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09

寝床につくときに、 翌朝起きることを楽しみにしている人は幸福である。


        カール・ヒルティ

 ビショップは目を覚ます。

 目覚まし時計の代わりにゴンと低い轟音、大砲の砲撃音が朝を彩る。

 

 目を覚ましたビショップの目に最初に入ったのは小汚いテントの天井。ビショップが目を覚ましたことを感じ取ったのか、隣で寝ていたヨルクが死んだ魚のような目で話し出す。


「なあ? 軍のお偉いさんは愛人とか娼婦とかを戦場に連れてくるらしいぜ」


「うんそれが?」


「普通ならさ、朝チュンじゃん? ここでなら朝ゴンなのかなって」


「……」


「……」


「……せやな」


 ビショップは支給された安物の毛布を掛け直すと、ヨルクから移された死んだ魚のような目を隠すように、再び瞼を閉じる。








 遡ること二日前。その日、イザークの元に集められたのは例の四人。仲良し四人組だ。

 普段通りの会議室。普段通りのイザーク。だがなぜか怖い。それが会議室に集められた四人の共通認識。


「正直、逃げ出したい」


「奇遇だな。俺も逃走したいと思っていた」


 ビショップとヨルクがひそひそと囁くように会話する。近くに居たトビアスとアデレードは二人の会話が聞こえており、二人も全く以て心から同意する。


「よく集まってくれた。まあ、集まる以外の行動は出来ないと思うが」


「手早くしてくれると助かります」


「どうしてだ?」


「ちょっと昼寝をっ——」


 ビショップの言いたいことをいち早く理解したヨルクはビショップの腰に肘打ちをする。勿論黙らせるためだ。腰を痛そうにさすっているビショップに気にすることも無くイザークは話し出す。


「ああ、前回の任務は覚えているか?」


 貴族シバいて深夜の花火大会、文句付けられる前にトンズラこいたあれである。


「覚えていますが、今回の話と何か関係があるのですか?」


「あれでこの国は戦争に転がり落ちたんだが、前線から11隊からも何人か援軍を送れと言われてしまった」 

「……もしかしてここの四人で行って来いって言っているんじゃないんですよね?」


「いや、違う」


 ヨルクの疑問にイザークはサラリと答える。アデレードとヨルクは悟られないように安堵する。ビショップは安心して肩の力を抜く。その動作は誰の目から見ても明らかなほどだった。


「私も含めた五人で行くんだ」


 絶句。ただただ絶句。一瞬だけ希望を見せられたことによって余計四人のテンションが下がる。


(戦場ね。貴族の馬鹿どもの相手をしてた方が全然ラクだわ)


(戦場に可愛い子っているのかなぁ? メスゴリラしかいないんだろうなぁ)


(昼寝したい)


(戦場は二回目だな。やだな)


 絶句している四人にイザークは話を続ける。


「出発時刻は明日の十時。荷物は好きなだけ持っていっていい。ああ、あとこれは朗報だが、私達は虎の子という扱いになる。きっと丁重に扱われることだろう」


 そのあと、仲良し四人組はイザークと適当な会話に興じた後、それぞれが一言断りを入れながら帰っていく。最後まで残っていたトビアスが帰り、会議室は控えめな空気が漂い始める。

 穏やかな会議室のなか、イザークはビショップの言葉を思い出していた。


「確かに今日はいい天気だな。私も寝るか」


 そうやってイザークは誰もいない会議室で一人、静かに昼寝を堪能する。








「いい加減、起きろ!!」


 小汚いテントで寝ていたビショップとヨルクは先ほどの大砲の轟音よりも不快な声で目覚める。目覚めは最悪だ。起こした者は早々にテントから退散している。

 こくりこくりと頭を上下させながらビショップはテントから出てくる。それに続いて髪がぼさぼさなヨルクが出てくる。


「ねえ、ヨルク。魚って脳の半分寝て、半分起きることができるらしいよ」


「それがどうしたんだよ?」


「魚が出来て人間が出来ないわけがないと思うんだ」


「……頑張って」


 ビショップとヨルクは先に起きていたトビアスと別のテントで寝ていたアデレードと合流する。その状態からアデレードもさっき起きてきたことを馬鹿二人は察する。


 彼らがいるところは最前線から少し離れた場所に存在する本陣だ。本陣というだけあって設備は整っている。配給もきちんと行き届いているし、敵が攻めてくることも無い。ただ、欠点は砲撃部隊が本陣の近くに常駐しているため砲撃音が少しうるさいぐらいだ。

 

 本陣に配属されている兵士は多い。この兵士たちの1つ上の階級に属しているのが騎士達だ。この戦争中だけ、例外的に11隊のメンバーは騎士達の一つ上に属する。

 

 大まかに分けると戦争中の階級というのは四つに分けられる。一番下が兵士。その上が騎士。騎士の上が幹部。そして最上位に大将が鎮座する。一般的に幹部とは騎士達で1隊の連中が選ばれる。そして戦争が終わると、幹部も大将も騎士に戻る。そのため、同じ騎士でも待遇や給与が違う。待遇や給与がいいのは戦争で活躍した騎士ということになる。


 四人が合流すると同時にイザークが来る。まるでどこからか見ていたかのようなタイミングの良さだ。


「これから会議が始まる。今回に限っては君達も会議に参加する義務があるからな」


 イザークは四人を本陣の中心辺りに設置してある会議用の大型テントに連れていく。

 その道中で向けられる視線は良いものではない。新顔が自分よりも上の階級に属していることが許せないのだ。

 道中で唾を吐いた騎士はビショップによって自分が吐いた唾と添い寝している。目覚めるには相当な時間が必要だろう。


「はい失礼しますねー」


 テントに入ると鋭い眼光で睨まれるビショップ。いや、ビショップ達。テントの中には四十~五十歳ぐらいの歳の男性が七人列席している。そして壁際の椅子に座った若い騎士が四人、ビショップ達を見下した笑いを浮かべ座っている。

 壁際にいるのが、将来を約束された騎士。中央でふんぞり返っているのが幹部だ。

 幹部にとって新顔、それもまだ二十にも満たない子供達が同じ幹部だと考えると面白くない。


「戦場に迷い込んだか? ガキども」


 ビショップが横目で流してため息を吐いたため幹部の一人がビショップを睨むが、ビショップは目を合わせることなく椅子を探す。

 味方同士と分かってるのかな? とビショップが疑問に思う。


「ねえ、椅子があと一つしかないんだけど?」


「おやおや、すいません。五人も来るとは思っていなかったので。準備が足りなかったようですね」


 先ほどとは違う幹部が、その気持ちの悪い笑みを隠すことなく話しかける。


 イザークはそれを無視して唯一空いている椅子に座る。そして座ってから一言。


「いえ、椅子は足りているようですよ」


 イザークが振り返って目くばせをする。それが合図だ。トビアスは壁際にいる騎士達の元へ行く。それに気付いた騎士達が先ほどまでの嘲りの笑いを抑えてトビアスを見やる。


「なんだよ?」


「幹部として命令する。椅子を渡せ」


「は?」


 騎士達は眉間に皺を寄せながらも笑いを浮かべ、トビアスに聞き返す。


「聞こえなかったのか? お前たちに椅子は勿体ない」


「はぁ? 俺達を誰か分かって——」


 騎士が言葉を全て言う前に、トビアスが騎士を殴る。その衝撃で騎士は椅子から転げ落ちる。しかし、その転げ落ちた騎士を見ることは他の騎士達には叶わなかった。トビアスが騎士を殴ったのと同時にヨルクもビショップもアデレードもそれぞれの騎士を殴り倒したからである。


 幹部達が呆気にとられている間に、転げ落ちた騎士達を一瞥することも無く四人は調達してきた椅子をイザークの近くに設置して座る。


「それじゃあ、会議を始めましょうか?」


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