16
太陽も、月も、自分を疑ったとしたら、その瞬間に光を失うだろう
ウィリアム・ブレイク
黒い外套が闇夜に紛れるように屋根の上を駆ける。
その姿をファファール王国城下町の住人は気付かない。闇夜に溶け込んだ外套を視認することは難しい。さらに住人の視線は壊れかけの塔に集中している状態ではさらに難しい。
見つかってすぐに移動したこと、瞬間移動(偽)を使って撤収したことでビショップは追っ手に追い付かれることなく乗合馬車に辿り着く。
「残り時間は一分と十五秒。思っていたよりも早かったな」
「絶対咎眼が無かったら間に合ってなかった……」
ふぅ、と短いため息を吐いたビショップは外套をはたいて皺を戻す。
皺を戻しながら眺めた窓の外には、町の灯りが煌々と眩しかった。ビショップにはその灯りがまるで自分を追って来るように錯覚した。
「ところで、あいつらは一体何者なんでしょうか?」
適当な座席に座りつつ、ビショップはイザークに問いかける。
「さあ、私にも分からない」
「なんか一人で咎眼保持者十人分の仕事しそうですね」
「実はまだ能力を持っていたりな……」
「まあ、能力は一級品でもメンタルはお世辞にも最良どころか、並とも言えませんでしたけどね」
「なぜそう思う?」
「若者は四人いたでしょう? そのうちの一人しか賊を殺していません。しかも、攻撃は一つも受けていなかったのに顔は苦痛で歪んでましたよ」
「なるほど、殺しが私達以上にストレスになるかもと」
「可能性の一つですが、確率は高いかなーっと」
「ふむ、参考にしておこう」
イザークはそう呟くと肘掛けに置いていた手を動かし、頬杖をつきながら窓の外を眺める。その姿はとても様になっていた。
イザークにつられて外を見たビショップ。
窓の外はかなり暗く、すでに城下町の灯りも届かない林道に馬車が差し掛かっていることをビショップは把握する。それと同時に、林道特有の段差混じりの道を通ったのかビショップの軽い身体が振動と共に跳ねる。
「逃げきれますかね?」
「逃げきらないといけないんだ。弱気になるな」
「弱気にはなっていませんよ。ちょっと懸念していただけです」
「仮に姿を見られていたとしても大丈夫だろう塔を巻き込んだ攻撃で殺したと相手さんは思っているだろうし、この国の騎士団は脆弱だしな」
「それがフラグにならないといいんですけどね」
「フラグ? とはなんだ?」
「昔の言葉で、先の展開を予測させる単語って意味らしいです。その定義では死なないって言った者に限って死んだり、大丈夫って言った者が危険に陥ったりするらしいですよ」
「……不安にさせるな」
不安な気持ちを紛らわせようと月を見ようとしたイザーク。しかし、木々によって月が遮られており、余計に不安が蓄積されていく。
そんな自分に嫌気が差したイザークはビショップに見張りの提案をする。
「ビショップ。すまないが先に寝ていいだろうか? 四時間後に交代しよう」
「了解です。ちゃんと起きてくださいね」
「うむ」と小さく返事をしたイザークは眠る。
イザークは11隊の隊室の会議室にいる。普段と変わらない非日常な日常がそこにはあった。
イザークが前に立ち、今回の殺しの説明をする。それを全員が真面目に聞く。いくつかの質問をするアデレードに、それをイライラしながら見るドミニク。
殺しの会議中で思うのは何だが、幸せな非日常だとイザークは思う。
その会議室のドアが急に蹴破られる。
ドアを蹴破った乱入者は瞬く間にイザークに筒を向ける。そこから発射された純黒の弾丸が彼の右胸に着弾。予想以上の熱量をもったそれはあばら骨を粉砕し身体を貫通。背中から噴き出したどす黒い血液がまるで天使の片羽のようだ。
黒く淀んだイザークの血液が、先ほどまで説明に使用していた地図を汚す。
イザークは壁に背を預け、撃ち抜かれた傷を目視で確認しながら手で押さえる。
乱暴な止血をし前を向くと、丁度ヨルクのナイフを持った腕がポキッとコミカルな音を立てて逆関節に折れ曲げられる光景。折り曲げられぶら下がっている腕が本人の意思とは別にガクガクと振動しているのは滑稽だ。
ヨルクの腕が折られたのと時を同じくして、筒を向けられていたジェラルドの頭が爆ぜる。まるで卵を地面に叩きつけたように。黄身の代わりに脳が、白身の代わりに脳髄や血液がぐちゃ、と飛び散る。
ジェラルドの頭から飛び出る脳の欠片や、脳漿が混じった血が場違いに綺麗で、会議室の一壁を彩る。
ジェラルドだったものから飛んできた濁った血がイザークの顔面にベトリと張り付く。
「……」
「あ、起きました? まあ、ほぼ四時間経ちましたし交代しましょうか?」
「……」
「どうしました?」
「いや、なんでもない。交代しようか」
イザークに変わりビショップが眠りにつく。素早く流れるような眠りだ。経験のなせる業というものだろう。
(夢は久しぶりに見たが、久しぶりに見た夢が悪夢とは……)
気分転換に寝たはずが気分転換どころか余計に不安を拗らせたイザーク。今月一の大きなため息がイザークの不安を表している。
イザークは無意識に窓の外を見る。すでに林道を抜けたために月が見えた。満月だ。
満月は何故か不安になる。そう思ったイザークだったが、結局どんな月の形でも不安になることに気付いた自分に苦笑する。
(悪夢か。……正夢じゃなければいいのだが)
夢を思い出したイザークは無意識に自分の手の平を眺める。
「私は、何十年もかけて自分の居場所を作った。あの夢は居場所がいなくなるという神からの啓示か?」
彼の疑問を答えてくれる者は居ない。




