12.会談
「…なるほど、確かに素晴らしい技術を持っているようだな…。」
フォルテウス様がポツリと呟いた。
僕達が使節団を迎えたのは王宮の門前。王城の正門通りを一際異様な風体の馬車が走ってくる。
「鉄で出来ているのか?逆に重くなって速度が落ちそうなもんだがな…。」
アルの言う通り、目前に迫った馬車はどうやら金属製のようだ。
「というか金属加工の技術が凄すぎるわ…。うちの技術者に勉強させたいくらい…。」
鉱山の多い東方の出のイネスが言うからには相当なものだろう。
恐ろしく細い金属を組み合わせた車輪は黒い物体が巻きつけてある。
車体は角が少なく一体全体どういう技術で作ったものなのか…、想像すらできなかった。
「馬は別段変わった所は無いが…、もしかしたらこっちで入手したのかもな。」
ロメオの言う通りだとすると、やはり驚くべきは馬車自体の性能という事になる。
「ねぇ、あれって…。」
「あぁ、魔法が掛けてあるね。」
『風除けに近い魔法だろうな。』
エレンと僕の会話に反応したのはクロだった。
他の人達もそれぞれに色々な反応を示す中、馬車は静かにフォルテウス様の前に止まる。
内側からそのドアがゆっくりと開かれた。
誰かがゴクリと唾を飲み込むのが聞こえた。
最初に馬車から降りて来たのは一見するとどこにでも居そうな雰囲気の色白の男の子だった。ただしその耳は空へと向かって尖っている。薄い綺麗な青い瞳をしている。
次に降りて来たのは背の低い壮年の男性。服の上からでも分かるくらい頑強そうな体つきだ。顔は所々に白いものの混じる濃い髭で覆われている。
最後に降り立ったのは浅黒い肌の綺麗な女の人だった。腰まである銀色の髪と尖った耳。赤にも見える茶色の瞳が、より一層妖しい雰囲気を醸し出している。
『…!ブラックエルフまでいるとは…。』
どうやら最後の女の人はブラックエルフという種族らしい。
その女の人は少しだけ目を見開き、僕とクロを交互に眺めている。
もしかして、クロの声が聞こえたのか…??
「皆さま初めまして。遠路はるばるようこそおいで下さいました。私、この国、ルミエーレ王国第一王子、フォルテウスと申します。」
「は、初めまして。ワタシはアルボレス共和国から参りました、シエロと申します。」
言葉が通じた事にフォルテウス様は安心したようだ。少しだけカタコトだがシエロさんの言葉ははっきりと理解できた。
「ワシはデシじゃ。以後お見知り置きを。」
「ダリアと申します。」
恐らくはドワーフであろう男性と、クロがブラックエルフと呼んでいた女性がそれぞれ簡潔に自己紹介をする。
「皆様、言葉がお上手で。どうやって学ばれたのですか?」
「実は遭難者を助けた所、コチラの国の方だったのです。それでこの国の存在と言葉を知る事が出来ました。」
フォルテウス様の質問にシエロさんが答える。
「そんな事が…。我が国の民がお世話になりました。そしてその者は今どこに?」
「ポートランドのお家に帰られました。」
僕はちらっとロメオを見た。ポートランドと言えばロメオの実家がある街だ。
「毎年、一人や二人は海に出て帰らない奴がいる。誰かなんて分からねぇよ。」
僕の視線に気付いたロメオが小声で答えてくれた。
しかしさっきから口を開いているのはシエロさんばかり。デシさんとダリアさんは後ろでニコニコしているだけだ。
もしかしてこの国の言葉を覚え切ってないとかだろうか?
僕…、というより周りの同様の困惑に気づいたのか、ダリアさんがクスリと笑った。
「ミナサン、我々の中で最も長老なのはシエロなんです。そんな不思議な顔をしないで。」
ダリアさんの言葉に場がざわめく。シエロさんは顔を真っ赤にして俯いている。
「これでもシエロはもうすぐ百歳に届くかという歳です。」
「ちょ、ちょっとダリア!恥ずかしいからバラさないで…。」
慌ててダリアさんを遮る真っ赤な顔のシエロさん。
「百…、皆さんもそれくらいのお年なのですか?」
「フォルテウスサマ、女子に年齢を聞くものではないです。」
ダリアさんは頰を膨らませて抗議する。綺麗な顔と幼さのギャップが凄いが、それが余計に魅力的に見える。
「ダリアでワタシの半分。デシは更にその半分くらいです。」
シエロさんの言葉にその場のざわつきが更に大きくなった。
「シエロのバカっ!」
「やはり人間からみるとドワーフは老けてみえるのかのぉ…。」
「こ、これは申し訳ない事をしました。」
自分の事は棚に上げて、顔を真っ赤にして怒るダリアさん。
なんだが言動も年寄り臭いデシさん。
そして丁重に謝罪するフォルテウス様
三者三様の反応をみてクスクス笑うシエロさん。
「…なんだが良い人たちみたいだな。」
僕の隣のアルが苦笑いしながらそう呟いた。
*****
「…では貴国の望みは安定した国交の構築と、そういうわけですな?」
会談は王宮の中に場所を移して行われた。
会議用の円卓に就いているのはいつもの国の重鎮たちと、シエロさん達三人だ。
「しかし、教えて頂きたい。それによる貴国の利益は何だ?」
「簡単に言いますと、シゲンです。」
「資源?」
頷くシエロさん。その表情は真剣そのものだ。
「我々の国はあまり大きくない。狭い領土の中にエルフとドワーフと人間がひしめき合っています。そこで王を戴かずに共和制を取っています。」
「お聞きしたかったのだが、その共和制?共和国?とはどういうものなのだ?」
ここで質問を挟んだのはブノワ長官だ。
内政を主に司る立場としては確かに気になる所なのだろう。
「ハイ、共和制とは、各種族の代表が集まって会議の上で
政を行なっていく体制のことです。」
「会議…。つまり種族に上下は無い…、と…。」
フォルテウス様の言葉に再び頷くシエロさん。
シエロさんは胸元から何かを取り出した。見覚えのある、三つの丸が重なった紋章の首飾りだ。
「コレは我々、三種族が融和した証。三円教と呼ばれています。この証に誓って、我々は種族で差別を行う事はない。」
その言葉に僕は思わぬ衝撃を受けた。
首飾りをギュッと握るシエロさんを思わず凝視してしまう。
その僕の様子をアル、エレン、そしてクロが気にしているのを感じたが、シエロさんから目を離すことが出来ずにいた。