十数年越しの親孝行
その日の夕方、俺は台所に立ってお袋と一緒に夕食の支度をしていた。
ミラたちは客間で親父にくっついていろいろと異世界の話を聞かせているようだ。
今日のメニューはかぼちゃの煮つけとアユの塩焼きだ。
夏になるとほぼ必ず食卓に並ぶ我が家の定番メニューだ。
少年時代の記憶が刻々と蘇る。
まさか台所でお袋と並び立つなんて昔なら考えもしなかった。
「トモ君随分と手際がいいのねぇ」
「あっちの世界に行ってから自炊するようになったんだよ。あっちはインスタントとか惣菜がないから食事は外食か自分で作るしかなくてさ」
「へぇー、大変そうね」
最初は本当に大変だった。
そもそも料理にまったく慣れてなかったし、調理器具の使い方を感覚で覚えるところからスタートだったからな。
そんなこんなで夕食の準備ができた。
あとは親父たちを呼ぶだけだ。
「いただきまーす!」
配膳を終え、椅子に腰を下ろした俺たちは揃って二日目の夕食を取り始めた。
「これ何?」
「アユの塩焼きよ。食べるの初めて?」
「うん」
初めて見るアユの塩焼きを見てミラは興味を示している。
そういえばあの子は魚を見るのは初めてだっけか。
「じゃあ骨を取ってあげるわね。こうやって頭の周りの肉をほぐして引っ張ると……ほら」
「すごーい!骨だけ綺麗に取れた!」
お袋が披露した生活の知恵にミラは声を上げて興奮した。
魚の骨を綺麗に取り除くのはお袋の得意技だ。
俺が真似しても細かい小骨がどうしても残ってしまうがお袋の場合はそれすらも残さない。
夕食を終えてミラを風呂に入らせてからアリスを寝かしつけた後。
俺は親父と一緒に酒をあおっていた。
「まさか、お前と一緒に酒を飲む日が来ようとはな」
親父は感慨深くため息をついた。
俺も親父と一緒に酒を飲む日が来るなんて信じられなかった。
「なあ親父、いまだに農作業手でやってんのか?」
「ん、そうだが」
親父は昔から手作業で仕事をしていたが、今も続けてたのか。
「流石に体力的にきつくないか?主に腰とか」
「確かに年々衰えを感じるが……機械じゃ野菜を一つ一つ見ることはできんからな」
野菜は一つ一つ自分の目で品質を見極めて収穫する。
それが親父が長年貫いているこだわりであり、その目に適った品質保証が親父の作る野菜を地元のブランドたらしめている所以だ。
「冬に耕起する用のトラクターぐらいなら持っといて損はないだろ」
我が家にとって冬は作物を育てず土を作る時期だ。
そこそこデカい農場を鍬を持って手で耕すのは昔の俺ですらキツかったんだから今の親父の老体にはかなり堪えるだろう。
「欲しいのは山々なんだが、どうにも費用が捻出できなくてな」
なるほど、課題は資金か。
それなら話は早い。
「だったらさ、俺がプレゼントするよ。トラクター」
「……は?」
親父は不意に目を丸く見開いた。
ついこの前まで突然家出した親不孝者だと思われていたのがいきなりこれだし、無理もないか。
「でもトラクターって高いんでしょ?いいのトモ君」
お袋も一緒になって確認を取ってきた。
俺の財力のことを心配しているらしい。
「いいよそれぐらい。これでもお金は結構持ってるし」
オズのポケットマネーを差し引いても俺はそこそこの金持ちだ。
今回はあまり持ってきてないけど、オズに立て替えてもらってもよほどの額でない限りは帰ればすぐに返済できるぐらいの余裕はある。
「お前……いったいどんな仕事すればそんな収入が得られるんだ?」
俺の財力を不審に思ったらしい親父が疑いの目を向けてきた。
別にやましいことをしてるわけじゃないし、特にどうということもない。
「まあ、警察官みてえな仕事してるよ。ちゃんと正規で雇ってもらってる」
「そうか。建築士にはなれなかったが公務員になってたのか」
まあ、その解釈で六割ぐらい合ってるな。
厳密には警察官じゃないし、公務員でもないけど。
「というわけだ。金なら出すから、今度買ってくるといい」
そう言って俺はオズにアイコンタクトを送った。
合図を受けたオズが召喚魔法を発動し、紙幣がぎっしりと詰まったズタ袋を手元に呼び寄せてテーブルの上に置く。
親父とお袋はその光景を見て絶句した。
俺が本当にお金をそのまま呼び寄せるとは思わなかったのだろう。
「ざっと五百万ぐらいかな。これだけありゃそこそこいいの買えるだろ」
目分量で〇吉さんを大雑把に数えた俺はそれを親父たちの目の前に差し出した。
「トモユキも、クラリスちゃんも本当にいいのか?」
大金を積まれた親父は再三確認を取ってきた。
親父、オズのことちゃん付けで呼ぶんだな。
なんか意外だわ。
「いいってことよ。な?」
「ええ、お義父様には身体を悪くしてほしくないもの」
「お前たち……」
親父はそれ以上何も言わずに黙って札束を引き取った。
お袋は俯いて目元を手で覆っている。
これまで遊びに金を費やすことがなかった親父のことだし、きっと当初の目的通りに使ってくれるだろう。
というか、親父が遊んでいるのを今まで見たことがないな。
せっかく今は孫娘が一緒にいるわけだし、何か一つ思い出を残してやろう。
「なあ親父、明日は仕事を最低限にして遊びに行かないか。海釣りとかさ」
「海釣りか……潮風にあたって野菜がやられないか心配だな」
ああ、心配するのはそこか。
でも日帰り旅行の海ぐらいなら塩害にはならないだろう。
「実はミラもオズも釣りをしたことがねえんだ。きっと二人も楽しんでくれるんじゃねえか?」
「何!?それは本当か!?」
咄嗟に親父から眼差しを向けられたオズは首を傾げた。
これが世界の文化の壁か……
「釣りって何?」
「針と糸を使って水の中から魚を引っ張り上げる遊びだ。釣った魚の大きさを競ったりそのまま食べたりする」
「へぇー、面白そうじゃない」
オズは早くもやる気満々だ。
そうとなれば早速準備だ。
「じゃあ明日の朝八時、ここを出発ってことで」




