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推理小説風に考える「ツタンカーメンの本当の王墓はどこにある?」  作者: 田丸 彬禰


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ツタンカーメンの本当の王墓はどこにある? ⑬

王家の谷東谷中央を自らの墓所としたツタンカーメンであるが、彼はルクソールにいくつ墓をつくらねばならないのか?


一基?

二基?

三基?


答えはアマルナから移送したメンバーを考えれば最低でも四つの墓が必要だろう。

内訳は、ツタンカーメン自身、父アクエンアテンと同じ場所に眠っていた祖母、ネフェルネフェルウアテンという三人分の王墓。

それから義理の姉妹。

さらに言うのなら、確定していない本当の母の墓も必要だろう。


最低でも王墓を3つ同時に造営しなければならない。

しかも、早急に。


さすがにこれは簡単なことではない。

作業の効率化がどうしても必要だった。

しかも、例の暗黙の了解に抵触しない場所を選択しなければならない。


ツタンカーメンが第18王朝の王墓造営の基準からいけば必ずしも一等地とはいえない場所に王墓をつくったのはそういう意味だったかもしれない。


そう。

すでに気づいていると思うが、アマルナに王墓をつくることを諦めたツタンカーメンがあらたな王墓として選んだものこそ「王家の谷第62号墓」、つまり現在のツタンカーメン王墓そのもの。

つまり、現在の墓はアイの墓を譲られたものではなく元から彼の墓である。


それが探偵の主張となる。


そして、彼の墓の向かい側につくられた「謎の墓」として有名な「王家の谷第55号墓」は父王アクエンアテンのためにつくられた。


だが、残りふたつについては痕跡がない。

では、必要とされた残りのふたつはつくられなかったのか?

いや。

ある。


その可能性がある墓のそのひとつは「王家の谷第12号墓」である。

こちらはツタンカーメンの姉妹などの墓として考えられるくらいの部屋がある。

そして、多くの専門家がこれは第18王朝につくられたものとしている。

つまり、矛盾はない。


そして、最後のひとつで、最大の難関であるネフェルネフェルウアテンの墓であるが、この付近でのちに王墓になったものを拾い上げれば、候補はホルエムヘブ王墓となった「王家の谷第57号墓」となる。

もちろんツタンカーメンの時代におこなわれた工事は入口付近で中止になっているため痕跡などあるはずがないのだが、ホルエムヘブの墓がつくられたのは第18王朝の王墓造営の法則から外れた非常に不自然な場所。

つまり、特別な事情がなければこの場所には王墓はつくられない。

ただし、その事情をツタンカーメンが持っていたとしたらこの地に王慕をつくり始めてもおかしくはない。

そして、自称するほど実際の治世年数が長くなかったポンコツ将軍ホルエムヘブがその墓を再利用した可能性は十分にあるだろう。

なにしろ本来各王が独自に建設する葬祭殿でさえ、先王アイの葬祭殿を改装し自身のものとしたくらいなのだから。


第12号墓、第55号墓は一般の見学不可。

第57号墓はほぼ閉鎖状態。ですから、王家の谷を訪れ、この墓がオープンしていた場合は絶対に入るべきとされています。

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