釣りに挑戦する
来たる日の朝、俺たちはオズの召喚魔法で海までひとっ飛びでやって来た。
もといた世界と違うとはいえ、一度来たことのある場所なら直接移動することができる。
俺たちはビーチから離れた波止場へと出た。
ここは海釣りのスポットとして地元ではそれなりに人気のある場所だ。
今日も数人程度の釣り人が持ち込んだ携帯椅子に腰を下ろして糸を垂らしている。
今回釣りに挑戦する俺、オズ、ミラ、親父は釣り人たちから少し離れた場所に陣取った。
お袋はアリスと一緒に一歩離れた場所から俺たちを見守っている。
「これ何?」
「ライフジャケットって言ってな。もし海に落ちた場合でもそれを付けておけば身体を浮かせてくれるから溺れて沈まずに済む」
「わかった!絶対外さないよ!」
過去に風呂で溺れたことのあるミラにとって水難はなんとしても避けたいはずだ。
それは俺だって避けたい。
「で、釣りって何から始めればいいの?」
昨夜から釣りに興味を抱いていたオズが早速聞いてきた。
こんなこともあろうかと、その辺の下調べはバッチリだ。
「まず釣り糸の先に錘を付ける。こうしないと糸が海に沈まないからな」
懐かしい。
中学生ぐらいの頃は休日によくこうやって川釣りに行ったっけか。
今回は海釣りだから勝手が違うとは思うがやることはだいたい同じなはずだ。
「んで、釣り針にエサを括りつける。そのエサって言うのが……」
「うわ……なにこれ……」
「なんかクネクネしてる……」
プラスチックの容器の中でうねるそれを見たオズたちは思わずドン引きしてしまった。
確かゴカイって言うんだっけか。
川釣りしてた時に使ってたミミズと何が違うのかよくわからないがこっちの方が食いつきがいいらしい。
俺とオズは難なくゴカイに針を通したがミラはどうもそれに触れることに抵抗があるらしく、難航しているようだった。
しょうがない、そういうときのためのプランもしっかり用意しといて正解だった。
「こんなこともあろうかと、練りエサっていうのも用意しておいたぞ。団子みたいに丸めて括りつければいいんだ」
「じゃあミラはこっちにする」
やっぱりゴカイに抵抗があったか。
見た目がグロテスクだもんな。
「懐かしいな。お前に頼まれてミミズを掘り起こしてた頃を思い出す」
親父は昔を懐かしんでいるようだった。
そういえばそんなことあったなぁ。
勝手にやると『俺の許可なくミミズを土から出すな』って怒られたっけか。
「んで、エサを付けたらそれを海に向かって投げる。こんな具合にな」
俺は竿を軽くしならせ、反動を利用してエサを括りつけた釣り針を海へと放り込んだ。
オズも見様見真似で挑戦し、見事に釣り針を海へと着水させた。
「初めてにしてはなかなか上手いな」
「まあ当然よね」
オズは得意になっている。
俺と出会う前は元々冒険家だったわけだし、こういうのが上手いのは天性の才能なのかもな。
「ミラ、一緒にやってみるか。子供の力だと難しいからな」
俺はミラの握る竿を支えながら腕を添えて実践させてみた。
親父やオズたち大人に比べて腕力が弱いからかはわからないが、そこまで遠くへは飛ばせなかったが着水させること自体には成功する。
「ここからどうすればいいの?」
「魚が引っかかるまで待つんだ。食いつけば糸が引っ張られたりするからわかる」
そう聞かせるとミラは釣り糸の先をじっと眺めはじめた。
なにかに集中すればそれがいつまでも持続する子だし、あのまま数十分ぐらいなら待ち続けるだろう。
「おっ!来た来た!」
開始から数分、オズの竿に反応があったようだ。
竿の先が曲がっている、間違いない。
「よし、このリールを巻け!」
オズの左手にリールの持ち手を握らせ、勢いよくそれを巻き上げさせた。
糸は一瞬で引き寄せられ、針に引っかかった魚が釣り上げられてその正体が露わになった。
「見て!釣れた釣れた!」
オズは初めて釣れた魚を手元に手繰り寄せて大喜びで俺に報告してきた。
釣れたのは大した大きさもないハゼだが彼女にとっては初めての成功体験が楽しくて仕方がないのだろう。
「おっ、コイツはハゼだな。身が小さいから刺身には向かないがから揚げにすると美味いぞ」
「本当!?今からご飯が楽しみね」
それから数十分が経過した。
俺もオズも、それに親父もぼちぼち釣れているようだがミラだけはイマイチ魚の食いつきがよくないようだった。
「うーん……なんでかな?」
ミラは釣り糸の先を見ながら首を傾げて独り言をつぶやいた。
どうやら周りに比べて反応が良くないのを認知しているらしい。
「もしかしたら近くに大物がいるのかもな」
「大物?」
「そう、大物が周りの小魚を追い散らしてるからいなくなっちまってるのかもしれんぞ」
などと話しているその時だった。
ミラの竿が大きく曲がり始めた。
そのまま追ってしまいそうな食いつきの強さだ。
「来た!おーっとっとっと!?」
「落ち着け!まずは竿をまっすぐにするんだ」
このまま引っ張り上げようとしても糸が切れるか竿が折れるかのどちらかだ。
まずは安全に引き上げられる状況を作るところからいかねば。
「いいぞ!その調子だ!親父、網の用意を!」
「よし!」
この強さだとミラの力じゃ引き上げられそうにない。
親父に網を用意してもらい、ミラの足元にスタンバイさせる。
その激闘ぶりに周囲の釣り人たちの注目も高まり始めてきた。
「見えて来たぞ!親父!」
「任せとけ!」
ついに足元まで引き寄せられた黒い魚影を親父は網で救い上げた。
真っ黒なシルエットをしたその大物の正体は……
「すげえ!クロダイだ!」
ミラが釣りあげたのは今回の釣りのメインターゲット、クロダイだった。
ここにいる多くの釣り人が狙っているであろう大物であり、煮てよし焼いてよし刺身にしてもよしの絶品魚だ。
四十センチはゆうに超えるであろうクロダイはつられてなお網の中で暴れている。
「これ……本当にミラが釣ったの?」
釣り上げた勢いで尻餅をついたミラは網の中のクロダイを見ながらキョトンとしている。
自分でも信じられないといった具合か。
「ああ、お前が釣ったんだぞ」
「やったぁ!!」
ミラは満開の笑顔で喜んでいる。
今回連れてきた甲斐があったってもんだ。
その日、俺たちは釣り人の間でちょっと話題になったらしい。
ミラたちにとってもいい思い出になっただろう。




