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 ――それから数日して。

 ルミナリエは、荷造りをしていた。


 王太子妃選びも婚約発表も無事終わったし、王都での用事はもうなくなってしまったからだ。

 それにベルナフィス領では、春になると魔物が多く現れる。それを退治するのも、領主一家の仕事のうちだ。


 そう思いながら、レレリラと一緒に持ち帰るドレスを選んでいたとき、キラリと何かが光った。


 それは、自身の左手の薬指にはまっていた指輪である。

 その輝きに少しだけ嬉しくなるのと同時に、胸に苦いものがこみ上げてきた。


(ヴィクトール様と、会えていないのよね……)


 ヴィクトールと婚約発表後に顔を合わせたのは、フランシスとの決闘のときだけだった。その後手紙のやり取りはしていたが、どうやら寝る間もないくらい忙しいらしい。会う時間を取るのは無理だったようだ。


 ルミナリエも自領に帰ることになっているし、一ヶ月以上は会えないことになる。それがなんだか寂しくて、ルミナリエは左手をかざしてゆらゆらと揺らした。

 はめ込まれたダイヤモンドがキラキラと輝く。

 手を下ろしながら、ルミナリエははあ、とため息を漏らした。


「ルミナリエ様はやはり、殿下にお会いになりたいのですね」

「……え、何、レレリラ。私、何か言ったかしら」

「いえ、何も。一言も言っておりません。ですがそのような行動をなされているので、会えないことを気にしていらっしゃるのだなと思いまして」

「うっ……」


 どうやら一連の動きで、レレリラはすべてを悟ったようだ。さすが長年一緒にいる侍女である。

 ルミナリエは苦笑いをしながら、左手を握り締めた。


「もちろん、気にしてるわ。会いたいとも思ってる。でも殿下はお忙しそうで……会いたいなんて言える雰囲気ではないのだもの。それにこれ以上を求めるのは、なんだかいけない気がして」

「いけない、とは?」

「……だってあれだけのことをしてもらって、あんなに素敵な求婚もしてもらったのよ? なのにたった数日だけ会えないくらいで『会いたい』なんて言うのは、ワガママだわ。私、ヴィクトール様を私のワガママで振り回したくない。軽蔑されたくない、嫌われたくないの」

「ルミナリエ様がそう仰られるのであれば、わたしは関与しません。ですが……王太子殿下は別にその程度で、ルミナリエ様を嫌うとは思えませんけれどね」


 ルミナリエは口を一文字に結んだ。


(分かってるわ、そんなこと)


 ヴィクトールがそんなことで嫌うことはないことなど、分かっている。

 だけどそれ以上に、休んで欲しかった。その時間を削ってまで会いに行こうとは、どうしても思えない。


 そんな気持ちを押し込めるように、ルミナリエはカバンにドレスをぎゅうぎゅうと詰め込む。

 だけれどどうしても気になってしまい、ヴィクトールに手紙を送った。帰ることを報告するついでに、「ちゃんと休んでくださいね」と労りの言葉も綴っておく。


 ――そして翌日の早朝、ルミナリエたちは馬車を使って、ベルナフィス領への道を進んでいったのだ。



 *



 父・シャルスのために大量の酔い止め魔術薬を買い込んだおかげか、帰路は割とスムーズに進むことができた。


 そして残りは馬車でベルナフィス領まで数日程度、というくらいの距離にある平原を走っていたとき。


 ルミナリエは、信じられないものを見た。










 馬車の窓に、黒いものが映る。

 窓越しに外を眺めていたルミナリエは、一瞬自分が何を見たのか分からなくなった。


(え?)


 目をこすり、再度空を見る。

 しかし見間違いではない。

 ――黒竜が、青く抜けるような空を滑るように飛んでいた。


 その竜には見覚えがある。


(ジャードノスチ……⁉︎)


 ジャードノスチはヴィクトールの契約竜だ。

 そしてそんな竜を扱えるのは、この世でただ一人。


 黒竜は馬車よりも速く空を駆けると、馬車の行く手を阻むように着地した。馬がいななきとも悲鳴とも言える声を上げて急停止する。

 馬車が止まり切るのを待たず、ルミナリエはドアを押し開け外へ飛び出した。


「ルミナリエちゃん⁉︎」

「ルミナリエ⁉︎」


 両親が驚いた声を上げているが、構ってなどいられない。ドレスの裾を掴み、原っぱを駆ける。

 すると向こう側から、黒い軍服を着た青年が全力疾走してきた。


 間違いない、ヴィクトールである。


 思わず立ち止まるルミナリエの前に、ヴィクトールが停止。お互いに顔を見合わせ、


「ヴィクトール様、どうして⁉︎」

「ルミナリエ、会いたかった!」


 発した第一声がかぶった。

 しかしちゃんと言葉は聞こえていたため、ルミナリエは顔を赤くする。


(な、なんで……そんなに簡単に会いたいって言うの……!)


 ルミナリエが我慢していたこと、ヴィクトールのためだと一線を引いたことを、ヴィクトール自身が易々と越えてくる。

 それになんと言ったらいいのか分からなくなっていると、ヴィクトールがぎゅっと抱きついてきた。


 ぶわりと、熱が一気にこみ上げてくる。


「ヴィ、ヴィクトール様⁉︎」

「すまない、本当に……見送りもできなくて……だが一目でもいいから会いたくて、ようやくもらえた休暇を使ってジャードノスチに乗ってきた……」

「っ、そういうときは、ちゃんと休むべきです、ヴィクトール様……」

「そうなんだろうが……」

「それに、ジャードノスチに乗ってくるだなんて。怒られてしまいませんか?」

「怒られるな、多分。今まで一度もジャードノスチを個人的な感情で使おうと思ったことはなかったんだ……でも今回は、耐えられなくて」

「っ!」

「とにかく、ルミナリエに会いたかった。だから、会えて嬉しい」


 そう言い顔を見合わせてくるヴィクトールは、溢れんばかりの笑みを浮かべていた。

 きゅう、とルミナリエの胸が苦しくなる。


(どうして、そんな顔するの……)


 恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜになり、わけが分からない。

 ルミナリエはむくれた。


「……私が、会うのを我慢していたのに……ワガママ言って嫌われたくないって思ってたのに、なのに……どうしてヴィクトール様は、そんなに簡単に会いに来てくださるのです」

「……ルミナリエ」

「ずるいですわ、そんなの。ずるいです、ずるいっ」


 ぷっくーと頬を膨らませて俯いていると、くすくすという笑い声が聞こえてくる。


「なら、ルミナリエもずるいな」

「……何がです?」

「そんなに可愛いことを言って、()を喜ばせるから」


 思わず顔を上げれば、両頬を両手で押さえられ固定されてしまう。

 しまった、と思ったときにはもう遅かった。逃げられない。


「本当に可愛い」

「ひゃっ⁉︎ そ、そんなこと……っ」

「可愛いよ。俺がそんなことであなたを嫌うわけないのに、臆病になってしまうあなたが愛おしくて仕方ない」


 甘い甘い、とろけるほど甘い笑みと甘い声音でそう言われ、背筋がゾクゾクする。

 恥ずかしさのせいで口をパクパクさせたまま言葉をなくしていると、ヴィクトールが妖しげに笑った。


「俺は、あなたよりももっとすごいことを考えているぞ? たとえば……もっとあなたに触れたい、とか」

「ひゃっ⁉︎」

「抱き締めたい、とか」

「ちょっ、ヴィクトール様っ」

「あなたに、キスしたい、とか」


 髪の毛や顔の輪郭をなぞるように手を動かしていたヴィクトールが、ルミナリエの唇を親指でなぞる。その動作に、また背筋が震えた。

 びくりと肩を震わせたルミナリエに対し、ヴィクトールが首をかしげた。


「ルミナリエ。あなたは俺のそんなワガママを聞いて、俺のことが嫌いになるか?」


 まるで年端もいかない子どもがするのような、あどけない問いかけだった。

 ルミナリエは少しだけ考え、首を横に振る。


「まさか、そんなことありません」

「俺も同じだ。だからルミナリエには、たくさんワガママを言って欲しい」


 ワガママ。


 言ってもいいのだろうか。

 ルミナリエはきゅうっと唇をひき結んでいたが、意を決したというように口を開く。


「……なら。なら、ぎゅっとしてください」

「喜んで」


 ぎゅっと、ヴィクトールが抱き締めてくれる。彼の熱や鼓動が伝わってきて、不思議と落ち着いた。

 そのせいか、思わず本音が溢れる。


「……会えなくて、寂しかった、だから、会えて嬉しいです、ヴィクトール様……っ」


 するとヴィクトールが、抱き締める力を強めた。

 ぽそりと、耳元で囁いてくる。


「じゃあルミナリエ。俺もワガママを言っても構わないか?」

「……なんでしょう?」

「俺のこと、できればヴィーと呼んでほしい。なんだか、特別な感じがする」

「……もちろんですわ、ヴィー」


 そして今度は、顔を見合わせて。


「じゃあもう一つ」

「多くありません?」

「すまない、ワガママなんだ。特にルミナリエと一緒にいると、欲張りになる。ダメか?」

「……そんなことありませんけど。どうぞお言いになってください」


 こほんと、ヴィクトールが咳払いを一つ。


「……キスしてもいいか?」


 ルミナリエの顔に朱が散った。

 だけれど。


(私も……したい)


 しかしそれを口にすることはできず、こくりと一度頷いた。

 すると、唇に柔らかい感触が落ちてくる。


 キスがこんなにも甘いものだということを、ルミナリエはそのとき初めて知った。

 甘くて甘くて、胸がいっぱいになる。


 ほんと一瞬だったのにこんなにも満ち足りるなんて、思わなかった。

 するとヴィクトールが、両手に指を絡めながらその手を胸元にまで持っていき、こつんと額と額を合わせて言う。


「……今度王都に来るときは言ってくれ。必ず迎えに行くから」


 ルミナリエは花のような笑みを浮かべ――強く頷いた。




「待っています。私、待っていますわ――ヴィー」



 そう言う二人の左手には同じ指輪がはめられており。

 それが、太陽の光を浴びて強く強くきらめいていた――

これにて完結です。

お読みくださった方々、どうもありがとうございました!

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