【さいしょでさいごの手紙】
pixiv公式企画『pixiv1000字ショート~切ない~ 』へ参加した作品の再掲です。
20240827 投稿。
意地っ張りな少女から婚約者への、別れの手紙。
なんとなく大正か、昭和初期を想定しています。
『拝啓
秋虫の声もにぎやかなゆうべとなって参りました。あの酷暑が嘘のようですね。
十分でも机に向かって居られない私がお手紙なんて、貴方は驚いてしまったのではないかしら。それとも、困惑か怒りかしら。
貴方との婚約破棄を、人伝に頼んでしまってごめんなさい。
でも納得してくださいませ。
貴方がこの手紙を受け取り、私の家に駆け付けるであろう頃、私はすでに其処にはおりません。
家の者にも、詳細な行き先は告げずに出立しました。なので、兄に聞いても弟に聞いても無駄ですよ。残念でした。
貴方との婚約、本当は嫌だったのです。
いつも意地悪で、からかってきて、私が気にしている欠点ばかりあげつらって、弟にかけるようなお優しい言葉一つ私には下さらない。そのくせ、日を開けずにいらして下さる。兄に会うついでと分かっていましたけれど。
貴方と婚約していた三年間、心を擂鉢で念入りにすられているような日々でした。
けれど、ついに私は自由です。
誰も知らない場所に行きます。貴方の知らない場所に行きます。
この心の晴れ様、如何ばかりかご理解いただけないでしょうね。
私達は他人になるのですから、どうぞ好い方と添い遂げて、勝手に幸せなって下さいまし。
でも兄と弟とは、友誼久しく在って下さるようお頼み申し上げます。
あまり長々書いて未練たらしく思われてもしゃくですので、この辺で筆を置きます。
涼風に吹かれて風邪など召されませんよう、ご自愛ください。
然様なら。
敬具 』
「お嬢さん、乗らないのかい?」
「あ、乗ります。只今!」
鄙びた駅舎に留まったバスに、少女が飛び乗る。と言っても、大きな葛籠を背負っているので、動きは素早くない。
座席に落ち着いて、懐から一通の封筒を取り出す。
《==結核療養所 入所確認書類 在中》
きちんとあることを確認して、窓の外を見やる。山深いこの地方では、秋は早足らしい。色付いた一部の木々に少女は目を細める。
もう一度懐を探り取り出したのは、革の写真入れ。艶やかな二つ折りのそれを開けば、片側に家族写真。
もう片側には、鮮やかな紅葉の押し葉が一枚、丁寧に張り付けてある。
華奢な指先でそうと押し葉をなぞり、写真入れを懐深くしまい直す。
細く上げられた窓から入ってくる空気がおいしくて、少女は小さく笑う。
黄土色の土煙を上げて、バスは発進した。
去りし5月23日は【恋文の日】だったそうですね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




