ハッピー・バレンタイン
有難くも、また書いて欲しいとリクエストを頂きました。
それは2月に入ってすぐの、まだまだ寒い日のことだった。
ぼくとユキが暖房の効いたリビングで毛繕いし合いながら、ぬくぬくとお留守番をしていると、外から誰かの気配が近付いてくるのを感じた。
「この足音はママさんだね。お出迎えしよう?」
「うん」
ユキと言いあい、二匹揃って玄関に向かう。
すると、ちょうど扉が開いて、予想通りコート姿のママさんが入ってくるところだった。一瞬だけ、外の寒い空気もピュウと吹き込んでくる。
いつもと違うのは、買い物に付き物のエコバッグやレジ袋ではなく、沢山の紙袋を抱えていたことだ。
『にゃ~』
「ただいま。あぁ、荷物が多いから気を付けてね」
ママさんは断りを入れ、リビングにあるテーブルの上にドサドサと紙袋を置いた。
ぼく達もピョンと飛び乗り、じっくり眺めてみる。一つひとつの大きさはそんなに大きくないけど、カラフルで数が多い。
ユキが不思議そうな顔で鼻を近付けた。
「こんなにいっぱい、何かな? あっ、甘い匂いがする」
ぼくにはそれでピンときた。そうか、2月が来たら「あれ」はすぐだもんね。
コートを脱いでから荷物を整理し始めたママさんもどこか楽しそうだ。
「えぇっと、これが職場用で、こっちがお父さんとお母さん用で……、これが我が家の分ね」
細かい仕分けは後にしようと呟いてから、「我が家の分」を袋から取り出す。それはママさんの両手くらいの薄い紙箱で、甘い匂いが一層強く鼻をくすぐった。
絶対、間違いないね。
「ナオはもう分かったわよね。ユキはもしかして初めて? はい、少し早いけどハッピー・バレンタインよ」
祝福の言葉と共に箱が開かれ、中からは宝石のように輝く粒――チョコレートがお目見えした。
ぼくの体みたいに真っ黒いビターチョコもあれば、ユキみたいに真っ白いホワイトチョコもあるし、赤いベリーや緑の抹茶味もある。
「わぁ、きれい」
どれもツヤツヤ・キラキラだ。本当に宝石箱みたいで、ユキは目を輝かせた。
うん、ぼくも年に一度のこのシーズンが大好きだよ。
ママさんの「さぁ、一粒どうぞ」のお誘いを、ぼく達は遠慮なく受けることにした。子ネコの口には大きいから、ペロペロ舐めて味わおうね。
「甘くて美味しいね、ナオ」
「うん、美味しい」
椅子に座って、テーブルの上でチョコを食べるぼく達を眺めながら、ママさんがそっと「ねぇ、ふたりとも」と優し気に囁いた。
「私達とずっと一緒に居てくれて……どこに行っても我が家へ帰ってきてくれて、本当にありがとうね」
そう言って、ぼく達の頭から背中にかけてを軽く撫でていく。チョコみたいに甘くて柔らかい手つきで気持ち良い。
「みんな、あなた達が大好きよ。……愛してる」
チョコは時々貰うけど、バレンタインチョコはもっと美味しい気がする。材料が高いから? 有名な人が作ったから?
ううん、それ以上に贈る人の「気持ち」がこもっているからかもしれないね。
ぼくもユキも、温かいその手にすりすりと頭を擦りつけると、ママさんもにっこり笑い返してくれた。
ぼく達の「気持ち」も、伝わっているといいな。




