0.プロローグ
彼女はその言葉をためらった。
S級探索者として、魔物を率いる『龍』と死闘を演じている。
ダンジョンブレイク阻止。
社会的意義ある職務だ。
配信の投げ銭目当てとは違う。
そのプライドがあった。
そして今まさにそのプライドのために、パーティ壊滅の危機に瀕していた。
「救援は!?」
パーティメンバーからの非難の視線。
『違う、その言葉ではない』と。
LIVE配信のチャット欄も大きく荒れる。
〈早く言えよ!!〉
〈ためらってんじゃねー!〉
〈死ぬぞ!!!〉
『龍』は長大な身体をくねらせ、口から熱と光を漏らす。
生死の瀬戸際、彼女は抵抗を諦めた。
彼女は自身の『対魔物討伐戦略強化服及び外骨格』――『スーツ』をチェックする。
腕の操作画面に表示されたステータス画面はレッドゾーン。
魔鉄装甲は大きく湾曲しダメージフィードバックシステムが機能停止。
パワーフレームのいくつかはひしゃげ、オイルが漏れている。
関節のサーボモーターから異音。
ボディスーツの魔力読み取りセンサーも反応が鈍い。
これを直せる人間はダンジョンの奥にはいない。
メーカーの修理場で丸一日はかかるだろう。
(損傷率76%……ここまでか)
彼女は情けなくも、目いっぱい叫んだ。
「スーツが壊れた!!」
パーティリーダーの叫びに呼応し、他のメンバーも一斉に叫んだ。
『スーツが壊れた』と。
「スーツが壊れた!! スーツが壊れたー!!!」
この行動はもちろん『龍』の注意を引いた。
大量の魔力を口蓋へ集中し、超高熱の炎を生成、放出する寸前だ。
(お願い、来て……!!!)
その真横に、突如、巨大な黒い影が出現した。
「来た……」
出現に伴いその質量を受け止め揺れる地面。
「うあっ!!」
『龍』の頭部が視界の外へと消えた。
衝撃波と共に飛来したのは砕けた『龍』の牙と鱗。
頭部に巻き取られ200m後方へ吹っ飛ぶ。
激突の衝撃で山が一つ崩壊。
「うぅっ、ほ、ほんとに、来た……!?」
巨大な機械の集合体――ロボットが現れ、『龍』を殴り飛ばした。
洗練された様式美などない重工業機械の集合体。
唖然とする彼女たちとは対照的に、LIVE配信を見ていた視聴者たちは沸いた。
〈キター!!!〉
〈成功した……!!!〉
〈見たか、日本ダンジョンにはこれがあるんだよ!!!〉
日本ダンジョンにしかない現象がある。
特定の条件が揃うと彼は現れる。
「毎度どうも」
「ひぇ!!」
彼女は自分の五感をすり抜け目の前に立っていた男に悲鳴を漏らした。
灰色の無機質なパワードスーツを着用し、顔はヘルメットで覆われている。
「あなたが、『メンテの人』……?」
『メンテの人』
いわゆるコックリさんや口裂け女のような都市伝説の存在であり、ダンジョン七不思議の一つだ。
危機的状況、非営利LIVE配信、スーツの破損申告。
この三つの条件で、彼はダンジョンに現れる。
日本中にあるどのダンジョンにも。
どれだけ深く険しい階層にも。
S級探索者の戦力をはるかに凌駕する非現実的な戦力を有し、スーツを直しに来てくれる。
「はい。あなたのスーツをメンテします」
無機質な機械音声による返答。
彼女がうなずくと、腕の操作画面を操作しスーツと無線接続する。
一方『龍』は怒り狂い、巨大ロボットに反撃の炎弾を放つ。
巨大ロボットは怯まず突き進む。
そして不意に消えた。
「消えた――?」
巨大な質量が忽然と姿を消す異常。
戦場に静寂が生まれた。
その静寂を打ち破り、轟音が鳴り響く。
「ああっ!!」
巨大ロボットが『龍』の死角に現れ、再びその鉄腕を振るった。
『龍』の纏う魔力を貫通。
強靭な鱗の層を破壊。
肉を裂き、骨を砕く。
おびただしい出血がその威力を物語る。
〈あ、『龍』ってパンチで倒せるんすね〉
〈また瞬間移動して、パンチ、パンチ、容赦ねぇー〉
〈あら、『龍』が弱く見えるのですが〉
『龍』の窮状に配下の魔物も攻勢に出た。
『翼竜』、『火蜥蜴』、『蜥蜴人』など多様な眷属らだ。
それらと探索者たちの間に、無数の機体が壁となって現れた。
こちらは3mほどの搭乗型ロボットスーツ。
既製品で珍しくはない。
それらは掘削用途のハンドマニピュレーターから、ビームを放った。
これは珍しい。
そんな機能は無い。
〈あれって全部メンテの人が操作してる?〉
〈中に誰か乗ってるはず!〉
〈だとしたら光魔法極めた人多すぎww〉
魔物と機械の戦争の最中、『メンテの人』はどこからともなくパーツを取り出し、破損品と交換した。
作業は熟練工のようにテキパキと正確で、その動きに無駄が一切なかった。
(すごい……企業の専門チームが1日掛ける作業を一瞬で……)
この間、探索者の安全は保障される。
「……インナーボディスーツと外骨格フレームの人工知能による連動アシストにディレイが見られる」
「はい?」
「ついでに直しますか? 無料です」
「あ、はい」
「調整結果を専属サポートに引き継げるようツール化しますか? これは有料です」
「お手数をおかけします」
「ハードの問題をソフトで解決せず、定期的にメンテナンスをしてください」
「はい、気をつけます」
ヘルメット越しに伝わる言葉は、まるで企業の担当者のように淡々と、事務的だった。
「はい、終わりました」
「もう、ですか?」
スーツの損傷率はわずか8%。
オールグリーンだ。
着工からわずか2分。
「すごい、違和感が無い! レベルアップしてからずっとあったのに!」
「インナーボディの伸縮ベルトK値、張力バランスを再プリセット、外骨格フレーム油圧リリース用電子バルブモジュールを交換、装甲ダメージ深度フィードバックシステムを再設定しました」
「あ、はぁ、ご苦労様です」
「データはメモリに。では、この端末に送金を」
値段は安い。企業メンテナンスより出張料が少し割高なくらいだ。
倒れている他のパーティメンバーも次々と処理していく。
全員分のメンテが完了する頃、辺りには瀕死の魔物たちが転がっていた。
「では」
「あ、あの……」
「毎度あり」
『メンテの人』とロボットが消えた。
彼女たちは瀕死の『龍』ら魔物を見渡した。
ここからは息の根を止める作業だ。
「はぁ、た、倒したー!!!」
勝ち鬨を上げた。
〈いやほぼ『メンテの人』!!〉
〈いや、無事でよかったけどもw w〉
〈『メンテの人』いつもあざっす!!〉
〈日本、『メンテの人』に頼りすぎだろ〉
ダンジョンブレイクは阻止された。
『メンテの人』は何者なのか。
実在する、非現実的存在。都市伝説。
その正体は―――




