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異世界旅行は落ち着かない  作者: 多真樹
第二部 少年時代 一章 大平原の獣人
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第29話 温泉

 ベドナ火山の麓に獣人村を開拓する上で、俺には誰にも言っていない目的があった。

 そう、温泉である。

 魔物を間引くついでに源泉を探そうと考えたわけだが、その途中どうやらここのエリアボスを刺激してしまったらしい。

 ベドナ火山は魔力が大森林並みに漂っていたから、いるんじゃないかとは思っていた。

 大森林にも、ウガルルムとカトブレパスという、ランクがひとつ上の魔物がいた。

 そしてベドナ火山にも、当然のようにいる。


 ――マンティコラ。

 合成獣(キメラ)のような外見である。

 頭部に赤ら顔の猿、胴体に獅子、そしてお尻に蠍尾が付いている。


「キィィィィィアアアアァァァァァァ――――――――ッ!!!!」


 劈くような奇声を発し、ミノ親玉の体に喰い付いた。

 口元を血で汚しながら、こちらに顔を向ける。

 サル顔がむしゃむしゃと真っ赤で鮮やかなミノの肉を食べている。

 テレビ放送ならモザイク処理が施してある光景だろう。


「マ、マンティコラは、生き物なら見境なく食べてしまう好戦的な魔物です。体は硬く、どんな剣でも傷がつけられないと言います」


 マリノアが補足を入れてくれる。

 マリペディアである。


 体が硬く剣が通らないのは、単にハイ・ブースト状態で覆った体に傷をつけられないだけだろう。

 見た目、鋼鉄そうな感じでもないし、防御に特化した魔物でもない。


「素材は良かったりするの?」

「はい、それはもちろん。ただ、肉を食べるのは無理だと思います」

「食べないよ。食べる気が起きないよ」


 サル顔に睨まれて、俺はうんざりした。

 獣人はみんな食べることに直結するから。


「マンティコラは尻尾と牙に毒がありますから、十分に気を付けてください」

「そんな気はしてた」


 簡単な説明を受け、俺はふたりの前に出た。


「参考にはならないかと思うけど、戦い方を見てるといいよ」

「はい、勉強になります」

「ミィニャもやる!」

「見てなきゃダメです」


 やる気に満ちた猫ちゃんが、マリノアに引き留められている。

 終始獣人語で話していたのに、ちゃんと聞いていたのだろうか。

 猫ちゃんだから聞かないか。

 まあ、変に参加されて怪我を負わなければいい。

 マリノアがストッパーになってくれるはずだ。


 俺はゆっくりと、マンティコラと間合いを狭める。

 マンティコラは首のないミノを前足で踏みつけ、俺を睨み据えている。

 やるのかああん? という顔だ。たぶん。

 こっちもメンチを切る。

 効果があるのかは不明だ。

 ただ敵意は敏感に感じたようで、身を低くして構えた。

 そうそう、俺にだけ意識を向けなさい。

 他の子はあっさりやられちゃうんだから。


「“土槍”」


 マンティコラの足元に作り出した土槍は、あっさりと飛んで躱された。

 一気に間合いを詰める。

 たけのこの伸びかけのような土槍を根元で叩き折り、マンティコラに投擲する。


「カッ!」


 マンティコラは口から炎を噴いた。

 それがどれほど高温なのかわからないが、土槍は溶けて消えてしまった。

 灼熱の風がこちらにも届いて、顔を舐めていった。


 炎のブレスと毒攻撃か。

 毒のブレスとかあるのだろうか。

 無作為な全体攻撃とか、勘弁してほしい。

 炎を吐いた隙を利用して、側面から拳を叩きつける。

 もう一発、追撃を見舞おうかと考え、逆に引いた。

 目の前を蠍の尾が掠める。

 毒があるというやつだ。

 体の意思とは別に動いているのか、あるいは無意識に近寄ったものに攻撃を与えるようにできているのか。


「キィッ! キシャァァァァァァァ――――ッ!!」


 威嚇のつもりか、サル顔が吼えた。

 飛びかかってくる。

 飛び退き、拳を打ち抜くが、合わせるように蠍の尾が振り下ろされる。

 触れる瞬間、ぐっと堪え、尾を避けた。

 体内で浄化すれば毒など打ち消せるだろうが、まだ解毒は不安が残る。

 一度猫ちゃんの解毒を行ったきりで、練習を積んでいないのだ。

 もしマンティコラの毒の方が強かったら目も当てられない。


 と思っていたら、蠍の尾の先端から、びゅびゅっと透明な液体が吹き出し、腕にかかった。


「アル様!」


 マリノアが叫ぶ。

 毒。

 もっと毒々しい紫色を想像していたが、無色透明とは。

 じゅわっと煙が上がる。

 毒は毒でも、硫酸に近い。

 服を一瞬にして溶かし、俺の腕が爛れてしまった。

 焼けるような痛みが襲う。


「……ぐっ」


 せめてもの救いは、解毒魔術を猫ちゃんで実践し、成功していたことか。

 手をかざして解毒魔術を使ってみると、少し治すことができた。

 解毒ができる自信があるのとないのとでは、戦術の立て方に違いが出る。

 治せると分かっていれば、怪我の治療を後回しにもできるのだ。


 痛みで一瞬鈍ったところに、灼熱のブレスがきた。

 飛び退いても間に合いそうになかったので、目の前に水の壁を作り出し、相殺する。

 水は一瞬で蒸発して、あたり一帯に水蒸気を発生させた。

 視界が奪われる。

 煙の中から、マンティコラが音もなく飛びかかってきた。

 さすがにドキリとするが、読めていた。

 ここしかないというタイミングで、待ち構えるところに飛び込んできたのだ。


「“土槍”!」


 マンティコラを腹を串刺しにするつもりでやったが、魔力障壁に阻まれた。

 しかし、腹を突き上げる形になったので、体勢を崩すことには成功した。


「おりゃ!」


 蠍の尾に飛びつき、ぐっと掴む。

 魔力の障壁を突破し、根元からぶちぶちと引き抜いた。


「ギャァァァァァ――――ッ!」


 血が噴き出る。


「あ、マンティコラは血にも毒がありますよ」

「先に言ってそれ!」


 噴き出る血から二歩、三歩と距離を取る。

 だが、尻尾を引っこ抜かれたにも関わらず、怯まず突っ込んでくる。

 いや、くんなよ。

 ぶち抜いた蠍の尾は、びくびく震えながらもくねくね動いているし。


「“嵐玉”」


 突風を渦巻く球体にして、かざした手の先に生み出す。

 イメージは渦巻き忍者のナントカ丸である。

 飛び散る血が球体に吸い込まれていく。


「喰らえ!」


 牙を剥いて飛びかかってきたので、顔面目がけて嵐玉を叩き込む。

 顔の前に張られた魔力の障壁。

 ぐっと押し込むと、障壁を突き破った。

 絶叫を上げるマンティコラ。

 カッターのような鋭い風に切り刻まれて、顔が凄惨なことになってしまった。

 よろけたところを見計らい、マンティコラの頭に触れる。


「終わりだ」


 マンティコラは、ビクリと一度だけ震えると、ゆっくりと巨体を倒した。

 すでに事切れている。


「ふぅ」


 息を吐く。


「アル様、その腕……」


 マリノアがショックを受けたように俺の腕を覗き込んでいた。

 腕がじくじくと痛んでいる。

 怪我の具合をみると、皮が剥けて、紫色に変色した肉塊となっていた。

 見なければよかった。

 自分の腕なのに吐きそうだ。

 こっちにもモザイクが必要だよ。


 一方で猫ちゃんは死んだマンティコラに近づいて、悪戯しようとしていた。

 マリノアに目配せするが、おろおろと俺の怪我を心配そうに見ていた。


「解毒も治癒も使えるから平気」


 俺がそういうと、マリノアは後ろ髪を引かれているようだったが、猫ちゃんのもとに駆け寄っていった。

 俺はとりあえず、傷口を水で洗い流し、体内に入った毒素をひとつにまとめ、傷口から追い出す。

 毒気が抜けたら、傷を治癒魔術で治せば、服がボロボロになった以外、元通りだ。


 マンティコアは倒すのに骨が折れるが、特別難しいとは思わなかった。

 大霊峰で遭遇した雪狼の方が、もっとやばかったように思う。

 瞬間移動かと思われる超速の移動術で、肉を食い千切ろうと襲ってくるのだ。


 マンティコアは、猫ちゃんや獣人では荷が勝ち過ぎているだろう。

 これが面倒なところで、ベドナ火山一帯の魔物を狩る任務を獣人たちに与えれば、相応の犠牲が出るのは目に見えていた。

 ミノタウロス相手なら後れは取らないが、マンティコラ級は全滅の恐れすらあるのだ。

 百人単位で挑みかかっても、多大な犠牲は覚悟する必要がある。

 だったら今のうちに危険分子を摘み取っておいた方がいい。

 それで、魔力が特に濃い場所には、彼らの立ち入りを禁じておくしかない。


 脅威をすべて取り除くことは不可能なので、多少の犠牲は覚悟してもらわなければならない。

 しかし獣人の小さいのは好奇心が旺盛で、その上危機感もないから、遊び半分で山に入ってあっという間に餌食にされちゃうんだよなあ。

 犠牲になるなら、まず幼い獣人だろう。

 猫ちゃんがいい例だ。


 ベドナ火山周辺の魔力は、三段階に分けられそうだ。

 一段目はミノタウロス級が占め、たまにマンティコラ級が出没する。

 火山の五合目あたりからマンティコラ級のエリアに入り、八合目から上の火口付近はそれを超える。


 はっきり言って八合目以降は俺でもやばいだろう。

 ハイ・ブーストより一段上の魔力を帯びた、ドラゴン級が棲み付いているはずだ。


 俺が感じた大森林程度の魔力は、火山麓の話。

 山頂付近は大霊峰と同じくらいの魔物が出現するはずだ。

 師匠が傍についていなければ、近寄りたくもない。

 なので、とりあえずは五合目あたりまで俺が足を延ばして狩り尽くしておこう。

 三合目からの立ち入りを禁止しておけば、滅多に犠牲は出ないはずだ。


 ちなみに平原のアースドラゴンはマンティコラ級で、ドラゴン種の中でも下級種に当たるようだ。

 アースドラゴンが平原でいちばん危険な魔物だったな。

 大きさでいったら、陸大亀だ。


 他の獣人たちもミノタウロスを全滅させていたようで、怪我をしている者を呼び集めて治療を行った。

 手の空いている者は素材や肉を剥ぎ取り、荷物に詰めている。


「マンティコラの素材は剥ぎ取るのに専門的な知識がいるようですね」


 マリノアが猫ちゃんを捕まえながら言った。

 猫ちゃんはマンティコラの死骸に興味津々である。

 不用意に触れて毒をもらいそうだ。


「専門家がいないなら焼いてしまおうか?」

「いえ、ひとりいますので、なんとか作業はできるみたいです。でも時間がかかるそうです」

「ならその間にこのあたりの魔物を狩ってこようか」

「みなさんに伝えてきます」


 マリノアが走っていく。


「アールー」


 泣きべそを掻いた猫ちゃんが俺の傍にやってきた。

 戻ってきたマリノアは、言わんこっちゃないと言いたそうな呆れた顔をしている。

 見ると、猫ちゃんの指先が赤く爛れつつあった。

 マンティコラの血に触ってしまったらしい。


「これに懲りて危険なものに触れないことを覚えてほしいです」

「まあまあ、何事も経験だから」

「そうですけど、ミィナはなんでもかんでも触りすぎです」

「じくじくするー」


 解毒でちゃんと治しました。

 猫ちゃんはマンティコラに二度と近づかなかった。


 護衛の獣人は五人ほどミノタウロスとマンティコラ解体作業に残り、五人がついてくるようだ。

 彼らをその場に残し、ベドナ火山を登っていく。

 岩場は黒く、ゴロゴロと石が転がっている。

 植物は乾燥地帯にも強い種らしく、細い枝葉を伸ばしている。


 魔物の魔力はあたりにたくさん点在している。

 いくつか近づいてきて戦闘になったが、獣人たちやマリノア、猫ちゃんが返り討ちにしていた。

 イグアナを人間サイズにでかくしたようなオオイグアナから、大岩に擬態した好戦的なリクガメ、岩場を跳んで移動する肉食の山羊など、ミノタウロスの群れにも三度遭遇したが、すべて狩っている。


 ベドナ火山は横に広く、まだ全体の一パーセントも狩れていないだろう。

 魔物についてはいい。

 本題は、岩の隙間から煙を上げているところだ。

 ぷしゅっと、間欠泉を噴き上げている。


「これは来たんじゃね?」


 近くに川も流れており、触ってみると温かい。


「うわ、温かいです。なんでですか? 火山だからですか?」

「そうそう」


 俺はウキウキと、もうもうと煙を絶え間なく噴き出しているところへ近づいていった。

 鼻を突く硫黄臭に獣人たちは一様に鼻を押さえて涙目だったが、俺は大して気にならなかった。

 そして岩場を行くこと数分、ついに見つけた。

 水面から湯気が立ち上っている場所を。


 岩場が段々になり、上から川が流れている。

 水がいろんなところから伝い落ちており、湯気がもうもうと立ち込めているではないか。


「温泉地見つけた!」


 飛び込みたいのは山々だが、温度がわからない。

 とりあえず上まで登ってみた。

 高温多湿で、吸い込む空気が熱く水っぽい。

 その上猫ちゃんですらついてこれない強烈な臭いがしている。


「アル様!」

「ちょっとそこで全員待機!」


 俺は岩場を軽々跳びながら、マリノアに言った。

 岩場の上段に立つと、川はさらに上から流れてきていた。

 ちょうどよくミノタウロス三頭と出くわし、気絶させる。

 こいつらをお湯だまりに一頭ずつ放り込んでみようか。

 まず上段のぐつぐつ煮え立っている、どう見ても危険な場所に放り込む。


「ぐもぉぉぉぉぉぉっ!」


 哀れミノタウロスはぐつぐつ煮えてしまった。

 真っ赤になって、そのまま昇天。

 乙。

 次に中段の、煮えてはいないが、強烈な臭いを発する場所に放り込む。


「ぐ、ぐも、ぐもぉぉ……」


 お湯を飲み込んでしまったようで、しばらく悶えていたが、ぐったりと動かなくなった。昇天。

 高濃度の硫化水素は毒だからな。

 最後に匂いがそれほどでもない、煮立ってもいない、最下段のお湯に放り込んでみる。


「ぐも、ぐもふぅぅぅぅ……」


 超気持ちよさそうな声を出した。

 ミノタウロスのくせになまいきだ。

 このミノも後で肉になるのだ。

 気にはすまい。


 最後のミノが入った岩場の窪みは、ちょうど良さそうな深さで、水も透き通っている。

 川の水が適度に流れ込んでいるので、混ざり合って適温になっているのだろう。

 というわけで俺もすっぽんぽんになり、ミノの入っている温泉に浸かる。


「ぐもぉ……」

「いやさ、いい湯だねえ……」

「ぐもぐもぉ……」


 温泉の良さをミノと分かち合ってしまった。

 何こいつ、イイやつじゃないか。


「マリノアたちも入っておいでよ!」


 川の下流の方にいる獣人たちに声を掛けたが、だれひとり近寄ってこようとはしない。


「臭いがきつくてそちらにいけません!」

「くちゃーい!」


 だそうだ。もったいないな。

 俺は心行くまで温泉に浸かった。

 村の近くでも、ちょっと掘ってみるとしよう。

 そちらなら臭いもそれほどきつくはないだろう。


 ちなみに温泉仲間となったミノは、殺さず見逃した。

 温泉の良さを知る者に敵味方はないのだ。

 ミノとは、手を上げて別れた。

 なんでやねん。

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