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ハリーさん、こんにちは  作者: ゴリラ
森のなか
20/58

20 取っ手

「あんた、不用心だね」

母さんの耳の中がこそばゆく振動し、身震いが出ました。母さんの目が大きく開きます。この声は、引き出しの取っ手のようなものでした。頭の中の思い出の引き出しについている真鍮の金具です。鈍く光る取っ手は、手の平に添う曲がり具合がとても良いのです。その曲がりに思いが寄り添えば、目次の画像が薄く透けてきます。思わず、「ああ、これか」と歯がゆく噛みしめると、引き出しが一枚の絵巻物を差し出すのです。

 母さんの手は、口を塞いでいた指をむしり取りました。相手は、なんとか自由になろうと腕を引き、離れようとしました。でも、怖れの消えた母さんには、自慢の力が存分にみなぎり、その腹回りは揺らぎません。絞り込むように指の隙間もなく握りしめ、母さんはその指に肉の塊に食らいつくように、口を開け噛りつきました。母さんの小さく尖った左の犬歯が、骨ばった指の肉に食い込んでいます。

「あ、いてて」

母さんの目尻は切れ上がりました。縮みあがった魂は、怒りという反動をつけて元の形に戻ろうとしていました。母さんは弾みをつけて、振り返ります。

「シルビー!あんたって、本当に頭にくるわね」

母さんは頭を振って、声を絞り出しました。吟遊詩人の歌い手がこういう時こそ叫ぶのです。腹の底から湧いてくる言葉というものは棘だらけの小さな実です。目には見えないものですが、投げつけられると、その鉤爪の先を相手の毛に巻き込んで、面白そうにくっつきます。シルビーさんは、その見えない実を体中に付け、薄笑いを浮かべていました。母さんの手は、腰に身構えるように置かれています。柄の長い箒を持たせると、いつものお仕置きをする姿です。母さんは怒ろうとしていますが、口元がほんの少し緩みがちになります。

 母さんは子供の頃、学校が終わった午後に、シルビーさんと一緒に遊んだものでした。家に帰ると、母さんはおやつを持って玄関を飛び出します。シルビーさんと森の池のほとりで待ち合わせているのです。

池は、異世界の平地をつくる気まま者です。その前では、皆が口を閉じ、耳を澄まします。シルビーさんを待つ間、母さんは足が土の湿りで冷たくなるのを感じました。食べられるのは、お前だと声が聞こえるような気もします。シルビーさんはいつも遅れてきました。母さんは、シルビーさんが来る方に顔を向け、踵を上げて首を伸ばします。遠くの草が揺れるのがわかります。忙しない歩みが地面を蹴る音が聞こえます。母さんは、相棒を得た冒険者のように胸を張り、手を高く上げ振ります。二人になれば、池の声など聞こえやしませんでした。池も急に愛想がよくなり、蛙を呼んだりして、別人のように陽気になり、楽しませてくれました。


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