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にわか軍師、奮戦す

「ディフィル、悪いがヤツの首は譲ってくれるか?」

「……うん、いいよん」

 若干の間を必要としたものの、ディフィルは頷いてくれた。

 本当に良くできたロリだと思う。

「でも、てこずってたら手が出ちゃうかも」

「ああ、サンキュ、とりあえず雑魚は任せた!」

「うん、さっさと片付けちゃうよん?」

 アークデーモン二体を雑魚扱いした幸雄も幸雄だが、それに勝つことを疑っていないディフィルもディフィルだろう。

 幸雄はいかにも悪魔然とした第二形態の敵へと左手をかざした。

「見てろよ魔王! お前が帰って来たら見せ付けてやろうと思ってた俺の魔法だ!」

 ――あの世から見ててくれ。

 幸雄はそう思いながらイメージを紡ぎ出してゆく。

 向かってくるグレスドッドゥスもアークデーモンもまだ二〇メートルは離れている。

 この距離を活かして先制攻撃を加えるなら飛び道具だ。

 敵はこちらにそんな手段があるとは露程も思っていないだろう。

 卑怯でもかまわない。

 復讐に手段など何でもありに決まっている。

「さあ、次元の壁を越えて今ここに顕現せよ」

 中二脳が躍動している。

 外ではあまりの怒りに我を忘れてしまったが、今は自分でも意外に思えるほど冷静さを保っている。

 魔王の加護でも受けたかな、と幸雄は思い切り邪悪に笑みを刻んだ……つもりだが鏡がないので確認はできないし、そんな余裕はない。

 魔法の修行中、ルティアネスはイメージが重要だと言っていた。

 陽巫女はそのイメージと自分の中に渦巻く魔力とを連結させて、流れを起こせと教えてくれた。

 そもそも魔力というものの存在も感覚もさっぱりだった幸雄としては、それでもまだ漠然とした感覚しかつかめていなかった。

 魔法の発動自体はなんとか可能になったものの、それはまだできるようになったというだけで、失敗することも少なくなかった。

 そこに一石を投じてくれたのは、もはや相棒とも言える幼いヴァンパイアだった。

「ゆっきー、血の流れを意識してみるといいよん? 魔力も身体を循環してるから、血と同じように、心臓から押し出されて血管を流れて身体の隅々まで巡ってまた心臓に還ってくるのん。いろんな出汁が染み込んで熟成して……、ね、おいしそうでしょ?」

「なんでそこで食欲と結びつくんだよ!?」

 不思議そうに首を傾げたヴァンパイアに呆れつつ、それでも幸雄は酸素を運ぶヘモグロビンと一緒に魔力の一滴一滴が血管内を駆け巡ってゆくさまを想像し、やがてそれが左手の指先に集中して凝縮するイメージを試みた。

 いかにもヴァンパイアらしい考え方だが、たしかにそれはもっともわかり易い例えだった。

 魔力という存在自体があやふやなものより、血液という身近で確実に自分の中に存在していると実感している赤い液体なら、ルティアネスの言葉も陽巫女の言葉も消化して自分自身に取り込める気がした。

 程なくして、幸雄は何か不思議な感覚と共に指先に奇妙な熱と力を感じた。

 漠然と何かができそうな気がするのだ。

 もしかしたら、これにイメージを繋ぎ合わせたら――

 そう、あの時創り出した一品は、ルティアネスを救うために距離を一瞬で縮める手段だった。

 これがあれば、ディフィルに頼らずみずからの力で為せたはずだった。

 その後悔の念が強くイメージを喚起したのだろう。

 そして今、それは魔王の仇を討つ手段として実体を得る。

「さあ来い――コルト・パイソン!!」

 左手にまとわりつくように滲み出した魔力が一度弾けて収束すると、金属特有の鈍い光沢を持った青黒い凶器が幸雄の左手に出現していた。

 それは幸雄の出身世界で、数々の映画やドラマ、アニメなどで登場したもっとも有名なリボルバーのひとつだ。

 幸雄もそれらの主人公にあこがれ、実物は無理だったのでエアガンを買ってもらい、プラスチックの弾丸で何百人もの空想上の悪人を仕留めてきた。

 幸雄は馴染みのあるグリップを握って構える。

 本来なら両手、あるいは利き手である右手で扱うのだが、そこには先客が握り締められており、また、本物ではないがゆえに逆に都合よく改変が加えられた凶器は、エアガンのような手軽さで実物以上の破壊力を宿して発射の時を待ち構えている。

「一撃で死んだりするなよ? さんざん痛めつけて、泣いて命乞いする中で殺してやるんだからな」

 完全に悪役のセリフを吐き、ろくに狙いを定めず、だが命中を確信して幸雄は連続で三回トリガーを引いた。

 手動でコッキングせずに撃つダブルアクションによる三連射だ。

 ダブルアクションでは、一度トリガーを引くだけでふたつの動作が連動して発生する。

 まずは撃鉄が起きて弾倉が回転することで、銃弾が発射位置に移動する。その直後に撃鉄が落ちて弾丸が発射するのだ。

 西部劇の早撃ちで目にするような、手で撃鉄を起こす操作は必要なく、ゆえに連射がしやすいという利点がある。

 だが同時にそれらの動きの反動で命中精度が落ちるという欠点も内包するため、実際には熟練の技術が必要なのだが、幸雄のイメージは確実に敵三体の身体のどこかを撃ち抜いていた。

 まるでアニメでビーム兵器が発射された時のような効果音を三度振り撒き、同数の光の軌跡が三体の敵に直撃した。

「ぐがぁっ、な、なんだ、これはっ!?」

 とっさに回避行動を取ったグレスドッドゥスが左の翼の骨を砕かれ皮膜が千切れ飛び、体勢を崩して床へ衝突した。

 鳥や昆虫と異なり、悪魔の翼は魔力の放出によって浮力と推進力を得るための器官だ。

 その辺りは人型の有翼種では共通の特徴――ハーピーのような鳥の特徴を強く持つ者は例外――で、まれに飛行に翼を必要としない者もいるが、それはごく少数派だ。

 片方の翼だけでの飛行も不可能ではないが、バランスが取りにくく速度も落ちるため、空中での機動力という圧倒的なアドバンテージが失われてしまう。

 そのため、少なくとも戦闘時において片翼ではもはや実用に向かない。

 悪魔隊長は瞬時にそれを悟り、憎々しげに幸雄を睨みつけた。

 また、二体のアークデーモンは衝撃で吹き飛ばされ、後方の壁に激突して苦悶の悲鳴を上げて床に落ちた。

「行くぞ、ディフィル!」

「うん!」

 幸雄は追加の射撃を叩き込みながらグレスドッドゥスへと向かい、その横を迂回してディフィルが奥のアークデーモンへと突き進む。

 グレスドッドゥスはさすがに幸雄の力を認めたらしく、結界を張って防御に専念し、ディフィルの通過には手を出せなかったようだ。

「さあて、ここからが本番だ!」

 幸雄はコルト・パイソンを消すと、魔王の剣フィズテイザーを両手で握って大上段から悪魔隊長に振り下ろした。

 直後に発生した派手な金属音は結界の破壊音だったらしい。

 見上げると、交差した腕にフィズテイザーを食い込ませたグレスドッドゥスが驚愕の表情でこちらを見下ろしていた。

「ふっ、俺のターンだけで終わらせてやる」

 中二脳が冷静に分析する。

 バトルものなら主人公は必ずピンチに陥るものだ。

 それがラストバトルともなれば確実といっていい。

 それはお約束であり、辛く苦しい戦いをなんとか乗り越え、どんでん返しを引き起こして壮絶な戦いの末に勝利を掴むからこそ読者や視聴者は強い爽快感や感動を得られるのだ。

 つまりは作者という名の神によって巧妙に仕組まれた戦闘であり、今までさんざん二次元のお約束に裏切られてきた自分がそれに付き合ってやる道理はない。

 ――ピンチなんてクソ喰らえだ! 最初から最後まで圧倒してやる。俺はプロレスラーじゃないから、あえて相手の技を受けてそんなもん効かねー、俺の方が強いんだぜって強がる必要もないし、勇者じゃないから正々堂々とした戦いにこだわる必要もないんだからなっ!

 まるで見えざる何者かにまで宣戦布告するように気合いを入れ、幸雄はフィズテイザーを引き抜いて斬りつけた。

 悪魔隊長はすぐさま後ろに跳躍して間合いから逃れたが、なおも調子づいた幸雄がフィズテイザーを振り回して追いすがる。

 幸雄は中学時代に体育で剣道をやったことはあるが、特にうまかったわけではない。剣道部員が相手ではまるで歯が立たなかったレベルだ。

 フィズテイザーでなければ初撃を跳ね返されて反撃を受け、自分が窮地に立たされていたことだろう。

「はは、これも魔王のご加護ってか」

 フィズテイザーは魔力を通すことによって刀身を強化することができる。

 この剣を受け取った際に魔王から聞いた使い方のひとつだ。

 魔力の弾丸だけでは突き破れなかった結界も、魔力でコーティングした由緒正しき魔王の剣は幸雄の予想以上の結果をもたらしてくれた。

 ――いけるぜっ!

 幸雄は調子に乗ってさらに追撃をかけた。

 フィズテイザーに宿る魔王の剣技と結界さえ破壊する絶大な威力がグレスドッドゥスを追い詰めていく。

 だが、さすがにラストバトルはそう甘くはなかった。

「#ΛИΣШΠ∇%々〆∴∵※ーーーーー!!」

「うおっ!?」

 グレスドッドゥスの咆哮の直後、突然押し寄せた突風に身体が浮き上がったのを感じた瞬間、幸雄は後方へと吹き飛ばされていた。

「調子に乗りおって、この小僧がっ!!」

 ずっと押されっぱなしだったグレスドッドゥスが、鬱憤を晴らすかのように怒声を放って空気を振動させた。

 よく見ると腕の傷がふさがりかけ、折れたはずの翼も次第に形を取り戻しつつあった。

「うげっ、魔法使える上にヴァンパイア並みの再生力まであるのか?」

 なんとか着地した幸雄は、グレスドッドゥスの姿を確認して唸りをあげた。

 それは自分のターンが終了させられてしまったと、あるいは自分もまた何者かの掌の上で転がされているのかもしれないと感じたからだ。と同時に、嫌な感覚が甦ってくる。

 自分は元の世界で何と呼ばれていたか?

「ラスボス……か」

 悪魔隊長を警戒する一方、中二脳が忙しく回転を続けて嫌な発想が脳裏を過った。

 自分は、自分が主人公のつもりでいたから悪魔隊長をラスボスだと勝手に解釈した。

 しかし、もしグレスドッドゥスを主人公とするなら、親の仇である魔王を倒し、最後に立ち塞がった異界のラスボス、こと、この小林幸雄が正にラスボスなのではないか、と。

 しかも、先にピンチに陥ったのは向こうであり、なんらかの力でその不利を覆しかけている。

 これぞまさにお約束の展開だ。

 元の世界で、生徒会長選挙でも当初は最有力と言われていながら、最後には逆転されて敗れ去った。

 受験戦争でも模擬試験の結果は志望校の合格A判定まで出ていながら、試験前日に高熱を出し、当日も朦朧とした状態で試験を受けてあえなく玉砕した。

 常に逆転負けの人生だ。

 そんな想いがふいに脳裏をかすめて急に弱気になりかける。

「ゆっきー、危ない!」

 ふいに左側から強い衝撃を受けて、幸雄は床に転がった。

 その瞬間に頬にビシャッと暖かい液体がぶちまけられたのを感じて、すぐにそちらへ振り向いた。

「……うそ、だろ?」

 自分の足元に小さな身体が転がっていた。

 まるで爆弾でもくらったかのようにその胸部と左腕が粉々に砕かれていて、いくら見ても伏せた顔はいつもの愛らしい笑みを返してはくれない。

 幸雄は思った。

 ヴァンパイアは不死身だ。身体を砕かれようと死んだりはしない。そのはずだ。たとえ白木の杭で心臓を打たれても、脳を吹き飛ばされても、直射日光をくらっても、銀製の武器で貫かれても、ヴァンパイアに弱点などは存在しない。

 必ず再生する……はずだ。

 中二脳が混乱をきたしていた。

 弱点がないなど、そんなに都合のよい生物が現実にいるわけがない。

 にもかかわらず、受け入れがたい現実を目の前にすると、中二脳も常人の脳とたいして変わりはないのかもしれなかった。

 小さなヴァンパイアは動かない。

 再生が始まっているのかどうかも定かではない。

 ただ言い知れぬ不安と恐怖とが――最愛のルティアネスを失いかけたあの時感じたものと同種の感情が、幸雄の精神を冷たく満たしてゆく。

 手足が震える。

 呼吸が荒くなる。

 心とは反対に両目が炎を吹き出しそうなほどに熱くなり、やがてブツリと何かが切れた音が聞こえた途端、周囲の一切の音が壁越しに聞こえてくるかのように微かで認識する価値もないように思われた。

 グレスドッドゥスらしき声がなにやら得意げに語っているようだが、そんなものどうでもよかった。

 だが、それもしばらく続くとさすがに煩わしいと思った。

 耳の近くを蚊が横切っていくようなものだ。

 これは叩き潰した方が良さそうだ。

 おもむろに立ち上がった幸雄の顔に表情はなかった。

 まるで無貌の仮面でも張り付けたかのように、一切の感情がうかがえなかった。

 幸雄はフィズテイザーを握りしめ、意思を感じさせない黒瞳を悪魔隊長に向ける。

 その瞬間、左の膝辺りに強い衝撃が走った。やや体勢を崩したものの痛みはないし、動かすこともできる。

 だから幸雄は歩き始めた。

 右肩をハンマーで殴られたかのような気がしたが、おそらく気のせいだろう。

 フィズテイザーを握る右手に支障はない。

 鳩尾にひざ蹴りでもくらったかのような気がしたが、これも気のせいだろう。

 普通に呼吸もできれば、胃の内容物が逆流してくることもない。

 ふと気付くと、もう目前に悪魔隊長グレスドッドゥスの巨体があった。

 わずかに後退りしつつ何かわめいているようだが、何を言ってるのかさっぱりわからない。

 発音はきちんとしてほしいものだ。

 幸雄は無造作に右腕を振り抜いた。

 鈍い手応えと共に何かがはね飛び、温かい液体が身体にかかったが気にしない。

 返しの一撃は金属同士が奏でる耳障りな衝突音を上げて止められた。

 ――煩わしい。俺の邪魔をするなっ!

 鍔迫り合いをすることもなく、幸雄は剣を一瞬軽く引いてからぶつけるように突き出し、その反動で後方に下がるとすぐさま前方に跳躍して剣を振り下ろした。

 だがその攻撃はあまりに単純すぎて読まれていた。

 がら空きになった胴を左から薙ぎ払われて、幸雄は身体をくの字に折り曲げられるように吹き飛ばされた。

「あぐっ……!」

 数メートル飛ばされ、幸雄は壁面に叩きつけられた衝撃で頭の中を占めていた靄が晴れたように意識を取り戻した。と同時に、激しい痛みが全身を貫き、危うく気を失いそうになった。

 だが、床に崩れ落ちそうになった瞬間に目に飛び込んできた光景で、幸雄は意識を手放すことを拒絶した。

 そう、小さなヴァンパイアが立ち上がろうとしていたのだ。

 傷は治っていない。

 左腕は今にも胴からちぎれ落ちそうで、細かく脈動を続けるこぶし大の臓器が胸部で自己主張を続けているのが見える。

 本来あるはずの肺や肋骨や皮膚がそこにはない。

 生きているのが不思議な状態だが、それでもヴァンパイアは立ち上がってこちらに顔を向けた。

「ゆっきー……、てこずって、たから、手が……出ちゃった、よん?」

「ディフィルー!!」

 血の気が失せて人形めいた白い顔に赤黒い血液を張り付かせたディフィルが、笑みを浮かべたように見えた。

 その瞬間、幸雄は全身を苛む痛みを無視して立ち上がった。

 失ってはいけないものがまだそこにあった。

 しかしそれを今度こそ亡き者にしようと凶刃が迫る。

 ――失わせない! 今度こそ、俺は!

 瞬間的に魔力の制御を成し遂げる。

 イメージは一瞬だ。

 中二脳の想像力、妄想力は伊達ではない。

 まるで自分がルティアネスを救い損ねたあのシーンの再現だった。

 そのルティアネスを救ってくれた最高の相棒とルティアネスの姿がダブって見える。

 最悪の展開を阻止してくれた相棒は今、自分の傍らにいない。

 だからこそ、今度こそは自分が成し遂げなければならない。

「来い、コルト・パイソン! 俺たちの敵を貫けっ!!」

 ただ己のイメージに左右される幸雄の魔法が完成する。

 呪文も儀式も必要としない。

 ただ一発の、必殺の弾丸の込められたハンドガンを握り、トリガーを引いた瞬間、振りかぶった豪腕ごとグレスドッドゥスを吹き飛ばす閃光が駆け抜けた。

 魔王城の壁が粉砕され、光の尾を引いて魔力の弾丸が彼方の空へと消えて行く。

 だが、それは目的を果たしていなかった。

 一度喰らったその攻撃を悪魔隊長は読んでいたのだ。

 ディフィルを狙うと見せかけておいて、グレスドッドゥスは全力で左に跳躍して弾丸をかわすと、その反動をもって今度は幸雄へと突進してきた。

「――っ!?」

 まさかと思った時には、もうグレスドッドゥスが完全に狙いを自分に絞って向かってきていた。

 幸雄は立て続けにトリガーを引くが、一発目のような大容量の魔力は装填し切れていない。

 あるいはかわされ、あるいは弾かれまともにダメージを与えられない。

 突進の勢いを若干弱めただけで、もう次の瞬間にも自分をその凶悪な爪の間合いに捉えようとしていた。

 幸雄はコルト・パイソンを手放し、フィズテイザーを盾代わりに構えようとした。

 だがそれも遅い。

 あの凶刃を受け止めるにも受け流すにも、ダメージを負い過ぎた全身が重くて体勢を整えきれない。

「コバヤシユキオさんっ!」

 これまでか、と思ったその瞬間、聞こえるはずのない声が鼓膜を打った。

 今まで聞いたこともない切迫した響きを持ちながら、自分が決してたがえることなどないと確信できるその声の主は、遥か遠くの城で深い眠りに就いているはずだった。

 走馬灯の前に幻聴か、と自嘲の苦笑を浮かべそうになった幸雄の目に緋色の霧が映り込んだ。と同時に、優しい光が自分の全身を包み込む。ルティアネスが負傷者に対して用いていた癒しの魔法と同じ光だ。

「まさかっ!?」

 そう思うよりも先に身体が反応した。

 流れ出した血と共に失っていた力が一瞬で全身に満ち溢れる。

 代わりとでも言うかのように疲れがかき消され、毛布にでもくるまれたかのような温かさが血流に乗って身体の隅々まで行き渡る。

 痛みが消え、思考が研ぎ澄まされる。

「さあ、あなたの為すべきことを為しなさい!」

 気の強そうな少女の声が聴こえる。

 ここ一ヶ月ほど自分に魔法を指導してくれた気高く強い少女の声だ。

 これも忘れることなどありえない。

「ああ、サンキュッ、みんな!」

 疑問は後回しだった。

 彼女の言葉通り、今は為すべきことがある。

 ただ一言、感謝の言葉を刻み、幸雄は魔王の剣を構えて力強く踏み込んだ。

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