幕間:力を与えた者
――山岳地帯の奥深くにある、堅牢な城塞。魔王ザロウドの居城であり、分厚く高い城壁に囲まれたそれは、立地もあって難攻不落――それこそ、侵入など不可能の要塞であった。
けれど、その中に一人の男性が入る。しかも門をすり抜けて。城壁や門には魔法による結界も構成されているが、その人物はそんなものお構いなしに行動をしている。
城内へ通じる入口すらもすり抜け、彼は玉座の間を訪れる。その場にいた者達――魔族は驚愕し戦闘態勢に入ったが、玉座にいる魔族――黒一色で身を固めた魔王ザロウドは、それを手で制しながら彼に声を掛けた。
「ここへ来るなら、せめて一言くらいは告げてから来ればいいものを」
「別に構わないだろ?」
と、笑いながら男性は言う――その風体は、一般的な村人と何ら変わりはない。安っぽい生地の衣服に凡庸な顔立ち。特徴などほとんどない――いや、だからこそ魔王がいる玉座に単身赴くというのが、異質であり強烈な違和感を与えてくる。
「それに、門は開いていたんだ。僕はただ入口から入ってきただけだよ」
「貴様にとって城壁も門も何の意味は成さないと言いたいのか?」
男性は笑みを浮かべ続ける。周囲では魔王の配下が威嚇しており、いつ戦闘が始まってもおかしくはない。
「まあいい……おい、ここは外せ」
「は? しかし――」
配下が反論しようとすると、魔王ザロウドはそれもまた手で制す。
「こいつは私を攻撃することはない。これは命令だ」
――それで配下は渋々引き下がり、玉座の間で魔王ザロウドと男性は一対一で話し合う。
「それで、今更現れて何の用だ?」
「一つ警告しておこうと思ってね。近いうちに君を滅ぼす存在がやってくる。そいつは、僕が君に与えた力……それと同質の力を持っていると言ってもいい」
ピクリ、と魔王が身じろぎをする。
「話を聞く気にはなったかい?」
「……レゼッドが滅んだのは、もしやその存在か?」
「情報は届いているようだね、ああ、その通りだ。どうやら僕の力を打ち崩せるだけの力を持っているらしい」
「なるほど……実験と称して力を分け与えた以上、情報くらいは提供するようだな」
「そりゃあ力を与えたのに滅んでしまったら、意味がないからね」
と、男性は笑みを絶やすことなく魔王へ告げる。
「実を言うと魔王レゼッドとに対しても今一度接触しようと考えていたんだけど、それを果たす前に滅んでしまったよ」
「行動が遅かったと」
「まあね。ただ、力を持って以降相当うぬぼれていた節もあるから、話をしても聞き入れてもらえなかったかもしれないけど、君は違うだろう?」
「ああ、そうだな」
魔王ザロウドは首肯する――するとそこで、
「力を一方的に与えた際、詳しい話はしなかったが……貴様は何が目的だ?」
「力を与えた理由かい?」
「これほどの力、自分で使いこなせばいいだろう」
「残念ながらそれはできない……というより、それをするために色々とやっていると言った方がいいかな?」
「貴様は力を持っているだけ。それを身の内に取り込むことはできないというわけか?」
「ああ、その通り」
頷く男性。そこで魔王ザロウドは一度目を細め、
「改めて問おう。何が目的だ?」
「全てをやり直すために」
「何?」
「言葉通りの意味だよ。全てをやり直す……そのために、力を分け与えて色々と情報を集めなければならない」
そう告げた後、男性は両手を広げる。
「長い時間が必要だった。この力を制御できるようになるまで……果ての無い時間を費やした結果、扱えるようになった。けれどどうやらこの目的を妨げようとする存在が現れた。実を言うと力は君やレゼッド以外にエルフにも与えた。しかし力を発揮することなく、レゼッドを倒した存在によって滅ぼされたようだ」
「そいつは倒して回っているということか?」
「まさしくそうだ。そして、狙いは僕自身だろう」
「貴様はどう動く?」
「さすがにずっと逃げ隠れているわけにもいかないだろう……というより、おそらく僕の力を辿って近づいてくる」
「隠れている方がいいのではないか?」
「残念だがそうもいかない。こうやって力を分け与えることができているけど、僕にも時間制限が存在しているからねえ」
「なるほど、な……それで、こちらに情報を提供してそいつを滅してくれというわけか」
「ああ、そうだ。それと、相手のことを確認したいし」
「詳細はわかっていないのか?」
「レゼッドやエルフ……力を提供した彼らが滅ぶ瞬間に僕は情報を受け取れる。ただそれでわかるのは、倒した者の姿……それもひどく断片的なものだ。人相などもわからないが、容姿から剣士と魔法使いらしき存在であるのはわかる」
「二人組か?」
「両者の記憶を辿るとそのようだ」
「……この力と相反する何か、とでも言うのか?」
「相手の能力まではわからないな」
肩をすくめる男性――その様子は、本当に知らないとも受け取れるし、あるいは何か知っていてあえて喋っていないようにも見える。
「とにかく、忠告はしたよ。後は君の頑張り次第だ――」