十一話 三品恋頼 『面倒な男』
―― 三月二十五日(木) 佐々木家 ――
「ねぇ、茅ちゃんと笹島ってどういう関係なわけ?」
「……」
監禁生活二日目。
ふと気になって笹島に聞いてみた。
理由なんてない。強いて言えば暇だったから。
「三品さん、どうして山内さんをいじめていたんですか?」
「あのさぁ、まずこっちの質問に答えてくんない?」
「三品さんが答えてくれたら僕も答えますよ」
「そっちが先だろ」
「……じゃあもういいです」
そう言うと彼は読書を再開してしまった。
笹島と茅ちゃんの二人は交互にこの部屋へやってくる。
私一人になることはまずない。
二十四時間体制で監視するつもりらしい。
交代時間は不定期。笹島が半日以上いると思ったら、茅ちゃんが二時間で交代したりもする。
そして、笹島は春休みの課題を解いたり読書をしたりゲームをしたりと、できる限り私を無視したい様子だった。
「いつから知り合いなん? 中学から? 小学校から? もっと前?」
「……」
「友達? ……って感じじゃないよね? 親戚? あ、まさか恋人? だったらマジでウケるんだけど」
「……」
「……はぁ、お前マジでさぁ。そんなだからボッチなんだよ」
「……」
表情一つ変えない。
ガン無視であった。
「おい、何とか言えよ変態野郎」
「……」
会話をあきらめようと思ったその時、再び笹島の口が開いた。
「いじめって楽しいんですか? それとも気持ちいいんですか?」
「知らねぇよそんなこと」
「じゃあどうして山内さんをいじめたんですか?」
笹島は同じ質問を繰り返した。
頑固でめんどくさい男だと思った。
「だから知らねえって」
「知らない? 違いますよね? 言語化できないだけですよね?」
「じゃあ答えられなくてもしょうがないじゃん。何言ってんのお前」
「人間なら誰しも、自分の内心を正確に伝える努力をするものです。それがコミュニケーションですから」
「あっそ。お前だけじゃねぇの? それ」
「だから相手にしたくないんです。本物のコミュ障は」
「あ? 喧嘩売ってんの?」
少し話しただけでわかる。
私、コイツのこと嫌いだわ。
鼻につく喋り方。
遠回しに言う感じ。
うっすい敬語。
イライラしすぎて病気になりそうだ。
「山内さんのことが嫌いですか? それとも好きですか?」
「あ? そりゃあ嫌いでしょ。嫌いじゃない奴なんて……」
ここでふと、さっき煽られた仕返しをしたくなった。
「お前もしかしてあいつのこと好きなの? うわキッモ。それで私にこんなことしてるわけ? マジでキモいんだけど。八つ当たりやめてくれない?」
「……まあ悪い人ではないので、どちらかと言えば好きですよ。恋愛的な好意はありませんけど。で、三品さんは嫌いな人であればいじめてもいいと考えているわけですか?」
「ちょっと待った。次はこっちが質問する番だろ」
「三品さんの質問は山内さんに対して好意があるのかという内容だったので、すでに回答は終わっています」
は?
……いや、ちょっと待てよ。
クソ野郎すぎるんだけどこいつマジで。
「……おい、ふざけんなよ」
「三品さん、嫌いな人であればいじめてもいいということですか?」
「てめぇ……! マジで殺す! ぶっ殺してやる!」
「短気ですね」
笹島は頬杖をつきながら涼しい顔で私を見下ろすばかり。
私が睨むのをやめるまでの間、実験対象の動物を見るような目でこちらを見つめ返してきた。
「嫌いな人であればいじめてもいいってことですか?」
笹島は静寂を待った後、再び同じ質問を投げかける。
こちらの文句などどこ吹く風だ。
再び暴れてみるも、何の効果もなかった。無機質な目で私を見ては、静かになるのを待って同じ質問を繰り返すだけ。
……流石に諦めた。
こんなことでは話が進まない。
「……チッ。ああそうそう。大体そんな感じでしょ。みんな嫌ってるからってこと。大正義じゃん。だから早く答えてよ」
「佐々木さんとは小四の頃からの付き合いです。俗にいう友達ですね」
「そんだけ? なんかないの? 馴れ初め的なやつ」
「特になにも。気付いたら話す仲になってました。出席番号が近かったので」
「はぁ? そんな浅い仲でこんなことするわけ?」
「それは違います」
「何が?」
「浅い仲ではない……と、思います。たぶん」
「じゃあなんかあるでしょ。きっかけ的なやつが」
「……」
笹島は再び黙ってしまった。
しかし今度の沈黙は記憶を引っ張り出して答えを探しているような、そんな沈黙だった。
「……ところで、三品さんが山内さんを嫌うのはみんなが嫌いだからってことですか? それとも自分の意志ですか?」
「は? 何それ。意味わからんけど」
「どうして嫌いなのかってことです」
「……いつもクネクネしててキモイし? いい子ぶっててウザいし? 話し方も陰キャのそれだし? 声ちっさくて何言ってんのかわかんないし? あと気弱な態度でいっつも誰かに媚び売ってるし」
「でも三品さんだって横柄な態度は見ててウザいですし、話し方にも品がなくてキモイですし、短気ですぐに手が出ますよね? 同じことじゃないですか?」
「一緒にすんじゃねぇよ! ぜんっ然、違うから!」
「いつも無駄にうるさいですし。無駄に」
「このっ……! クソ野郎がっ……!」
私は体をくねらせて手足の拘束を解こうとした。
こいつをぶん殴りたくて仕方がなかった。
「短気は損気だそうですよ?」
「死ねよお前マジでっ……! 死ねっ……!」
「いいですけど、寿命まで待ってください」
「……っぁぁぁお前ほんとウザいっ! クソッ! 今死ねっ! 今すぐ死ねっ! ……いうっ!?」
突然目の前に本の背表紙が現れ、鼻の頭に当たる寸前で止まった。
暴力を振るわれそうになって愕然としてしまう自分。
それだけで自分と笹島との力関係を思い知らされた。
……悔しい。悔しすぎる。
こいつだけはマジで……死ぬほど後悔させてやる。
「三品さんはみんなからも嫌われていますし、これも大正義ってやつですか? 本当にそれでいいんですか?」
「だから、一緒にすんなって言ってんだろ。私は嫌われてねぇんだよ」
「それはどうでしょう」
「なに? アンケートでも取ったわけ?」
「僕も聞きたかったんですが、山内さんが好きか嫌いかを問うアンケートはいつ頃実施されたんですか?」
「お前死ねよ……マジで覚えとけ。後で」
「すいません。まったく覚えてないんですよ。そのアンケート」
「……あーもうウザイウザイウザイウザイっ!!! マジでイライラするお前っ! 黙れっ!」
私は心底イライラしていた。
ここで弱気なことを言ったら笹島の掌の上で転がされているような気がして、それだけは絶対に避けたかった。
何としても笹島のムッとした表情が見たかった。
「お前本当になに? なんなの? 何がしたいわけ? 私のこと嫌いなら暴力でもなんでも、好きにすればいいじゃん。嫌いなんだろ? 私のこと」
「まさか、しませんよ。僕は別に嫌いじゃないので、三品さんのこと」
「はぁ? そんなわかりやすいウソあるかよ」
「ウソではありませんが、僕の言う『嫌い』は三品さんが言う『嫌い』には当たらないかもしれないですね」
「……? 何言ってるのかよくわかんないんだけど」
「例えばですけど、美味しい不味いと好き嫌いの違いがわかりますか?」
「……はぁ?」
「三品さん、好きな食べ物は何ですか?」
「オムライス」
「なぜですか?」
「なぜ? おいしいからでしょ」
「では聞きますが、不味いオムライスも含めて『オムライスが好きだ』と言えますか?」
「そんなものは無い」
「そうですか? 世界には不味いお店なんていくらでもありますし、調理に失敗すれば不味いものが出来上がりますよ? 本当に無いと言えますか?」
「……だから? 何が言いたいの?」
「あなたは偶然、美味しいオムライスに出会った。だから好きになったということです」
「……で?」
「美味しい不味いは感じたままを表した言葉にすぎません。その時その場で食べたこの料理はこうだったという、覆しようのない感覚。僕が三品さんのことをウザいと言ったのもそれと同じなんです。好き嫌いとは分けて考えなくてはいけません」
私の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされた。
その感覚に従って好き嫌いを言うものでは?
……と、疑問を口にする間もない。
スイッチが入ったように笹島は饒舌になった。
「では好き嫌いとは何か。言ってしまえば偏見です。特に『嫌い』と決めつけてしまうのはよくない。一歩間違えば差別的な価値観に合流してしまいますからね。しかし、実際にはオムライスが好きな人もいて、嫌いな人もいる。であれば、その差がどこから生まれるのかを考えた方が建設的だと思いません?」
……やべぇ。
反論とかそれ以前に何言ってるのか全然わかんね。
「人を評価するとき、個人的な好き嫌いと客観的な善し悪しは明確に分ける必要があります。それは三品さんだって同じです。今僕は三品さんの悪い面ばかりを見ているのかもしれない。でも良い面があるからこそ三品さんは他の人たちと関われている。クラスの中で孤立しないでいられる。友達が作れる。個人的にはウザくてキモくてうるさいと感じていても、いつか別の視点が芽生えて良い面を発見するかもしれない。好き嫌いがひっくり返るかもしれない。結局のところ、好き嫌いなんて確定させるだけ無駄なんですよ」
こいつ話始めたら止まらなくなるタイプのオタクかよ。
なげぇし早いんだよ、喋るのが。
「……じゃあなんで山内が好きか嫌いかなんて聞いたわけ?」
「三品さんの価値観に合わせただけです。独りよがりな人ほど好き嫌いを大事にしているので」
私は半ば呆れていた。罵倒されているような気もしたが、全てどうでもよくなった。
意味がわからなかったというか、会話にならなかった。
「……お前さぁ、嫌いなものとかないの?」
「無意味な質問ですね」
そう言うと笹島は再び読書を始めてしまう。もう話すことはないと態度で伝えていた。
私も話す気力がなくなってしまった。笹島と話しをすると疲れるということがよーくわかった。
この会話をした直後、茅ちゃんと笹島が交代した。
単に交代しただけじゃない。
茅ちゃんが鬼畜になっていたのである。
彼女が入ってきてすぐ、私は猿轡を噛まされた。
さらにはベッドから移動させられ、天井から吊り下げられ、何時間も放置された。
腕が疲れてきたと思ったら、小学生が遊びで使うようなプラスチック製のバッドを使って体中を打ち据えられた。
彼女は私と笹島との会話を聞いていたのだろうか。
だとしたら、笹島に対して高圧的な態度を取った私に怒ったのかもしれない。




