【3】ダンジョン・トレーサー(七篠狐)
西暦2000年。21世紀という新世紀の始まりに、それは現れた。
現世に裂け目として現れた異次元の迷宮。人類に敵対するモンスターが跋扈する魔境の地。
日本の各地に現れたその迷宮はやがてダンジョンと呼ばれるようになり、人々の営みを脅かす新世紀の脅威に人々は恐怖した。
――2015年頃。”ルリガミ”と名乗る集団がネットの海に現れたのが全ての始まりだった。
以前から、ダンジョン攻略に臨む集団が若者を中心に存在しており、”ルリガミ”もその1つだった。
その集団はダンジョン探索をエンターテインメントの1つとして扱い、他とは一風変わった攻略の様子を動画サイトに配信した。パルクールを用いたダイナミックなパフォーマンス。視聴者を圧倒させる派手な戦闘、味方との綺麗な連携を活かした華麗な戦術。――ただ地道にダンジョンに潜り、無骨にモンスターと戦うそれまでの泥臭いダンジョン探索のイメージが一気に変化した瞬間だった。
ダンジョン探索をパフォーマンス化させるという奇抜さが注目され、ネットでは次々と模倣された動画が立ち上がるようになった。当初こそは単なる真似事ばかりが溢れ出ていたが、やがて各々での独自性を生み出す者たちも現れ、その規模は一年足らずで”ダンジョン・パルクール”という名の1大ジャンルとして認識されるまでとなった。
そしてその華麗な戦闘は、人ならざるものたちの興味すらも惹き始めた。本来危険に満ちているはずのダンジョン探索を一種の芸能として昇華させた人間という種族の豪胆に、ある魔王の心を惹き付け、所有者に特別な力を与えるアイテム――レリックを与えた。さらに原理は不明だが、動画サイトに自身のチャンネルを設立した魔王は、自らが作ったダンジョンを探索者たちに挑戦させ、その様子を生配信するようになった。流行の最先端を手軽に楽しめるとこれもまた大きな話題となり、ダンジョン・パルクールは魔王公認のエクストリームスポーツとなり、金や名声、あるいは自身の限界を求めてこの危険な行為に自ら臨む者を、”トレーサー”と呼ぶようになった。
今日もまた、あるパーティがダンジョン踏破――セッションに挑もうとしていた。
チーム”アトラス”――東京に次ぐダンジョン多発地帯として知られる瑠璃ヶ峰市の若者で構成された新進気鋭のダンジョン攻略サークル。配信活動も積極的に行っており、界隈では荒削りながらも、見事なチームワークを活かしたセッションが人気を集めていた。
セッションの舞台となるダンジョン発生の告知は数日前にSNSで――何故か専用の運営アカウントを保有している魔王から――発表される。ハッシュタグは”魔王様のお告げ”。ダンジョン情報とセッションルールもここで周知、そして挑戦するパーティの抽選もここで行われる。ルールの種類としては1番メジャーな”制限なし(フリーアサルト)”を始めとして、複数のダンジョンを連続で攻略する”ソーティー”や、パーティメンバーの1人でも脱落すれば即失格となる”サバイバル”、通常とは逆に迫りくるモンスターから防衛対象を守る”ディフェンス”等、様々ある。
ダンジョンの入り口となるエントランスで、トレーサーたちはセッションの準備を進めていた。突入するメンバーの選定。使用する武器やレリックの準備。配信用の衣装の着付けや配信機材の準備もここで行うことが多い。セッション中は機材調整どころか小休止を取る暇すら無いこともあるため、セッション前の事前準備は非常に重要なものとなる。
「みんなー今からブリーフィングするわよ」
パーティをまとめる金髪の女子――メンバーからはツバサと呼ばれている――が周囲のメンバーに声をかける。
「まずはダンジョン情報のおさらいから。ルールはフリーアサルト。環境は森林と廃墟の二面構成で規模は中型。ボスモンスターは”ジャガーノート”。2ヶ月前に1度やり合ったヤツね。個体情報は開示されてないけど、とりあえず現状は通常個体と想定してるわ」
そう言ってツバサはタブレットの画面をメンバーに見せる。かなり荒い画でダンジョンの情報や、各メンバーの配置、ルート、役割などが記されてた。
「開示されている環境情報から、内部は障害物がかなり多いと予想されるわ。よって前衛はパルクール性能の高いアサミとロキの2人で行く」
「オッケー」「うん」
彼女の言葉に、アイメイクを施した赤髪のアサミは軽い返事をし、ハードキャップとバンダナで顔を覆い隠しているロキは静かにうなずいた。
「後衛は転移が使えるマコと障害物地形に強いヤナギ。役割としては前二人が討ち漏らしたモンスターの掃討。特に範囲殲滅ができるのは魔術系レリックを使うマコだけだから、大半はあんたに任せることになるわ。ヤナギはマコの援護をお願い」
「りょーかい」「任せて」
水色のフードパカーを着たマコと、1人だけ長袖長ズボンのヤナギが答えた。
「サポートはセイジと私。いつも通り、私は上空から無線でみんなを統制することになるから、治療や補助はあんたがメインよ」
「分かった」
セイジは答えた。
「――出発前に成功を祈りましょう。今日も無事に帰れるように」
メンバー全員が円陣を組む。見ている分には華やかなエンターテインメントに過ぎないが、実態としては人間とモンスターの生存競争。一応の救済措置は用意されているものの、基本的にセッションの失敗はパーティメンバー全員の”死”を意味する。命がけの競技だった。
フリーアサルトにおけるセッションの内容は大きく分けて2つ。罠や下級モンスターがひしめくダンジョン内を駆けて最深部のアリーナを目指す探索パート。そしてアリーナで待ち受けるボスモンスターをパーティ総出で倒す決戦パート。
セッション開始からダンジョン踏破までのタイムが基本スコアとなり、そこからセッション中のパフォーマンスによって最終スコアが決まる。
セッションのスタートはエントランスの大扉を開ききり、エントランスの天井に鐘楼が鳴らされた瞬間。
重厚な音が鳴り止み、数瞬の沈黙の後――骨まで響く鐘の音がエントランスに響き渡った。
「スタート!!」
巨大な音に負けないくらいに大きなツバサの号令と同時にアサミとロキが飛び出す。足元は深い草むら、周囲には空を覆い尽くすほどにひしめき合う木々が立ち並ぶ中、2人はそれを気にもとめずに三角跳びやローリングを交えながら颯爽と駆け抜けていく。
セッションにおける前衛の役割は探索パートの主役であり、パルクールによるパフォーマンスや道中の敵を最前線で攻撃する他に、後に続くメンバーの為のルート確保も担っている。
「――前方にダーツトラップ」
「りょーかい! 華麗に避けちゃうよー!」
ロキが前方に仕込まれた罠を察知。手前に仕込まれた仕掛け床を踏むことで近くの装置からダーツが飛んでくるトラップだ。彼の忠告に、アサミは軽口を叩きながら敢えてそれを踏み抜く。空気を切る音と共に飛来するダーツを、彼女は悠々と大きくジャンプして避ける。トラップ対処はただ発動を避ければ良いというわけでもなく、発動させた上でそれを上手く回避することで高い評価を得られる。故に彼女のように敢えてトラップを避けずに評価狙いのパフォーマンスを行う者もいる。余裕の表情でカメラに対してハンドサインとウィンクのアピールも欠かさない。彼女にとって、スリルは自己アピールのチャンスに過ぎないのだ。
「よくやるよ……全く」
そんな彼女を傍目にロキはトラップ解除のレリックを発動。ロキの演じる”トリックスター”は、トラップ解除が可能な数少ないロールの1つだった。
『300メートル前方に敵集団。かなり横に広がってるけど、数がかなり多い』
インカムからツバサの声が入る。それと同時に、前衛の2人も前方に待ち受けるモンスターの集団を感知していた。
『アサミたちの近くはグールの集団。ノスフェラトゥが率いているわ。対処できそう?』
「いいよー」
アサミは答えるとロキにアイコンタクトを取る。対してロキは頷くと大きく跳躍。一瞬にして敵集団の背後を取る。
「――”チェンジ”!」
ロキが短く唱えると、瞬く間にアサミと場所が入れ替わる。少し離れた味方との場所を入れ替える、”トリックスター”を象徴するレリックの1つだ。
「――”ベイン”!」
ノスフェラトゥの背後をとったアサミは、ややドスの効いた詠唱を唱える。発動したレリックの力で手にしていたナイフが赤い光を帯びる。強化された一撃は、正確にモンスターの喉元に向かい――一瞬の暗転と共に赤い一閃が走る。ノスフェラトゥの喉元が切り裂かれていた。アサミの演じるロール”アサシン”に相応しい致命の一撃だった。
「一丁上がりー!」
残像と共にアサミはバックステップでグールの集団と距離を取る。
「後は任せたよー!」
インカム越しに少し離れたロキに言うと、アサミは溶けるように姿を消した。
「了解」
底抜けに明るいアサミとは対象的に、ロキは静かに低い声で答えながら、爆竹を投擲。近くにいるモンスターの注目を自身に集める。襲いくる攻撃を避けながら、なるべく多くの敵を近くまで引き付け――
「――”リーサリティ”!」
レリックの力で有効範囲内に捉えた敵を認識。振り抜き後の姿を残像として残しながら目にも止まらぬ動きで対象に捉えた敵を辻斬りし、最後の残心が終わった後に残像が彼の元へ戻ると同時に光のダメージエフェクトが走る。レリック発動時の妙に誇張された演出もレリックの力によるものであり、演出に予算を割くことが出来ない低予算トレーサーでも、所謂”動画映え”する動きが可能となっている。元々こういった過剰にも思えるゲーム的演出が随所に見られるのが、レリックを用いたセッションの特徴であり人気の一端でもあるが、”トリックスター”は特にこういったフレーバー面に特化したビルドが主流となる、まさにセッションの花形とも言えるロールだった。
「相変わらずグイグイ進んで行くわねぇ、アサミちゃんったら」
先陣を切るアサミたちの様子を視界の端に捉えながら、マコはレリック発動の準備をしていた。マコのロールは”ウィッチ”。現実世界には存在しない”魔術”を操るレリックを有する魔術師系ロールの1つだ。手軽に派手な演出で敵を殲滅できる魔術系ロールは初心者トレーサーを始めとしてスコア稼ぎ要因として人気な系統のロールでもある。魔術とは無縁の世界で生きてきたから人間ならではの特色だ。しかし、魔術の発動についてはレリックが全て行ってくれるが、目標への照準合わせについては自身で行う必要がある。
「――まあ、銃撃つよりは遥かに楽だしね」
そう呟きながら、マコは遠くにいるモンスターの集団に目標を定める。モンスターの布陣や構成については先にツバサから聞いている。後はトレーサーとして培ってきた経験と勘で有効打を与えられる箇所を予測。そして――
「”メティオ”!」
発動準備完了の合図であるレリックの点滅と同時に、彼女は詠唱する。
目標の中空に生成された巨大な火球が下で蠢くモンスターたちに迫りくる。反応の早いものはすぐさま回避行動を取ろうとするが、もう遅い。
火球が地面に付くと轟音と共に爆発が広がる。マコがまだ初心者トレーサーの頃に手に入れた上級レリック。たまたまの幸運で手に入れたそれは彼女にとってのアイデンティティでもあり、初心者向けと言われる魔術系ロールを、今も続けている理由でもあった。
――しかし。
「っ!」
前方から聞こえてくる遠吠え。どうやら討ち漏らしがあったらしい。魔術を始めとした強力なレリックは再使用までにクールタイムが必要なものが多い。こうしたレリックの管理が求められるのが魔術系ロールの欠点でもある。メティオのクールタイムは約60秒。次の集団と会敵するまでには十分余裕はあるが、少なくとも目の前に迫りくるモンスターを迎撃するには間に合わない。
爆発から辛くも逃げ延びたブラックドッグは、深手を負いながらも衰えることのない俊足でマコに詰め寄っていた。
「”フレア”!」
急いでクールタイムの短い下級魔術のレリックを発動するが、こちらの焦りのせいか、それとも向こうの執念がそうさせているのか、全てが当たることなく飛んでいった。
そうしている隙にすぐそばまで迫っていたブラックドッグ。マコに向かって飛びかかり、その前足で彼女を引き裂かんとばかりに振り上げられる。
「――っ!」
とっさに転移の術でモンスターの爪を避けるマコ。短射程ではあるものの、地形を無視した転移移動が可能なのが、”ウィッチ”の特徴の1つだった。
そして――攻撃の寸前で姿を消したことで、バランスを崩したモンスターの隙を遠方から飛来したカーボンの矢は逃さなかった。脳天を真っ直ぐ貫くクロスボウの一撃。ヤナギが放ったものだった。ヤナギが演じる”レンジャー”は遠距離からの攻撃を得意とした射撃系ロールの1つ。特に”レンジャー”は弓矢やクロスボウの扱いに長けたロールであり、多彩な矢を放って確実に獲物を仕留めることを得意とする。
「……ありがとう」
糸の切れた人形のように力なく地面に落ちるブラックドッグを尻目に、マコは遠くにいるヤナギに礼を言った。
『構わないよ。君を援護するのが、今日の僕の役割だから』
インカムから、ヤナギの声が返ってくる。
『早く次に進もう』
「そうね……つぅ!」
頷いたマコは、突然走った激痛に思わずうずくまった。見ると、腕に荒い切り傷がある。避けたと思っていたブラックドッグの一撃は、どうやら爪1本分だけ当たっていたらしい。
『動けそう?』
状況を察知したのか、ヤナギが尋ねる。
「動けないことは無いけど……」
『……セイジ』
ヤナギの呼びかけと同時に、大きな翼をはためかせる音が聞こえてきた。
「おーい!」
見上げると、巨大な白いペガサスに跨るツバサとセイジがこちらに向かっていた。
ペガサスが地面に降り立つとほぼ同時にセイジが飛び降り、マコの元へ駆け寄る。
「ごめんなさい。ドジしちゃって」
「そういうのは後で。傷を見せてください」
年下のセイジにぴしゃりと言い放たれる。チームの中では一番新米でありながら、その迫力を感じさせる言葉の圧に、彼女は反射的に腕を出した。
「今治療のレリックを使うんで、そのままじっとしててください」
そう言って彼はレリックを手にして、彼女に傷の上にそっとかざす。優しい緑色の光が、彼女の傷を少しずつ癒やしていた。セイジのロールである”クレリック”を始めとした、サポート系ロールの基本レリック”キュア”の癒やしの光だ。
「でも、ひょっとした他にも生き残ってるのが……」
「それなら大丈夫。さっきヤナギが不可視の結界を張ってくれたから」
少し遅れてツバサがやってきた。
「……そう」
「今はアサミとロキが先行してくれてるから、貴方は大人しく治療を受けておきなさい」
『……ありがとうございます』
マコは礼を言った。
セッション開始から5分が経過。道中のモンスターを対処しながら駆けていく彼らの周囲の景色は、やがて鬱蒼とした暗い緑から、苔生した鈍色の瓦礫に変わっていた。
命知らずの無謀者たちによる舞闘はまだ続く――
***
アリーナの中央でパーティを待ち受けているのは半人半馬のジャガーノート。界隈ではそれなりに名のしれたボスモンスターだった。半人の見た目通り、モンスターの中では知能が高く、槍や戦斧を振るって戦うのが特徴だ。
決戦パートが始まるタイミングはルールによって様々だが、フリーアサルトの場合、基本的にアリーナに到着したトレーサーはそのまま後続を待たずにボスモンスターとの戦闘に入ることが多い。
最初にジャガーノートと接敵したのはロキだった。
「”クイックギャンビット”」
レリックの発動と共に投擲した投矢がジャガーノートの下腹部に刺さる。すると、刺された箇所に赤い刻印が浮かび上がった。界隈では”アタックマーカ”と呼ばれるこの刻印は、”トリックスター”を始めとした技巧系ロールが持つ特徴の1つであり、味方の攻撃をトリガーとして刻印が刻まれた箇所に追加攻撃を与える効果を持つ。”クイックギャンビット”はこのアタックマーカを1つ付与する効果を1回手持ちの武器に付与するレリックだ。
「お膳立てどーも!」
続いてやってきたアサミが上空に飛び上がり、ジャガーノートの真上を取る。このモンスターが背後や真上からの攻撃への対応力に弱いことは、既に彼女は知っていた。
「……”ベイン”!」
レリックを発動。相手がこちらの想定通りの個体であれば、この攻撃とロキの刻印のダメージで倒れる計算だった――しかし。
「――嘘!?」
暗転の演出が起こることはなく、赤い刃はそれが身に纏う鎧に傷を与えただけだった。
「刻印も発動してない……?」
鎧に当たったとしても刻印の効果は発動するはず。刻印が付与された箇所を見てみるが、投矢が刺さった時、確かに浮かんでいたはずの刻印は跡形もなくなっていた。
――発動したけど効果がなかった? それとも……刻印の効果が切れた?
ロキは思考を巡らせる。レリックの効力は魔術のそれと同じものであり、物理武器による直接のダメージはともかく、ダメージと共に付与される効果については対象の魔術に対する抵抗力によって効果や成功率が変動する。基本的に上級に分類されるモンスターほど抵抗力が高くなるため、ボスモンスターに選ばれるようなモンスターは総じて即死系のレリックの効果が通りにくいという特徴を持つことになる。抵抗力の高いモンスターに効果を適用させる為には、強力な攻撃で体勢を崩したり、抵抗力を失うほどのダメージを与えるといった方法がある。
現在は有志による研究も進んでいることもあって、出現頻度の高いモンスターの魔術抵抗や筋力、耐久力などのステータスはある程度スコア化されている。今相対しているジャガーノートもメジャーなボスモンスターであり、魔術抵抗についてはボスモンスターとしては低めの数値となっているはずだった。
「搦め手が駄目なら単純火力で――!」
更に追いついたマコが、メティオ発動の準備を進める。そうはさせまいとジャガーノートは手にしていた斧を投げる。
「――ふぅん!」
すかさず、間に入ったツバサがそれを弾く。跳ね返った斧はブーメランのように持ち主の元へ戻って行く。
「――あの鎧かしら」
上空から様子を見ていたツバサは呟く。前回相手をしたジャガーノートは軽鎧を纏っていて、物理攻撃に対してもあまり強くなかった。対して今回の個体は半人の肩や胸元の他にも馬の部分まで分厚い鎧を身に着けている。
――もしあれに魔力抵抗のエンチャントが仕込まれていたとしたら。
「……ねえセイジ」
「なんですか? ツバサさん」
後ろにいるセイジに声をかける。――おそらく闇雲にメティオを放ったところで効果が軽減されてしまえば意味もない。まず先にあれが纏っている鎧を破壊する必要がある。そしてかれは――
「――あのモンスターに有効なレリック、持ってるわよね?」
「はい。……でも、近接戦闘はあまり得意じゃなくて……」
「それなら心配いらないわ。私がどうにかするから」
『アサミ、ロキ! 少しの間、そいつの気を引き付けて!』
2人のインカムにツバサの声が響いた。
「……何をするつもりなんだ?」
「……セイジが新しく手に入れてた”アレ”じゃない?」
疑問を口にするロキに対して、アサミは瞬時に意図を看破する。
「成る程……それなら!」
遅れて察知したロキは即座に行動に移る。残っていた爆竹を鳴らし、ジャガーノートの注意をこちらに一瞬そらさせる。しかし、すぐにマコの方へと向き直り、彼女を止めようと攻撃を続ける。
――ヤツも馬鹿じゃない。大技を出そうとしているマコの方を優先すべきなのは奴も分かっている。だったら……
「”スターダスト”!」
技巧系ロールの上級レリックの1つ。数多の分身を作り出してそれぞれが流星群のように怒涛の攻撃を繰り出すものだ。しかし、元々の耐久力も高い上に硬い鎧に身を包んでいるこのモンスターには効果が薄い。――しかし、それでもヤツの目をくらませるには十分だった。
「――今!」
「はい!」
ロキの怒涛の攻撃をいなしている隙に、ジャガーノートの真上に飛翔したツバサは、後ろでパイプメイスを構えていたセイジに声をかける。それに答えたセイジは、ペガサスから飛び降り、落下の勢いに任せてパイプメイスを振り下ろす――
「――らぁ!!」
”クレリック”はサポート系のロールではあるが、物理戦闘に関しては同系統の中では上位の性能を有している。特に攻撃系のレリックの多くが「魔術抵抗を無視した魔術攻撃」を与えるものとなっており、この効果が一部のボスモンスターに特効となるのがその理由であり、攻撃直前にセイジが発動したレリック”ブルトガング”もその1つだった。更にこのレリックは「馬系統のモンスターに対して特効」という効果も有しており、まさにこのジャガーノートに対する天敵とも言えるレリックだろう。
振り下ろされたパイプメイスの一撃が、鎧に覆われたジャガーノートの馬体に直撃する。その痛恨の一撃は硬い鎧を粉々に粉砕し、その内側に守られていた素の姿を現した。
「――――! ――――――――っ!!」
現実世界の人間には聞き取れない言葉で叫ぶジャガーノート。その言葉の意味を知ることは無いが、少なくともこれに対して有効打を与えたであろうことは、彼らにも明らかだった。
劣勢を感じたジャガーノートは、体勢を整える為に下がろうとする――が、その肢体が動くことはなかった。
「……そうはさせない」
ヤナギの放ったクロスボウの矢。”シャドウバインド”のレリックで影縫いの効果を与えられた矢が、ジャガーノートの影を縫い止めていた。
「”メティオ”!」
発動準備を終えたマコが、自身の切り札を発動させる。ゆっくりと落ちてゆく灼熱の火球を、動けないモンスターはただ呆然と見上げることしかできない。――そして。
「”リフレクト”!」
セイジが魔術反射のレリックを唱えると同時に、巨大な爆発がアリーナ全体を襲った。
しばらくの轟音の後、陽炎揺らめく灼熱の中。チーム”アトラス”は全員が五体満足で立っていた。全員の視線は爆発の中心、ジャガーノートがいた場所に注がれていた。
ジャガーノートはまだ辛うじて生きていた。せめて一矢報わんと、ボロボロになった斧を振りかざし――
「……諦め悪いのは、嫌われるだけだよ?」
――暗転と一閃。アサミの”ベイン”がその首を掻っ捌いた。崩れ落ちたモンスターは、瞬く間に消滅した。それはボスモンスター撃破の演出であり、セッションの終了を意味する。
「――――――――――!!」
アリーナの観客から歓声があがる。敵ながら天晴と、彼らを祝福しているのか、それとも同胞の死闘を目の当たりにして自らも血が騒いでいるのか。人間であるチーム”アトラス”には知るよしもない。だが、1つだけ言えることとしては――
***
「――今日のセッションも無事に成功ね」
ダンジョンから出てきた後、近くのファミレスで一行は今日の成功を祝う祝賀会を開いていた。
「……うーん! やっぱこの瞬間だよねー! 修羅場を潜り抜けた後の爽快感!」
「それで気持ちよくなれるの、多分アサミちゃんだけじゃないかな……」
「マコさんの言う通りですよ。僕はもう疲れましたよ……」
「今日は大役だったからな、セイジ」
一気に緊張の糸が解けた人間たちは、堰を切ったように思い思いに喋り、己の生を噛みしめるかのように食べていく。
「……ところで、今回のレリックは何だったんですか?」
「今回は”ルナ”ね。一応上級レリック」
「”ルナ”って確か……防御貫通効果のレリックだったような。騎士系ロール向けのビルドでよく見るものですねぇ」
「……ということは、この中じゃ使えるメンバーはいないってことか?」
「今回欠席のケント用だな」
「たまにあるよねー。こういう苦労したメンバーが報われないタイプの褒賞」
「ま、まあ今後の戦力増強に繋がたのは間違いないですし、良いんじゃないですか?」
「……セイジはもう少し我欲を持った方が良いと思うけどなぁ」
「そーそー。功労者なんだよ、きみー?」
先程までの死闘を忘れ、みんなが笑顔で談笑する”アトラス”のメンバーたち。しかしまた少し経てば、彼らはまた死地へ赴くのだろう。誰かのためでも、何か大きな大義を抱えているわけでもなく。ただ派手にダンジョンを走破したいというロマンだけを求めて。命知らずのトレーサーたちの日々は、これからも続いていく――




