第1話 いらない次男
「レオン。お前は今日をもって、ヴァルディス家の人間ではない」
父の言葉を聞いても、不思議と驚きはなかった。ただ――ああ、やっぱりそうなるのか。そう思っただけだった。
◇
その日の朝、王都アルディアの七神教会には、十五歳を迎えた少年少女が集められていた。
この世界では十五歳になると《祝福の儀》を受け、自らが持つ《固有スキル》を知る。《剣術》《治癒》《鑑定》。優れたものなら《剣聖》や《大魔導》など、その種類は様々だ。そして能力はFからSまでの七段階で評価される。
特に貴族にとっては、その後の人生すら左右するほど重要な儀式だった。
「次。レオン・ヴァルディス」
名前を呼ばれ、俺は祭壇中央に置かれた水晶の前へ進んだ。背後には父グラウスと兄カイン。少し離れた場所では、妹のリリアが心配そうにこちらを見ている。
「水晶へ手を」
神官に促され、右手を置く。冷たい水晶が白く輝き、やがてその表面に文字が浮かび上がった。
――固有スキル《廃棄》。
「……はいき?」
誰かの呟きが聞こえた。
俺自身も意味が分からない。神官も首を傾げながら、水晶に表示された説明を読み上げる。
「《不要なものを廃棄する》……とあります」
「使い道は?」
父が尋ねた。
「過去に同名の記録がありませんので断言はできませんが……おそらく、不要物を処理する生活系スキルかと」
続いて評価が表示された。
【評価:F】
一瞬の静寂。その直後、教会内がざわめいた。
「Fランク?」
「伯爵家なのに?」
「《廃棄》って、ゴミでも捨てるのか?」
小さな笑い声があちこちから聞こえる。俺は黙って水晶から手を離した。
期待していなかった、と言えば嘘になる。前世の記憶を持つ俺には、何か特別な力があるんじゃないか。そんなことを少しくらいは考えていた。
けれど、結果は《廃棄》――Fランク。
「兄上……」
リリアが心配そうに俺を見る。俺は「大丈夫だ」と笑ってみせた。うまく笑えていたかは分からない。
◇
夕方。屋敷へ戻った俺は、父の執務室へ呼び出された。
大きな机の向こうには父が座り、窓際には兄のカイン。そして、なぜかリリアまでいる。
「レオン。今日の結果をどう考えている?」
「ヴァルディス家の人間として、期待に応えられる能力ではなかったと思います」
「理解しているなら話は早い」
父は一枚の羊皮紙を机の上へ置いた。
「カインは《剣聖》Sランク。対してお前は《廃棄》Fランク。剣にも魔法にも特別な才はない」
淡々と事実だけが並べられていく。
「したがって、お前をヴァルディス家に置いておく理由がなくなった」
「お父様!」
リリアが声を上げた。
「兄上は何も悪いことをしていません!」
「善悪の話ではない」
父は眉ひとつ動かさない。
「家にとって価値があるかどうかだ」
静かな言葉だった。怒鳴られるよりも、その一言の方が胸の奥へ深く刺さった。
「レオン。お前は今日をもって、ヴァルディス家の人間ではない」
「……分かりました」
「兄上!?」
「お前をヴァルディス家から勘当する。今後、家名を名乗ることも認めない。明日の朝、灰境手前の宿場町を通る商隊が出る。途中まで同行できるよう話を通してある」
灰境グレイヴ。王国北西部に広がる荒れ果てた辺境だ。旧戦場と魔物の巣、そして放棄された村が点在し、まともな貴族ならまず近づかない。
「銀貨十枚を持たせる。それを最後の支援とする」
父は羊皮紙へ署名すると、こちらを見ることもなく言った。
「以上だ。下がれ」
「待ってください!」
リリアが俺の腕にしがみつく。
「兄上を追い出すなら、私も――」
「リリア」
俺はその頭にそっと手を置いた。
「いいんだ」
「よくありません……!」
大粒の涙が頬を伝っていた。父に追い出されることよりも、その顔を見る方がずっとつらかった。
「別に死ぬわけじゃない。きっと何とかなる」
「でも……」
「それにさ」
俺は少しだけ笑った。
「《廃棄》なんてスキルをもらった日に、俺自身が捨てられるんだ。よくできてるだろ?」
「兄上……」
父へ向き直り、一礼する。
「十五年間、お世話になりました」
返事はなかった。
扉へ向かう途中、窓際に立つカインと目が合う。兄は何か言いたそうに口を開いたが、結局そのまま閉じた。
俺も何も言わず、部屋を出た。
明日の朝には、この家を離れる。
家名も、地位も、居場所も失った。俺に残されたのは、銀貨十枚とFランクの固有スキル《廃棄》だけだ。
「……俺には、お似合いか」
誰もいない廊下で、俺は小さく呟いた。
このときの俺はまだ知らなかった。
《廃棄》が、ただゴミを捨てるだけのスキルではないことを。




