33 異世界帰りの勇者 その4
ちーちゃんこと神那岐千早ちゃんが我が家に来たのは一年程前だった。
当時モンスターバスター協会は強敵の出現で、メンバーに負傷者が続出し、人員不足に陥っていた。
本来なら『日本を守る切り札』である、神那岐の太刀の後継者はじっくりと育てる予定だったのだが、緊急事態ということで、モンスターバスター協会はちーちゃんの『即戦力化』を政府から要請されたのであった。
しかし、九歳ですでに神那岐の太刀の後継者になっており、話が来た当時モンスターバスターA級上位並の実力のあったちーちゃんをさらに育成できる人材などほとんどいなかったのだ。
「分野は少し違うけど、瀬利亜ちゃんならなんとかできるんじゃない?」
『大魔女リディア』の推薦により、私にお鉢が回ってきたのでした。
初めてちーちゃんと会った時、なんて可愛らしい女の子だと驚嘆しました。
真面目で誠実、そしてすごく優しそうな日本人形のような女の子。
当時一三歳でその後すぐ私の家に同居しつつ、一緒にトレーニングを始めたのです。
この年齢にしてはあまりにも度胸、覚悟、判断力もずば抜けていてびっくりしましたが、生い立ちを聞いて納得しました。
お父さんが先代の継承者で、人はいいのですがやや生活力にかける、困ったおじさんでした。
お母さんは世界最高の透視能力者『千里眼の巫女』と言われるモンスターバスターで、ほとんど本部に滞在し、未来予知を含む、様々な案件を透視する仕事に追われていたのです。
おかげで、ちーちゃんは小さなころからほとんど母親に顔を合わせることもなく、『生活力のない父』を支えて、家事や神社の雑用などの様々なことまでせざるを得ず、『本来の神那岐の太刀の継承者の役割』をこなすことも含めて、自然にしっかりせざるを得なかったのです。
住んでいるところが小さな村だったので、年の近い相談できる相手がいなかったこともそれに拍車をかけたようです。
だから、最初に会った時はすごくしっかりしていい子なんだけど、どこか寂しそうで非常にもろいところがある…と感じていました。
しかし、一緒に姉妹のように暮らすようになると、どんどんちーちゃんの顔が明るくなり、元気になってきました。
「瀬利亜はんがべったべたに甘やかして溺愛しはるから、完全になついてしもうたね♪」
光ちゃんからよくそう言ってからかわれましたが、アルさんによると…。
「あら、今ままでちーちゃんは誰にも甘えられなかったのが、瀬利亜ちゃんにはべたべたに甘えてくるでしょ。一〇代の女の子で誰にも甘えない方が異常だから。
だから、素の自分を出して甘えていい相手が出来たことで、ちーちゃんは精神的に落ち着いて、本当の意味での人間的な成長もできるようになったのよ。
まあ、瀬利亜ちゃんもちーちゃんを育てることで一緒に大きく成長したのだから、そこはお互い様なんだけどね。」
うん、私が思い切り甘やかしたのは正解だったようです。
なのですが……、今の私を見る視線のように、お姉さんを見ているのか、恋人を見ているのかわからないような視線を見ていると、『姉離れ』してもらうことも考えた方がちーちゃんのためにもなるのでは?と思えてきてしまいます。
「聖剣が!!聖なる盾が!!」
あ……伊集院君の勇者の剣と盾が斬られたままですね…。
「あらあ、ちょっと貸してみて♪」
アルさんが伊集院君に近づくと、剣と盾をひょいと手に取って、懐から『接着剤?』を取り出して、剣と盾の切断面に塗り始めます。
そして、剣及び盾の切断面を合わせて、固定し、ドライヤーで乾かし始めます。
そして、パテみたいなもので、細かい隙間を埋めて、見た感じは完ぺきになりました。
「ほら、バッチリ♪」
「接着剤でくっつけただけでしょ!!!!!」
「あら、この接着剤でくっつけると意外と丈夫なのよ♪よかったら試してみて♪」
「そんなもんで、聖剣や聖なる盾が元に戻るわけがないでしょ?!!!」
伊集院君が聖剣と盾をアルさんから奪うようにしてもぎ取り……しばし、固まります。
「……全然違和感がないんだけど……。」
それを見ていたアーリャさんが伊集院君に近寄って聖剣と聖なる盾を調べますが…。
「完全に直っている!!!いや、斬れた跡すら全然残っていない!!一体どうやって直したんですか??!!」
「え?接着剤で♪」
「いえいえ、そういう意味じゃなくて、その接着剤がどういうものなんですか?」
「これはね、『修理魔法がかけてある』接着剤なのです。生き物以外なら上手に接合できればほとんどすべてのものを直すことができるよ。」
「いえ、それだけじゃなくて、『魔法・物理の絶対防御の魔法』はアイテムが壊れたら無効になるんですよ。それが元に戻っている…いや、前より強化されているじゃないですか?!!」
「ええ、『絶対防御の魔法』とか言いながら、すごく不完全な魔法だったから、術式を少し改善しておきました♪」
アルさんの話を聞いてアーリャさんが口をぱくぱくさせています。
「アルテア先生どこまですごいの??!!石川!!アルテア先生て何者なんだ???」
いつの間にか来ていた橋本君がすがるような目で私を見てますが…。
「…えーと、前回アルさんが、元の世界にうちのクラスごと戻したのは覚えているよね。
その後、みんなで正体を検証しなかったの?」
「いや、石川がシードラゴンマスクだとわかったショックでそれどころじゃなかったから…。」
あ…橋本君のセリフを聞いて、伊集院君の顎が落ちた。
「石川さんがシードラゴンマスクてどういうことですか???!!!!」
「いえ、どういうこととか言われても困るんだけど…。ちなみにそのことをクラスで知らなかったのは伊集院君だけでした。」
テへペロ…みたいな感じで告げると、伊集院君はショックのあまり完全に固まってしまっています。
うーむ、橋本君は自分が『私の正体をばらさないようにしよう』と言いだしたのに、自分でばらしちゃったよね。
さて、この二人は置いておいて、あまり気が進みませんが、ちーちゃんとの『勇者決戦』をせねばなりますまい。
「赤コーナー、東洋の勇者にして、剣の達人!先ほどの戦いでは強者である『烈火の勇者』を圧倒的強さで葬った勇者の中の勇者や!!神那岐千早!」
光ちゃんのアナウンスに従って、ちーちゃんがスタジアム中央にゆっくりと歩いてくる。
会場中を大きな歓声が包み込む。
「青コーナー、同じく東洋の勇者で、格闘術の達人!魔王、大魔王、特大魔王をほぼ一人で粉砕し、巨大怪獣ゴメラを一撃で葬り去るスーパー勇者や!!シードラゴンマスク!!」
光ちゃんのアナウンスに従って『シードラゴンスーツ』に着替えた私は滑るようにスタジアム中央に到着し、ちーちゃんを見やる。
ちーちゃんの時以上にすごい拍手と歓声が響きます。シードラゴンマスクのぬいぐるみが会場中をウェーブしています。垂れ幕もいくつもなびいています。
いつに間にそんなものが広まったのでしょうか?
ちらと観客席を見ると、アルさんとサーヤさんが率先して旗を振っています。
犯人はあなたたちですか??!!!
そして、クラスメートの氷室さんがマイクを持ってちーちゃんに近づいていく。
「神那岐千早さん、今のご心境をお願いします。」
「はい、シードラゴンマスクさんには今までものすごくお世話になってきました。私がここまで強くなれたのは彼女の絶大な支援とご指導があったからです。
そして、だからこそ、今日は勝ちます!買って御恩返しをすると同時にデートにお誘いします!!」
「おおっ!!師弟愛があるからこその勝利宣言です!!すばらしい!皆さん、神那岐さんを心から応援お願いします!!」
会場が歓声に包まれ、ちーちゃんを見る目がさらに好意的なものに変わっていきます。
やりにくいです。いろんな意味でめっさやりにくいです。
獅子は我が子を谷底に突き落とすと言いますが、そんな格言くそ喰らえです!!
トレーニングだと割り切ればまだしも、真剣勝負は非常にやりづらいです。
油断するとちーちゃんのほっぺをふにふにしたくなりますから、攻撃しろと言われるだけで想像を絶する葛藤が襲ってくれます。
やりにくいもう一つの理由はちーちゃんが異様に強いこともあります。
最近どんどん強くなってきており、今までの一対一での真剣勝負の相手としては『神話クラスの強敵』だったレジウスを除けば最強クラスの難敵です。
身体操作能力は『シードラゴンモード』の私とほぼ互角に近く、抜群の戦闘勘で『世界最強の武器』の一つの神那岐の太刀を自在に操るのです。
さらに最近はアルさんの特訓でもらった魔法の杖を相当自由に扱えるようになってきており、魔法の動向にも気を付けなければならないのです。
普通の相手なら魔法を使う時が隙になりますが、私と模擬戦をたくさん重ねているちーちゃんは魔法が隙になることなど百も承知している分、効果的に使ってくるでしょう。
そんなことを思っているうちにいよいよ試合開始です。
ちーちゃんは魔法の杖をさっと一振りすると、膨大な魔力を放出して魔法を完成させたのち、神那岐の太刀を構え直します。
魔法を唱えた隙を最小限にして、私からの攻撃を防ぎます。
今唱えた魔法は…『ランダム魔法』ですね…。
ちーちゃんの意識と制御外から突然自分や相手に一定以上の強力な効果を自律的に及ぼす魔法です。
使った後は自分の魔法に一切意識を向ける必要がないため、隙を作らず、一対一や一対多数を相手にする時は非常に有効な魔法だと話し合ったことがありますが、ここで使ってきましたか!!
魔法にも気を付けなければいけませんが、下手に魔法に注意を向けるとちーちゃんの猛攻が襲ってきます。とはいえ、魔法を一切無視してちーちゃんに集中したら、今度は魔法の攻撃が致命傷なる危険があります。
仕方ありません、ここは武術の達人が達するという『無の境地に至ったつもり』になって、何とか対応することにしましょう。
全身から余分な力を抜いて、心を研ぎ澄ませることで、感覚的にまわりの状況を把握します。はい、今の私は武術の達人です。あくまでも私視点ですが、『無理にでも達人と思い込む』ことにします。
すると……私の足元から大量の蔦、魔法の蔦が猛スピードで生えてきて私を拘束しようとします。それを流れるように回避し、同時に斬り込んできたちーちゃんの攻撃も回避します。
私は素早く蔦の生えている範囲から離脱し、再びちーちゃんと睨みあいます。
危ないところでした。ほんの少しでも隙を見せると、容赦なく攻撃を仕掛けてきます。
さらに睨みあっていると今度は私の上方の空間が揺れる気配がします。
なにかが落ちて来そうなので、全身の闘気をさらに高めて対応できるようにすると……空間が割れて、巨大な『金ダライ』が私の頭上から落ちてきます。
…なんで『金ダライ』なんですか??!!コントですか?!
はい、一瞬『ツッコミを入れた』のは失敗でした。
ちーちゃんがまたしても素早く突っこんできます!
「シードラゴン流星拳!!」
それもギリギリ回避し、頭上の金ダライに闘気の拳をぶち当てて、吹き飛ばそうとします。
金ダライは私の攻撃を受けて……おいおい!!たくさんの金ダライに分裂しちゃったよ!!!
金ダライの雪崩落しってどんな悪夢ですか??!!
ちーちゃんはここに突っこんでくるのを悪手と見て、ランダム攻撃魔法を使っています。
ちーちゃん、やりますね!!
……なんで、空間が裂けて、小さな金ダライが嵐のように襲ってくるのですか?!!
私は金ダライに呪われているんですか??!!
私が内心ツッコミを入れた隙を着いてちーちゃんは容赦なく斬りこんできました。
それもギリギリ躱したのですが、ついに金ダライの一つをよけ損ねて、カーーン!!と甲高い音がスタジアムに響き渡ります
痛いです!!思ったよりかなり痛いです!!
武器として使った場合は金ダライ+一〇くらいの威力があるのではないでしょうか??!!
あかん!!この隙をちーちゃんが見逃すわけがないです!!
ちーちゃんは私の眼前に躍り出ると……。
「瀬利亜さん大丈夫ですか??!!すごく痛そうです!!!」
私が頭にコブを作っているのを見て半泣きになっています。
えーと、勝負はどうなったのでしょうか……。
仕方ないので、私はちーちゃんの右手を取って、高々と差し上げます。
「勝者!神那岐千早です!!」
私の宣言に、最初はみんなしばし、戸惑っていたものの、間もなく会場を歓声がつつみます。
「いやあ、ホンマに素晴らしい勝負やった思います!!実質決着がつきそうになった際に『勝敗以上に相手のことを思いやる』素晴らしい勝負やったです!!
勇者は戦闘に強い以上に思いやりの心が大切…いうことをお二人は勝負を通じて見せてくれはったいうことやね♪」
えーと、光ちゃんがなんかうまいことまとめてくれて、みんな何とか納得してくれているようです。
こうして勇者対決イベントは何とか成功を収め、それをもとに村の再活性化は大成功したのでした。
勝負が行われたスタジアムは『勇者対決スタジアム』と名付けられ、その後も様々なイベントに使われることになりました。
イチゴは温泉の熱と地熱発電を利用したハウスで大量の生産されることとなり、カソノ村の名物として受け継がれることになりました。
温泉も『カソノ村温泉』は世界的な名所となり、各国の王室の別荘まで作られることになりました。
勇者ぬいぐるみは今まで以上に売れるようになりましたが、なぜか『金ダライ』が吉を呼ぶアイテムとして売れるようになりました。
さらに『なんでやねん!』と言いながら突っ込むアイテムとして定着しそうになったので、慌てて『代わりの品として』ハリセンを提示したところ、今度はハリセンが大流行することになりました。
私たちのクラスも無事にアルさんの手によって、元の世界の元の授業の時間に戻り、平穏な学校生活を取り戻すことが出来ました。
え?伊集院君ですか?!
ええ、さすがに私を口説くのはあきらめたようですが、なにやら騒動の元になって……その話はまた後日。




