もそれに気づき、一度演奏をやめて、部屋の外の物陰で集まる。
「いやー楽しかった!音楽っていいね!」
『良かったね』とフリップに書きながら、最後の準備に取り掛かる撮影班。その横で彼女は視聴者向けにその説明をする。
「さて、ライブにはアンコールがつきものだよね!というわけでもう一回行くのですが…突然ですが問題です!!さて、此方は次に演奏する私の撮影班君です!拍手ー!!」
と、紹介され、一応手を振りながらギターをつける撮影班。ちなみに撮影班は普段は表示しないよう設定しているのだが、今回だけは何をしているのかわからなくなるため、黒子の3Dモデルを使っている。
「さっきのライブ中、撮影班君にあるものをドラゴンに張り付けてもらいました!それは何でしょう?」
シンキングタイムが始まったが、さっきまでの問題点を洗い出せば答えは見えてくる。音に反応するドラゴンを攪乱するために彼女がギターを鳴らしたが、ドラゴンに攻撃する人物も彼女でなくては仕留めきれない。一人二役ができないこの状況でどのように見どころを確保しながら仕留めればいいか。
「正解は——バイノーラルマイクとスピーカーでしたー!!」
背中にスピーカーをくっ付けてASMR(圧倒的精神ダメージめっちゃロックの略)で鼓膜ごと精神を破壊すればいいのである。
その後、背中から流れ続ける大音量を排除しようと一生後ろ向きながら混乱しているドラゴンの首筋をブスリと一突きにする少女の姿は、ある意味で伝説として数多く切り抜かれることになったという。
「というわけで今日のダンジョンは、大・成・功!弾端ストレーナの配信はここまで!次回からも完璧マジ最強なダンジョン配信をやってきますので、チャンネル登録よろしく御願いします!あ、鼓膜破壊ASMRなんて言わないでね〜!ではでは、おつダンダン〜!またね~!」
締めの挨拶が終わり、配信が切れたことを確認すると、彼女はぺたりとその場に座り込んだ。また疲れが溜っていたようだが、今回はやりきった感が全面に出ている、すがすがしい笑顔だった。
「まさか、本当に終わらせるとは…」
「えへへー。これしきの事、お茶の子さいさいですよー」
家主さんも驚いており、それがまた彼女のしてやったり感を増長させる。それを横目に、感慨深げに家主が土蔵を見ていることに気が付いた。
「まあ、最後にこんな思い出ができたのなら、頼んで正解だったんだろうなぁ」
「…家主さん。御願いがあるんですけど」
「はい?なんです?」
「土蔵の中を見せてもらっていいですか?あのダンジョンが、元がどんなところだったのかか、見ておきたくて」
「それは構いませんが…長年誰も入ってなかったから、見て楽しいものはないと思いますよ?」
「いいんですよそれでも。私の興味です」
と言って、撮影班は改めて土蔵の中に入る。そこにはレンガと土の混ざった通路ではなく、埃の被った古家具や、値打ものかもわからない代物が乱雑に置かれた、ただの倉庫であった。
「あれ、これってなんですか?」
「火鉢ですね。祖父が使っていたそうなんですが今の時代はこたつとエアコンですからねぇ」
彼女もあれこれと気になるものに遠慮なく触ったり、覗き込んだりしている。少し注意するかと思った撮影班だが、あるものに眼が止まった。
「あれ、これって…」
「どうしたの…ってあれ、ギターケース?」
「え?」
彼女と家主も気が付いたそれは、指板とボディの形が輪形からもはっきりとわかる、所謂ギターケースだった。埃こそ被っているが、年代物が多くある倉庫としてみると、少し新しめな気がする。
「あれもお爺さんが使って…家主さん?」
「…ああ、これは…!?」
「家主さん!?」
それに気づいた家主は大慌てでそのケースを開く。中から出てきたのは、エレキギターではなく、アコースティックギターであった。
「ここにあったんだ…捨てたって言ったじゃないか…!」
それを確認した家主さんが、両膝を地面につく。まるで、長年分かたれていた半身を、ようやく見つけたかのような気概を絞りだす声だった。
「えーと、家主さん?」
「…すみません。取り乱してしまいました…」
「それって、ギターですよね?なにか思い出の品とか?」
「…ええ。私があなた達ぐらいの頃、親に隠れてこっそり買ったギターです」
「え、すご!そんなお金よくありましたね?」
「おい」
失礼だろ、と撮影班が小突くが、家主はまったく気にしている余裕がない様子だった。
「バイトもして、小遣いもこっそり貯めていたものを全部はたいて買ったんです。それでバレないようにこの倉庫でこっそり練習していたんですが…一年もしないうちにバレて…父からあんなものは捨てた、そんなことより勉強しろ、と殴り飛ばされて以来、この倉庫にも入れなくなったんです」
「そんな…」
「でも、実際にはここに会った」
「…もしかしたら、父は受験が終わった後に返すつもりだったのかもしれません。ただ、折り悪く父は交通事故に会い他界、その後は忙しくてもうそれどころではなかった。私もこの家を守るために必死で、そんなことに構ってられなかった」
「…でも。ちゃんと守ってた。家も、ギターも」
「…本当に、不器用だなぁあの人は…!」
つう、と月明かりが窓から差し込む。照らされた目の端は静かに濡れていた。
「……思い出、あるじゃん」
その静寂が、数刻たってから。
「…家主さん。良かったらギター、弾いてくれませんか?」
「え?」
「破壊兵器じゃない、ちゃんとしたギターを聞きたくて」
「私見ながら言うなー!でも私も聞きたいです!」
「何年もブランクがあって、下手くそですよ?」
「こいつよりは」
「マシだけどマシとか言うな―!」
ワイワイと騒ぐ若者に、何を思ったのか。
「わかりました。では、一曲」
一夜限りのソロライブが始まった。
何故ダンジョンが現れるのか、はっきりとしたことはわかっていない。だがそれは人々に忘れ去られた場所に多くあらわれる傾向がある。
もしかしたら、ダンジョンとは思い出してほしいという場所の願いから生まれるのではないか。それを配信することとは、人と場所をつなぐチャンネルになるという事ではないか。 そんなことを思った撮影班は、笑われるなと思ってそっと胸の奥に仕舞いこんだ。




